27 ダイ対バラン戦(14)

 

 バランへの攻撃の後、クロコダインは目を抑えてその場に膝をついている。攻撃に全力を注いだ分、これまでのダメージが一気に出たのだろう。その様子を見て彼の側に駆けつけ、クロコダインの目に気がついたダイはひどく心配そうだ。

 とてもついさっき、超絶的な技を繰り出したとは思えない普通の子供のような表情を見せている。
 勇者の強さに加え、普通の子供並の感性を持っている――それが、ダイの魅力の一つでもある。

 これに対し、クロコダインはこれぐらいはたいしたことはないと答えているが、これが強がりなのはどう見ても明らかだろう。左手で右目を押さえるという不自然な格好をとっている彼は、ひどく苦しそうだ。

 しかも、彼は『大丈夫だ』とも『なんでもない』とも言わず、たいしたことはないと言っている。
 これでは、ダイの言葉を肯定しているのも当然である。

 それを聞いたダイはすぐ、レオナにクロコダインの目を診るように頼んでいる。元々隻眼のクロコダインが残った目も失えば、大きなダメージになると分かったからこそそう言ったのだろうが、この台詞に注目したい。

 ダイは、レオナにクロコダインの目を『治してあげてくれ』とは頼んでいないのである。

 これにはダイの無意識の冷静さというか、状況を的確に判断する彼特有のドライさが働いている気がしてならない。ごく普通の子供であれば、身内の怪我を目の当たりにしただけでショックを受け、ただひたすらに助けを求めるだけで精一杯だろう。

 いい例が、ベンガーナで会った小さな女の子だ。彼女はメルルに向かって助けてくれと頼んでいたが、客観的に見ればメルルのような華奢な少女に瓦礫を取り除いてその下にいる女性を助けるような力などあるはずはない。

 が、幼い少女に相手の実力の見極めや、相手を配慮した頼み事を城というのも、無茶な話だ。
 傍目からはどんなに無茶だろうがわがままだろうが、自分の欲求を素直に口にするのは子供ならではの特権だ。

 しかし、ダイはそういう意味では子供らしくはない。
 クロコダインの目を心配しながらも、彼はそれが治療不可能な怪我であるかもしれない可能性を、無意識のうちにも感じ取っている。

 だからこそ真相を真っ先に確認したいと考え、この場でそれを判断できる一番の適材者――レオナに依頼している。

 理屈で考えて行動しているとは思えないのだが、戦場においてダイはこんな風に妙に客観的かつ冷静な言動を見せる時がしばしばある。これも竜の騎士の特性なのかもしれない。

 ところで、この時レオナが駆けつけるよりも早くクロコダインの側に近寄って、彼の目を診たのはメルルだ。
 この時の彼女の勇気は、賞賛されるべきものだ。

 いくらクロコダインがダイ達の味方として駆けつけてきたとはいえ、メルルにとっては初めて見る相手――しかも、見るからに恐ろしい姿の怪物だ。それだけで怯えを感じても、何もおかしくはない。

 だが、メルルはクロコダインに臆さずに近づき、彼の目の具合を冷静に判断している。
 この時の彼女の落ち着きや冷静な判断力も、評価したい。

 この少し前、ポップがバランに挑もうとした時に見せたメルルの取り乱し方を思えば、見違えるような落ち着き方である。

 だが、少し考えてみれば不思議でも何でもない。あの時メルルが取り乱したのは、ポップが死ぬかもしれないと言う恐怖のせいだ。神と崇める種族と会ったことや戦いに巻き込まれたこと以上に、メルルにとっては心惹かれた少年を失うかもしれないことの方が恐ろしかったに違いない。

 それを思えば、ポップの特攻を止めてくれたクロコダインに対して彼女が感謝を感じるのはむしろ当然だ。そして、クロコダインを治療することは、そのまま直接ポップに対する手助けにも繋がる。

 安全のために祖母と一緒に逃げるよりも、自分の心に従ってポップの手助けをしたいと思って戦場に踏みとどまった少女の勇気は、実は悲しいほどにポップには伝わってはいない。

 ポップは彼らがまだ逃げていないのに驚いているぐらいで、彼女達の存在をすっぽりと忘れていた可能性が高そうだ。

 孫娘が心配なのか付き添っているナバラは、メルルのポップへの気持ちに気がついている様子なのだが、彼女には孫の恋を応援する気はないようである。おまけにメルル本人も、自分自身の恋をアピールする積極性はない。

 物言いたげな目でじっとポップを見つめるものの、彼女が口にしたのは自分も簡単な回復呪文ぐらいはできるという一言だ。
 この一言にも、彼女の無意識が現れているような気がする。

 元々、メルルは他人のために役に立ちたいと願う気持ちが強い。だがその気持ちの根底にあるのは他人を助けたいという純粋な気持ちよりも、自分が役に立つ存在として認められたいと願う気持ちがあるように思える。

 優れた占い師の資質を持っているのに、メルルの自己評価はひどく低い。自分を卑下する台詞は多いことからも、メルル本人は自分自身をあまり評価していないことが読み取れる。

 自分に自信が持てないからこそ、彼女は他人からの評価を欲している。そして、他人に認めてもらいたいからこそ、役に立つ自分でいたいと望んでいる……メルルの正義感の根底にはこんな考えがあるように思えてならない。

 最初から正義と言う概念を強く持ち、それに沿った行動をとりたいと考える勇者一行のメンバーとはそこが違うのである。……が、そんな少女の微妙な心理を、ポップどころかダイ一行は誰一人として理解してはいない。
 ダイはメルルに対して、いきなりこう言っている。

『いけないっ!! そんな事はレオナにまかせて逃げるんだ!!』

 メルルに対してもレオナに対しても、失礼と言えば失礼な言い草である。目的最優先のダイの言葉はどうもデリカシーに欠けているとしかいいようがないが、彼の言い分は理解できないわけではない。

 バランと実際に戦ったダイは、この戦場の危険さを強く意識している。ついでにいうのなら、メルルが戦いには向かない少女だと言うことも彼はすでに知っているのだ。

 回復能力で勝るレオナがいるのなら、簡単な回復魔法しかできない少女に無理をさせることはないとダイは考えたのだろう。

 ダイにとって、メルルは仲間ではなく庇うべき対象なのだ。それはクロコダインも同様であり、彼はメルルの手を自ら押しのけている。しかし手当を拒否する態度にもかかわらず、クロコダインの言葉の方がずっと優しく感じられるのは、彼がきちんと説明をしているからだ。

 ダイの言葉は説明も何もかも省き、相手にどう動いてほしいかを端的に告げただけだ。これでは聞きようによっては、ダイが相手を拒否しているような印象を受けかねない。

 だが、クロコダインは相手を拒否するような印象を与える言葉は、選ばない。相手が危険すぎるから逃げるようにと促す態度には、相手を思いやる余裕を感じる。

 ダイもクロコダインも考え方は同じなのだが、やはり年齢経験の差のせいかクロコダインは第三者への対応がこなれているようだ。

 ところでダイとクロコダインに共通しているのは、この時点で全く緊張を解いていない点だ。ポップなどはすでに戦いが終わったかのように気を抜いているのだが、ダイ達は戦いが終わったとは全く考えていないのである。

 ダイ達の複合攻撃のせいで立ちこめる土煙が薄れ、バランが全身から光を放ちながら登場した際、ダイは驚きながらも『やっぱり』と呟いている。バランが攻撃に耐えることも、予想はしていたのだろう。

 しかし、ここで驚くべきはレオナの方だ。
 バランの状況を一目見て、レオナは彼が何をしたのか見切っている。竜闘気を全開にして全身を防御したと語るレオナは、バランの話を聞いただけにも関わらずすでに竜闘気の特徴や使い方を把握しているようだ。

 ダイが物事を感覚で捉えて判断するのとは対照的に、レオナは物事を理論的に考える能力に長けている。ポップもどちらかと言えば物事は理論で考えている方ではあるが、冷静さという意味ではこの時のレオナとは比較にもならない。

 なにしろポップときたらダイ達の最高の技を同時に放っても無意味なら、打つ手はないと取り乱しているだけなのだから。……頭の回転が早く、物事を理論的に見ることができるからといって、必ずしも冷静な判断がきるというわけではないようである。

 

28に進む
26に戻る
八章目次2に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system