28 ダイ対バラン戦(15)

 

 ダイの起死回生の一手は、バランにとっては全くダメージがないように見えた。だが、ダイは冷静にバランの額から流血していることを指摘する。

 それはほんのわずかな傷に過ぎないのだが、人間離れした防御力を見せつけた男を前にしてかすり傷程度の傷でさえ見逃さなかったダイの観察力はたいしたものだ。

 そして、それ以上に評価したいのはダイの精神力の方だ。
 バランにかすり傷を与えた技は、ただの攻撃ではない。ダイ自身とクロコダインダインの最高の技を絶好のタイミングで叩き込んだ、特別な技だ。それを持ってしても、相手に微々たるダメージを与えるのがやっとだったのである。

 この戦いは決して勝ち目のない戦いだと絶望を感じても、少しも不思議ではない。
 だが、実際にはダイは少しもくじけていない。

 それどころかむしろ自分の攻撃が相手に通じたことに奮起し、徹底的に戦うことをクロコダインに提案している。

 歴然とした実力差を理解しながら、少しも心が折れていないのである。
 自分の最高の技がほぼ通用していないと分かれば落ち込む方が普通なのだが、ダイにはそんな後ろ向きな発想はない。

 ほんのわずかでもダメージを与えられるのなら、それを勝機と考えられる前向きさを持っている。クロコダインがただでさえダメージを負っていることを考えれば、実力差のある相手に長期戦で粘り抜こうとするなぞ無茶もいいところなのだが、ダイの行動には何の迷いもない。

 決して逃げず、何があってもバランに従わないと決心したダイにとっては、その姿勢を変える気など微塵もないのだ。勝ち目を度外視して全力でぶつかる気、満々である。

 ダイ自身は深く考えず、感情のままに行動しているだけかもしれないが、この時のダイの心理に対してバランの方が詳しく考察している。

 バランは自分が怪我をしたことに驚愕しているが、正直な話、バランにとっては全くダメージにはなっていない。なにしろバラン本人が、ダイ達がバランの血が赤いと騒ぎ出してからようやく気がついた程度の傷なのだ。
 痛みなどほとんどない程度のものだろう。

 だが、バランはその傷を非常に重視している。問題なのは傷の大小ではなく、ダイが竜闘気を貫く攻撃を見せたという事実だ。
 その力の源を、バランは正確に分析している。

 ダイが実力以上の力を発揮できるのは、本人だけの力ではなく仲間達の力だと理解しているのである。これは単にクロコダインとの共闘だけを指しているわけではなさそうだ。

 バランはこれまで、都合三度、ダイの攻撃を受けている。
 どの攻撃もバランに及ばないのは変わらないのだが、ダイの攻撃がどんどん強くなってきているのは戦っているバランが一番強く感じているはずだ。そして、その攻撃の強さはダイの意思の強さに基づいて強化されている。

 湖の神殿では人間に対する迷いを持っていたダイは、皮肉にも人間を徹底的に敵視するバランと出会うことでその迷いを吹っ切るきっかけを得た。人間であっても自分に味方してくれる仲間の心強さを再認識したダイが、仲間や人間を何があっても守りたいと思うのは当然のことだ。

 バランのこだわりの本質が息子である自分自身への執着にあるのだと、未だに気がついていないダイにとって、この戦いは人間のための――言い換えれば仲間のための戦いなのだ。

 自分がバランに負ければ人間が滅ぼされると本気で思い込んでいるからこそ、ダイはどんなに不利でも決して退く気などないし、徹底抗戦をする気構えでいる。

 逆に、仲間達にとってはこの戦いは人間の存亡をかけた戦いではない。彼らにとっては、仲間であるダイを失うか否かの瀬戸際なのだ。ダイを決して失いたくないと考えている彼らにとってもまた、この戦いは退く道はあり得ない。

 ダイが仲間の存在を支えに意思を強く持つのと同じく、仲間達もダイの存在を支えに意思を強く持って戦おうとしている。

 バランがもっとも恐れたのは、その双方向性の絆だ。
 互いに互いを支えにすることで相乗効果をあげる彼らの絆を、バランは驚くほど重視している。

 同時にこれは、ダイの意思を認めたのだと考えていい。
 これまでは、バランはダイの意見などさして気にとめていなかった。それこそ幼い子供のわがままと見なしているような感覚で、力尽くでも自分の元に連れ戻せばそれで全てが片付くと考えていた節がある。

 だが、この時点でバランはダイやダイの仲間達の意志を、無視しきれない存在だと認めたのだ。本人は意識していないが、これはバランが人間を見直すための第一歩でもある。

 あまりいい方向性の認め方とは言えないのが、マイナス方向だろうと何だろうとまずは相手に関心を持たなければ何も始まらない。これまではバランはダイも含め、自分以外の他者の意思や思惑などほぼ気にもとめていなかった。

 息子を自分の手元に連れ戻したいと願いながらも、ダイ本人はもちろん、ダイの周囲にいる者達の思惑など全く考慮していなかったのだ。だからこそバランは一方的に自分のやりたいことを告げ、それに従わなければ力尽くで押し通せばいいという方針だった。

 だが、バランはどこまでも抵抗するダイを見て、その意思を変えさせることこそが自分の願いを叶える一番の方向だと悟った。
 そのためにバランがとった方法は、これまでの正方向とは打って変わった奇策だ。

 闘気を消し、竜の紋章を光らせて共鳴させる――ダイや周囲のみんなも頭痛に苦しんでいるが、バラン本人も尋常でなく苦しそうな攻撃方法である。

 このバランの攻撃は、ダイを気絶させ記憶を奪うというとんでもない効果を発揮しているのだが、この方法はバランにとってもリスクが大きい上に体力の消耗が激しいもののようだ。

 その証拠に、ダイを気絶に追い込んだ際、バラン自身も膝を突きくずれこんでいる。しかも、その直後、バランは撤退を宣言している。

 ダイが気絶したのなら、バランにとってはダイを連れ帰る絶好の機会だったはずなのだが、彼はここで無理にダイを連れ戻そうとはしていない。本人は気がついていないだろうが、ダイを残して撤退したバランは勇者一行に対して信頼感を抱いている。

 彼らはダイを傷つけず、また、ダイを守り抜こうとするに違いないとバランは無自覚に考えているのである。

 ここで非常に利己的な人間視点で考えるのであれば、記憶を失った……つまり、勇者ではなくなったダイを味方ではなく、竜の騎士の手駒になる可能性の高い敵と扱う危険性などバランは考えてさえいないのだ。

 というよりも、バランは人間や人間に味方するクロコダインの純粋さを疑ってさえいない。

 そうでなければ、いくら体力を消耗したからとはいえクロコダイン達との戦いを避けようとはしないだろう。クロコダインを初めとするダイの仲間達が、ダイを守るためならば本気で戦いを挑んでくることを、バランは疑ってさえいないのだ。

 人間の味方ではなくなったダイに対して、人間が迫害を加える危惧さえ抱いていない。もし人間がとことん利己的に考えるのであれば、バランの目的を阻みたいのならば勇者ダイを自分達の手で殺すという方法もあるのだが、バランはその可能性はまったく考えてさえいないのだ。

 たとえ記憶を失ったとしても、彼らはダイを守ろうとするだろうと考えているし、そのつもりで行動している。
 人間を見限ったようでいて、バランが心の深い部分で人間に対して信頼を抱いているのだと感じさせる行動である。

 信頼がなければ後で戻ってくるつもりがあるとはいえ、無力化した我が子を置いていくことなどできないだろう。
 人間を嫌い、滅ぼしたいと言っている割には、バランは人間の感情を非常に重視しているし、無意識の信頼感も捨てきっていないのである。

 

 

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