22 ダイ対バラン戦(9)

 

 死を覚悟してバランに挑むクロコダインの目的は、はっきりしている。
 彼の目的は、ダイ達の救助だ。それもダイだけでなく、ポップやレオナも対象に入っている。

 だからこそクロコダインは登場時からポップとレオナを庇う位置に立っているし、バランへ挑む前にポップに向かって早くダイを助ける様にとも促している。

 それに対しポップもレオナも自分も戦うと意思表示しているが、クロコダインはそれは無駄だと言い切っている。

 呪文が一切効かず、素手か武器による直接攻撃しか効かない相手だと説明する辺りに、彼の優しさや気遣いが感じられる。単に実力不足だと突き放すのではなく、理由を説明することで戦いの無意味さを教え、ポップ達の安全を図ろうとしているのだ。

 さらに付け加えるのなら、目立たないがバランも意外に親切だ。
 クロコダインの説明を完全肯定している。戦いの場では、言うまでもなく自分の手の内は隠しておいた方が有利だ。たとえ相手の解釈が正解であったとしても、それを保証してやる義理などあるまい。

 だが、バランは敢えて敵の講釈を肯定している。
 ダイ以外の人間には目もくれないバランにしてみれば、ポップのように未熟な魔法使いと戦いたいと思う理由もない。

 人が自分の周囲をうろつく小虫をうっとおしいとは思っても本気で脅威を感じない様に、バランにとってポップは敵でさえないのだ。また、後に自身が言ったように女を殺したいと思わないバランが、レオナとの戦いを望まないだろう。

 どんな理由であれ、ポップとレオナがこの場から退くのはバランにとっても望むところだ。ダイを救助するのなら止める気はないという自信の現れが見て取れる。

 その自信は、クロコダインを問題にもしていない尊大さの現れとも言える。その態度に対して、クロコダインが全く屈辱を感じていないとは思えない。彼は誇り高い男であり、根っからの戦士なのだから。

 だが、クロコダインは自身の誇りや勝率よりも、ダイ達の救助を最優先した。ダイを頼むと重ねて頼むクロコダインの決意を感じ取って、ポップもレオナも湖へと向かっているが、二人ともクロコダインを気にしているのがよく分かる。

 頭脳面では優れている上に似通った合理的思考力を持つポップとレオナは、この時点ではクロコダインの忠告に従うのが得策だと理解している。魔法が通じない敵に対して自分達がここにいたところで何の助けもできないし、直接攻撃の名手であるはずのクロコダインよりもバランの方が強いのだと薄々悟っている。

 この時の二人は、戦いに巻き込まれながらも何もできない一般人と大差がない。この時、レオナが呟いている独り言が印象的である。

『…くやしいわ…なんて無力なの…あたしたちって……!!』

 以前、ポップが無意識のうちにレオナを仲間と認めて一括りにしていたように、レオナもこの時点でポップを仲間と認めている。この仲間意識は、もしかするとダイや他の仲間達に対するよりも強いものがあるかもしれない。

 レオナは基本的に、ダイに対しては依存心じみた感情を抱いている。
 自立心の強いレオナは、ただ他人にすがリ、助けを期待するだけのお姫様ではない。だが、彼女は勇者という存在が他人に与える影響の大きさを、ダイ本人よりもよく承知している。

 だからこそレオナは、ダイに対しては単に仲間として同等でありたいと思うのではなく、勇者として周囲を導く役割も期待してしまっている。その気持ちが、ある意味で依存心に繋がっているのだ。

 そして、ダイに対する気持ちとは逆の意味で、三賢者に対してもレオナは純粋な仲間意識を抱いてはいない。

 レオナが自分がパプニカ王女であり、人を導く役割を持っていることを強く自負している。人の上に立ち、他者を指導する立場にいる人間は、本人が望もうと望むまいと相手と同列には並べない。

 王は、他人と同等ではないのである。
 抜きんでて高い立場に君臨しなければ、王制は成立しない。

 高い身分を持つ故の孤独を、聡明なレオナは承知しているだろう。彼女が王女だという身分を気にせず、対等な立場として付き合える存在というのはそうそう存在しないのだから。

 例えば三賢者はもちろんのこと、ヒュンケルやクロコダインでさえ一貫してレオナを『姫』として扱っている。身分的には同じであっても、のちに登場するほとんどの王族は国同士の付き合いという兼ね合いがあるせいか、同等ではあっても忌憚のない話をできるという雰囲気とはかけ離れている。

 他人に対しては王女として振る舞わざるを得ないレオナにとっては、自分の弱味や本音を曝け出せる相手はそう多くはいないのである。レオナ本人は敵に勝ち目がないと思っていたとしても、立場上強気に振る舞わなければならない事情が彼女にはある。

 そんなレオナが、自分の無力さを素直に嘆くシーンはごく珍しい。つまり、それだけポップを気を許せる相手だと思い、親しみを抱いているということだろう。

 元々人間は、一緒に行動した相手に対して親しみを感じるようになるものだ。一緒に旅行に出かけた友達同士がより仲良くなるように、ともに行動することが親密度を上げる一番の鍵になる。

 ましてや命がけの大事件にかかわったともなれば、それだけ親密度が高くなるのは何の不思議もない。
 だが、それ以上にレオナがポップに親しみを感じるようになったのは、共感性の高さゆえではないかと筆者は考えている。

 身分を気にしないで誰とでも対等に話しかけることができるのがポップの長所だが、それに加えてポップはレオナとは思考力が似通っている。
 二人とも優れた洞察力を持っており、判断力も高い。

 だからこそポップもレオナも、ダイの葛藤や苦しみを思いやることができるし、バランの強さに対して自分達の勝ち目のなさをはっきりと理解できる。魔法使いと賢者の卵ということもあって、二人とも職業的な特徴も似通っているため、同じ弱点を背負っているという共通点もある。

 前線に立って戦う戦士達を見守るしかできない、後方支援的立場の口惜しさやもどかしさ――それは、ダイやマァムとでは共有できまい。

 同じ気持ちを共感しあうことのできる相手として、レオナはポップを深く信頼するようになったのだろう。しかも、ある意味ではダイやマァム以上に親しみを感じているとさえいえる。

 ベンガーナに来る前まではレオナがポップをほとんど評価していなかったことを思うと、驚異的な進歩である。

 このレオナのポップへの信頼の強さは後々重要な意味を持ってくるのだが、ポップ本人はレオナからの信頼が高まっていることに全く気が付いていなさそうなところが面白い。
 
 

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