23 ダイ対バラン戦(10)

 

 クロコダインと戦う前、バランは彼とも会話を交わしている。バランのセリフは短く淡々としたものではあるが、バランがクロコダインを見込んでいたのがよく分かるシーンだ。

 バランはダイ達とも会話はしているが、それは相手を認めて話し合うという姿勢では断じてなかった。聞き分けのない子供に言って聞かせるように、説明することを目的としていた言葉だ。

 ハドラーやザボエラに対しては全く事情を話そうという素振りすらみせず、一方的に自分の意志を告げていたバランだが、クロコダインに対してはきちんと会話になっている。

 相手に対して疑問を投げかけ、その返答に対しての自分の感想も返している。これは自分と対等の相手と認めている何よりの証拠だ。
 この時、バラン本人も言った通り、彼は相当にクロコダインを気に入っていたのだろう。

 そして、この時のバランはダイやハドラーを軽んじていたのもよく分かる。
 クロコダインやヒュンケルの魔王軍からの離脱を、バランは『よほどハドラーに人徳がないのかな』と軽口めいた口調で言っている。この感想自体は、至って頷ける話だ。

 現実社会でもそうだが、人が会社などの組織から抜ける際は直属の上司への不満が最大の理由である場合が大きいのだから。ついでにいうのなら、この時期のハドラーは決してほめられた上司とは言えなかった。

 だが、この時クロコダインはバランにそれは違うと反論している。
 ハドラ―のやり方に不安を抱いたからではなく、ダイに希望を抱いたからこそダイの味方になったのだと力説するクロコダインの主張は、説得とは言えない。

 ヒュンケルに対して人間の良さを説き、思い直すようと説得した時と違い、この時のクロコダインは自分の考えを強く主張しているだけだ。クロコダインは、バランを説得できるとは最初から思ってはいなかったのだろうし、その意思があったとも思えない。

 また、ヒュンケルに対してそう思ったように、バランを闇から救いたいとも思ってはいなかったに違いない。

 しかし、クロコダインはバランとの戦いを覚悟の上で、それでもダイの味方をしようと心に決めていた。その意思を、彼は強く主張せずにはいられなかったのだろう。

 だが、この時のクロコダインの言葉はバランに強い印象を与えている。
 これまではバランは、ダイを文字通り子供扱いしていた。自分の子という意味だけでなく、思考も経験も未熟な存在として軽く考えていた。

 しかし、クロコダインがダイの味方になった理由を聞き、初めてダイ自身を見直している。竜の騎士としての戦闘力ではなく、ダイの個人の魅力を認めているのである。

 ところで、バランがクロコダインの言葉を重視した理由の一つとして、クロコダインがダイを太陽にたとえたことだ。

 バランにとって太陽は、最愛の妻ソアラのイメージに強く関わっている。太陽と言われれば、バランにとっては真っ先に思い浮かべるのはソアラなのである。

 ソアラを思いうかべるバランは、落ち着いた表情を浮かべている。この時、バランがソアラを思い出したのは偶然とはいえ、クロコダインにとってはまたとない幸運だった。なぜなら、ソアラを思い出すことでバランは僅かにでも心の平安を取り戻し、手加減をするだけの心理的余裕を得たのだから。

 バランはこの後、わざわざ剣を収めている。
 竜の紋章を光らせてクロコダインを戦う意思を見せ、威嚇的な言葉で挑発してはいるが、これは戦略のための奇手ではない。クロコダインを殺さずに降伏させるための手法に過ぎない。

 しかし、クロコダインにとってはバランのこの態度は不可解なものであり、意図をつかめないものだったようだ。なまじ相手が自分よりも確実に強いと分かっており、下手な攻撃をしかければ死に繋がる可能性が高いこともクロコダインは知っていただろう。

 ダイやポップのように相手の実力が分からなければかえって何も考えずにがむしゃらに突っ込めるが、相手と自分の強さを知った上で戦いを挑むのは勇気がいるものだ。

 それでも臆せず、真正面からバランに挑んだクロコダインの勇気を筆者は称賛したい。

 恐れを感じながらも、クロコダインの攻撃は適格だ。棒立ちの相手に対してクロコダインは首を狙って斧を振り下ろしている。余談だが、相手の首を狙う攻撃には相当な技量がいる。

 人間は頭を最大の急所として庇う本能がある上、目という感覚器官が備わった場所だけに無意識にでもよけようとする。

 例えば顎が人体の急所と分かっていたとしても、ボクサーはいきなり相手の顎をピンポイントで狙って一発で仕留めようとは思わないものだ。ダメージを与えやすい個所に攻撃を叩きこみながら、隙を伺ってチャンスがあるようならば急所を狙うのがセオリーである。

 だが、この時、バランはクロコダインの攻撃に逃げるどころか眉一つ動かさないでまともに受け止めている。まともに大きな斧がバランの首筋に入ったというのに、バランは平然と立っている。それどころか斧の方が砕けているのだから、凄まじい。

 この時、驚愕しつつもクロコダインはバランの身体の周囲に光り輝く気流のようなものがあることに気付いている。

 それが竜闘気(ドラゴニックオーラ)だとバランは説明している。竜の紋章が輝く時、竜の騎士の身体は竜闘気と呼ばれる生命エネルギーの気流に覆われ、全身を強化する。ただ硬度をあげるだけでなく、呪文も跳ね返す防御膜というから、まさに無敵である。

 ところで少し話がそれるが、戦闘時のみに物理防御力を高め呪文を跳ね返すという効力は、とヒュンケルの持っていた鎧の魔剣と同じ効果だ。もしかすると、鎧化シリーズの武器のコンセプトは、竜の騎士の能力をコンセプトにしたのかもしれない。

 作者であるロン・ベルクは竜の騎士についても熟知していたのだし、あり得る話ではある。
 まあ、この時点ではロン・ベルクの名すら出てない時期なので、話を戦闘に戻そう。

 バランは自分の力の源を語った上でクロコダインに徹底的な攻撃を仕掛けている。手刀で突きを与えただけでクロコダインの巨体を吹っ飛ばし、鎧に指の形の穴をあけている。

 この時、バランはクロコダインの湖とは離れた方向へと飛ばしている。ダイを手に入れるのが一番の目的ならば、この時に湖に飛び込めばそれで済んだと言えば済んだ話だ。

 だが、バランは目的を最優先に動くというよりは、自分の邪魔をするものを排除してから堂々と行動したいと考えているようだ。すぐには動けないクロコダインにかけより、続けざまに凄まじい追撃をしかけている。

 素手でクロコダインを殴りつけているだけなのだが、バランよりも数倍大きいクロコダインの身体がパンチングボールのように左右に揺れるいるのだから、そのパンチ力は並じゃない。

 しかもバランは、わざわざ相手を殴ると同時に自らも素早く場所移動をしては反対側から相手を殴っている。ダウンすら許さない滅多打ちだ。レフェリーがいたら間違いなく、スタンディングダウンと判断するような強烈な連打である。

 それでもクロコダインは斧をつかみ直しバランに反撃を試みているが、この時の彼にはすでに最初の余裕はない。首を狙うような余裕もないし、あっさりと躱されてしまっている。

 ついでにいうのなら、このとっさの反撃をクロコダインは左手で行っている。クロコダインは普通は右手で斧を持っているので、まず、右利きだろう。
状況的に利き手で斧を持ち直す余裕もなかったとはいえ、停止した相手に狙いすました攻撃でさえこうかがなかったのに、苦し紛れの攻撃が通用するはずもない。

 バランは攻撃を躱すだけでなく、クロコダインの右腕を捻りあげている。関節を不自然に曲げ、いやな音が立つまで曲げられた腕は骨折以上の怪我を負ったはずだ。それを、バランは片手だけでこなしている。

 苦痛によろめくクロコダインに、バランは額の紋章から光を打ち出し、彼の右目もつぶしている。元々隻眼のクロコダインの残った片目も奪ったのだ、
利き手が使えなくなったことも考えればもはや彼は戦闘不能だ。

 表情一つ変えずに淡々と一連の作業をこなしたバランは、クロコダインに降伏するように宣言している。

 これは、バランの圧勝だ。 
 相手に致命傷を与えないように手加減をしながらも、容赦のない攻撃で実力の差を見せつけ、相手の心を折る――段違いの実力差のある者にしかできない技である。
   
 クロコダインは善戦するどころか、何一つできないうちに倒されてしまったと言っていい。クロコダインを心配したポップやレオナは、この時点では湖に飛び込めてさえいない。

 バランが本気でさえないのに、ダイ達一行はすでに全滅しているも同然の状態である。

 

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