24 ダイ対バラン戦(11)

 

 バランの猛攻の前に倒れたクロコダイン――その姿を見て、ポップは彼の手助けに行くと決心する。感情的な行動に見えがちだが、ポップはこの時、意外なくらいの冷静さを保っている。

 何も考えずに感情的にクロコダインの元に駆け戻ろうとしているのではない証拠に、この時のポップにはレオナやゴメちゃんに対して最低限の説明や指示をするだけの余裕がある。

 客観的に見れば、ポップがここでクロコダインの助っ人に加わってもできることはほとんどあるまい。ポップ自身も『たとえ何の役に立たなくても』と言っている以上、それは自覚しているのだろう。

 だが、ポップはここでクロコダインを放っておきたくはないと強く感じたに違いない。クロコダインに対して仲間意識を抱き、親しみを感じているポップは感情的に彼を見捨てたくないと思った。

 しかしその感情のままに動くのではなく、計算をしつつ行動できる思考力を持ち合わせているのが、ポップの強みだ。
 微力でもいいから力を貸したいと望むのなら、今、この場で動けるのは自分だけだと彼は頭の冷静な部分で考えたのだろう。

 回復能力を持たないポップは、ダイの救助にはさしたる手助けにはならない。自分がレオナの手助けをしなくても大丈夫と考えたからこそ、ポップはレオナにその考えを端的に告げ、ダイのことを頼んでいる。

 この時、ゴメちゃんは戸惑っているだけだが、レオナの反応はさすがだ。彼女はポップを止めず、無言のまま頷いている。

 無茶な行動だと理解しながらも止めずに見送る  これは、自分の感情を抑える強さを持たなければできないことだ。ポップと同様に、レオナもまたバランの強さやポップの勝ち目のなさは理解できている。

 だが、祖国を滅ぼされながらも生き残りの国民を導く強さを持ったレオナは、勝ち目の有無に関わず戦おうという姿勢を見せる人間の意志を重視していた。
 戦う意思がない一般人ならば避難誘導して逃がすのがレオナのやり方だが、この場合はポップの意志を尊重したからこそ止める言葉は口にしていない。
そして、レオナはゴメちゃんを水辺に残し、一人で湖に飛び込んでいる。

 ポップやクロコダインのことが気にならないわけではないだろうが、バランの気がクロコダインやポップに向けられている間に一刻も早くダイを探して回復することが、二人に対する手助けになるのである。
 一見冷たく見えるが、回復手であるレオナにとっては最善の行動だ。

 ところで話がそれるが、レオナはここで意外にも泳ぎの達人ぶりを披露している。
 服を着たまま泳ぐのは水の抵抗が大きくなって泳ぎにくいものだが、レオナはなんとマントすら脱がずにそのまま湖に飛び込んでいる。

 湖の底でダイをすぐに発見したのは運の良さが大きく左右しているだろうが、岩に足を挟まれて動けないでいるダイを助け、回復魔法をかけながら浮上していくレオナはこれらの行動を一度の息継ぎもしないでそのままこなしているのである!

 演出上、息継ぎや捜索途中の描写を省いたと考えたとしても、レオナが相当に泳ぎが達者なのは間違いないだろう。

 泳ぎに対しても英才教育を受けているのか、はたまた賢者には水の中での行動を補助する魔法でも使えるのか……素晴らしいとしかいいようのないレオナの水中活躍である。

 それはさておきレオナが湖に飛び込んだ頃、バランは何もせずにじっと倒れたクロコダインを見ているだけだ。彼が降伏するのを待っているのか、特に追撃をかけるようすもない。

 この時、ナバラはメルルのスカートを掴んだままで逃げるように孫娘を促している。
 この二人の占い師達の立ち位置は微妙かつ優柔不断なものだ。

 まず、ナバラは危険だと感じている上に竜の神であるバランの行動に人間が関与すべきではないと、最初から諦めている。つまり、彼女はここに残る意味はないのである。

 だがそれでも逃げずにいるのは、孫娘がこの場に留まっているせいだろう。世捨て人のような言動を見せつつも、ナバラは肉親を見捨てて一人で逃げ出したいとは思っていないのだ。

 肉親を見捨てられないのは、メルルも同じだ。
 バランを悪人と感じ、ダイ達を助けることが正義と感じていながらも、メルルは祖母の手を振り払ってまで実行するだけの勇気はない。なにしろ、ベンガーナ王国の時とは状況が違う。

 瓦礫を取り除いて人命救助するのと違い、この場合にダイ達を助けたいと思うのならバランと戦う必要がある。戦う手段や覚悟のない女の子にとっては、あまりにハードルが高すぎる。すぐ直前にバランの強さを目の当たりにしているのだがら、なおさらだ。

 この時のメルルは、内心に相当の葛藤を抱えていたであろうことは簡単に予測がつく。だが、その葛藤を振り切ることができずに迷っていたメルルの目に映ったのは、震えながらもバランの前に立ち向かうポップの姿だった。
 この時、ポップは杖を手にバランに対抗しようとしている。

 それに対し、バランは随分と律儀な対応をしている。ポップにわざわざ何の真似だと問いかけたり、ポップの行動が何の意味もないことだと殊更丁寧に説明さえしている。

 自分の強さを誇示しているかのように見える態度だが、実際にはこれもバランの親切さというか律儀さというものだろう。バランにとって、この時点のポップは敵でさえない。

 バランは自分よりも格段に格下の子供と本気で戦う気もなかったからこそ、強めに脅しつけて引き下がらせようとしているだけだと推測する。しかし、脅すだけならばハッタリをかけて何を言おうと自由だと思うのだが、バランは変なところで馬鹿正直なようである。

 闘気と竜闘気の特質について本当のことを説明する必要などないのに、ちゃんと説明しているのだから。ダイもそうだが、根が真面目で正直な性格なのだろう。つくづく、そんなところは親子である。

 どちらにせよ、この脅しにもポップは気を変えることはなかった。
 自分の勝ち目のなさを十分に自覚した上でバランに戦いを挑んだポップにしてみれば、説明を聞こうが聞くまいが勝てる見込みのなさに変わりはない。恐怖を克己して、苦手分野の肉弾戦を挑むつもりでいるのである。

 無謀ではあるが、ポップのこの勇敢さは評価したい。
 そして、もう一つ特記すべき事実として、ポップの特攻を見た途端メルルが取り乱して彼を止めようとしてる点をあげたい。

 ナバラの手も払いのけ、ポップをひたすら心配して涙を流しているメルルは、感情だけで動いている。ベンガーナで見も知らぬ女の子を助けようとした時や、ダイを助けようとした時の自分の正義感に従うための行動とは明らかに違っている。

 感情的にポップを失いたくないと思い、そのために後先も考えずに飛び出そうとしているのだ。
 『竜の騎士の伝説(5)』でメルルがポップに対して心を動かされたと考察したが、この時のポップの姿に彼女はさらに大きく心を揺り動かされたのだ。

 自分が葛藤して行動できずに迷っている中、友達を助けるために命を懸けて戦おうとするポップの姿は彼女の心に鮮明に焼き付いた。この瞬間にこそ、メルルはポップに恋したのではないかと筆者は考えている。
 

25に進む
23に戻る
八章目次に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system