21 ダイ対バラン戦(8)

 

 ダイの敗北を目の当たりにして、もっとも強い反応を見せたのはゴメちゃんだ。ダイの敗北と同時に叫び声を上げたのはレオナも同時だが、ゴメちゃんはダイが落ちた湖の上に飛んでいって、泣きながら周辺を飛び回っている。

 しかし、なぜか彼は湖内には入ろうとはしない。
 というよりも、ここだけでなくゴメちゃんは水の中に入る描写がない。データ不足で何とも言えないが、もしかすると泳げないのだろうか。

 真相は明らかではないが、ゴメちゃんは大泣きしてダイをひどく心配しつつも湖にはとびこまないだけの冷静さを残している。感情豊かで子供っぽく見えるゴメちゃんの、意外なクールさ発見である。

 それとは逆にポップは感情優先した結果、暴走しかけている。ダイがやられたことに怒りを感じ、かなわないのを承知で戦いを挑もうとしているのだ。だが、この時のポップは冷静さを完全に見失っている。自分の行動がどんな結果をもたらすか、まるっきり見えてなどいないのだ。

 この時点では、ダイの生死は確認できていない。
 ダイを助けたいと思うのなら、まずは湖へ飛び込んで彼の生死を確認する方が先だろう。そもそもポップが使える中で最強の魔法でさえ破られたばかりだと言うのに、再びバランに挑んでも勝ち目があるわけがない。

 ポップがここでバランに挑むのは感情任せの無謀な行動であり、下手をすれば自分だけでなく仲間達の生死を危うくしかねない結論だ。ポップがこの場でバランに挑めば、間違いなく犬死にしただけだっただろう。

 だが、そのポップを止めたのはクロコダインだ。
 フレイザードとの戦いの後、ヒュンケルと共に偵察に行き一行から離れていた彼の久々の登場シーンである。

 ついでに言うのなら、レオナにとってはクロコダインとはこれが初対面である。レオナ救助に協力したものの、自分が怪物だということを憚ってパプニカ神殿後で行われた戦勝パーティに参加しなかったクロコダインと、パーティの中心にいた彼女は顔を合わせる機会はなかった。

 だが、レオナは初対面の時からクロコダインの経歴や行動を詳しく知っているので、誰かから聞いていたのだと思われる。
 推測になるが、レオナにクロコダインの話を教えたのは主にバダックではないかと筆者は考えている。

 フレイザード戦で縁を持ち、戦勝パーティでもクロコダインと親交を持っていたバダックならば、クロコダインがどんな男か語ることもできただろう。
 レオナはクロコダインの登場に多少の驚きは見せているものの、それは一般人が恐ろしい怪物に会った時に見せる驚きとは全く違う。

 クロコダインを怪物ではなく、男と呼称している辺りからも、レオナが彼を十分に尊重しているのが見て取れる。彼女のクロコダインへの信頼の源は、昔からの馴染みであるバダックにあると考えてよさそうだ。

 ところでクロコダインとの再会に、ポップは手放しで喜び、はしゃいでいる。
 ポップは親しみを感じた相手に気安く話しかける癖があるが、クロコダインを『おっさん』と呼び掛けているのはこのシーンが初めてである。この頃にはポップはすでにすっかり、クロコダインを仲間と認識している。

 ヒュンケルに対しては素直になりきれないのに対し、ポップはクロコダインには非常に好意的であり、素直に甘えることができるようだ。しかもポップはクロコダインを非常に高く評価している。冷静に考えれば、ダイに負けたクロコダインがバランに対して勝つのは難しいと思うのだが。

 そんなお気楽なポップと違い、クロコダインは自分のしていることの意味やバランと戦う危険度を十分に承知している。震えを納めることのできない彼は、自分がバランと戦えば死ぬと最初から覚悟しているのである。

 クロコダインは登場した際から、あらかたの事情は知っていた。
 ここで少し遠回りになるが、クロコダインの足取りを推測してみたい。クロコダインは鬼岩城消失の知らせをダイ達を伝えるため、ヒュンケルと一旦は別れた。そこで物語上、彼の足取りは途絶えているが、常識的に考えればまっすぐパプニカに帰ったのだろう。

 そこでアポロやバダックから、ダイ達がレオナと一緒に気球船で出掛けて行ったことを耳にしたと思われる。しかし、よくよく読み返してみるとアポロ達はレオナ達がどこに行ったのかは、実は知らないのである。

 ダイに武器のことを相談されたレオナがベンガーナのデパートを推薦したのだが、その話をダイもレオナも他の人に話す余裕などなかった。つまり、この時点でクロコダインがすぐにダイ達の居場所を察知するのは無理がある。

 だが、アポロやバダックなど、レオナと親しい人間なら彼女の行く先を予想するのは難しくはない。クロコダインがその話を聞きベンガーナに向かったとしたならば、そこで竜が大暴れした後の町並みを見たはずだ。

 この時点で、クロコダインはバランの襲来を予想はできたはずだ。だが、この後、ダイ達がテランに向かったことは町並みを見ただけでは推理できるはずはない。ダイが竜の騎士と呼ばれたこと、また、その話を詳しく聞くためにテランに向かったことなどは、デパート襲撃時にその場にいた人達しか知らないはずの情報だ。

 つまり、クロコダインがテランに向かうためには、町の人達から話を聞く情報が不可欠なのだ。この順番で情報を集めながらダイを追いかけていった場合、クロコダインはダイとバランの特別な関係に気がつける。

 魔王軍の軍団長達は、バランの強さは知っていてもその実力を目の当たりにしたものは少ない。ザボエラでさえ、本気をだしたバランの額に竜の紋章が浮かぶ事実は知らなかった。だからこそハドラー以外は、ダイとバランが親子だと想像すらしなかったのだ。

 しかし、紋章までも目視はしなかったとしても、バランが竜の騎士だという事実だけなら他の者も知っていた可能性は高い。なにしろバラン自身が自分は竜の騎士だと名乗るのにためらいを持たないのだ、それをクロコダインが知っていたとすれば、ダイが竜の騎士だと聞いた段階でいろいろと思い当たることもでてくるだろう。

 そして、ダイを追ってテランへと向かった時、ダイとバランの戦いを途中から目撃したため真相を確信した……そんな事情だったのではないかと、そう思いたい。


 クロコダインがパプニカに向かう途中、偶然にダイかバランを発見し、事情が分かるまでとりあえず物陰でずっと立ち聞きして情報収集に勤めていた、などとは考えたくはない。
 クロコダインの真っ直ぐな気性からしてそんな姑息な手を取るとは思えないし、事情が分からなくともクロコダインは必ずやダイやポップ達を助けるために力を貸しただろうと筆者は確信している。

 だからこそ筆者は、クロコダインが情報を得たのは彼が遠回りをした結果ではないかと思いたいのである。すでに述べた通り、この遠回りな追いかけコースでは人々に話しかけて情報収集する作業が必須である。

 クロコダインが人間を軽んじて話しかけなかったり、また、人間がクロコダインを恐れて情報を渡すのを渋ったりしては成立しないのである。

 ダイの力に怯えを感じ、畏怖したベンガーナの人々が獣王の魁偉な姿に怯えなかったとは思わない。
 だが、それでもベンガーナの人々は後になってから小さな勇者に対して感謝を感じ、彼に対して冷たすぎた自分達の行動を悔いたのだと信じたい。

 その償いとして、小さな勇者を捜している気のいい怪物に対して、自分の知っている話を伝えてくれた……誰も知らない部分で、そんな小さな交流があってもよいのではないかと思える。

 たとえ一時は間違ったとしても、人はやりなおせる。
 人と怪物が手を取り合い、協力しあえる世界は決して夢物語ではないと筆者は思いたい。

 

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