25 ダイ対バラン戦(12)

 

 がくがく震えながらも、ポップはバランへ戦いを挑もうとしてる。
 ところで余談に近いが、ポップの肉弾戦の腕前は本気でたいしたことがない。相手に殴りかかる前に、大きく身構えて勢いをつけようとするあたりがどうしようもなく素人丸出しだ。しかも、ポップは自分で自分を励ますように、かけ声までかけている。

 正直、これではポップの次の動きは簡単に予測できてしまう。避けてくれと言わんばかりの行動である。これで、自分よりも遙かに実力のある相手に戦いを挑むとは、チャレンジャーもいいところだ。

 このあまりにも無謀な挑戦をするポップの足をつかんで止めたのは、クロコダインだ。

 この時のクロコダインは、満身創痍だ。何しろ利き手である右手を失い、目は両方とも見えない状態なのである。だが、それにも関わらず彼の闘志は衰えていない。

 それ以上に注目したい点は、クロコダインが惨敗しここまでの重傷を負いながらも微塵も心が折れていない点だ。そして、クロコダインは冷静な判断力も保っている。目が見えないのにポップの居場所を正確に察知して彼を止め、すぐさまその手を離して立ち上がっている。

 バランに対しては魔法の使い手達は戦力にならないと考えたからこそ、クロコダインはポップとレオナを危険から遠ざけたいと望んだはずだった。その考えには、ポップやレオナを庇いたいという考えも含まれていただろう。だが、この時のクロコダインはポップを庇おうとして立ち上がったわけではない。

 その証拠に、クロコダインは掴んだポップの足をすぐに離している。ポップを庇いたいというだけならば、彼の足を掴んで動きを止めてさえいればそれは果たせたはずだ。そのぐらいの力なら、クロコダインには十分に残っている。

 実際に戦ったクロコダイン相手にも降伏勧告の余地を認めるバランならば、攻撃してこない相手に進んで攻撃もしないという確信もあったはずだ。
 しかし、クロコダインは自分やポップの命を優先する道を選ばなかった。

 彼がここで重視したのは、ポップの意思の方だ。
 かなわなくてもバランと戦うと決めたポップの意思に、クロコダインは心を動かされたのだ。

 バランと実際に戦う前までならば、クロコダインはたとえかなわないまでも身を盾にしてでもダイの救出のための時間の稼ぎたいと考えることはできた。しかし、実際に戦ってみて想像を超える実力差をまさに身体で味わった。

 ここまで惨敗した後ではそんなささやかな望みすら自分には高望みだったと、誰よりもクロコダイン自身が自覚できたはずだ。
 クロコダインでさえそうなのに、非力な魔法使いが肉弾戦で挑んで勝ち目があるはずもないし、無事で済むはずがない。

 冷静に考えるのなら、ここはバランの言うとおり降伏に応じる方が適切だ。
 しかし、クロコダインは飽くまでも戦いを選んだ。

 それには、ポップの存在や意思が大きかったと思える。戦いの最中なのに、クロコダインはポップに向かって自分の心境を吐露している。人間を賛歌してやまないクロコダインは、そのきっかけを作ってくれたポップを絶賛に近い形で高く評価している。

 しかし、ポップの方は全く思い当たる様子がなさそうなのがおもしろい。
 それは、ポップが相手を説得しようとする意思がなかったせいだろう。レオナをはじめとしてマァムやヒュンケルなどは自分の正義を相手に伝え、それをによって説得しようと考えているところが少なからずある。

 だが、ポップは相手を説得するために意見を言っているわけではない。自分が思ったことを、そのまま相手にぶつけているだけだ。だからこそ、ポップは自分の言葉や行動が相手の心を大きく動かすとは思ってもいないし、その自覚もない。

 だからクロコダインの話に驚いてもいるし、自分を高く評価してくれたクロコダインに心を動かされている。

 ポップの暴走を止め、共に戦おうとしてるようにみえるクロコダインだが、実はこの時ポップの意思に励まされ、それを支えにして敗北直後の自分を立て直しているのである。

 もし、ここでポップが戦おうとしなかったとすればクロコダインが独力で立ち上がれたかどうか、筆者は少し疑問を感じる。

 そして、ポップの方も自分を認めてくれ、その上で共に戦おうと言ってくれたクロコダインに勇気をもらっている。しかし、一緒に戦うと決めた割には、ポップはこの時死を覚悟しているのだが。

 クロコダインだけを死なせないと考えているポップは、ある意味、クロコダイン以上正確に自分達とバランとの実力差を理解しているといえる。つまり、このまま戦えばクロコダインが死ぬと分かっているのである。

 だからこそクロコダインだけを死なせないと考え、死ぬ時は一緒だと思っているポップだが、それは口にはしていない。
 言えばクロコダインの決意に水を差すだけだと分かっていたせいだと読んだからこそ沈黙していたのだとすれば、ポップはたいした洞察力の持ち主だ。

 いずれにせよクロコダインは残された左腕に全闘気を込め、最後の技を仕掛けようとしている。筋肉に力を込めるだけで鎧の肩当て部分をぶっ壊しているのだから、彼の腕力はやはり並外れている。

 だが、バランは少しもそれに動じていない。
 冷静に剣を構え、ギガブレイクを放つつもりでいる。しかも、今度はバランも手加減する気は薄そうだ。ダイに向けた時よりも威力が上げているようだし、人間を賛美するクロコダインに対しての怒りも口にしている。

 クロコダインが人間の良さを語ったのはポップに対しての言葉だったのだが、それさえ許せないと考えるバランは人間という存在に相当なこだわりを持っていると言える。

 クロコダインがダイのために自分と戦うというのには寛大に接することができても、それが人間の素晴らしさを認めたからこその行動だとは容認できないのである。

 言い換えればバランは、どこまでもダイが人間だとは考えていないし、そう考えたくもないのだろう。人間を憎みながらも積極的に壊滅させる気はないバランだが、人間を高評価する意見に対しては彼は迷惑なまでに敏感だ。

 ダイが人間を信じる発言をした時もそうだったが、人間を信じる相手に対してはバランは攻撃的になる。

 だからこそクロコダインが人間贔屓を明確にした途端、バランは本気で攻撃する気になっている。ついでにいうのなら、クロコダインだけでなくポップもまとめて消し飛ばす気満々である。

 

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