32 魔王軍の情勢(12)

 

 さて、ここで視点は魔王軍からのものに変わる。
 ダイとバランのやりとりはバーンが直々に注目し、生き残りの六団長達が王間に集まって悪魔の目玉を通じて成り行きを見守っていたはずだが、ダイ達が小さな小屋に場所移動したように彼らもまた、場所を変えている。

 バーンがいた立派な王間と違い、ハドラーとザボエラ、それにキルバーンがそろっているのは明らかに別の場所だ。

 六団長が初登場した時の円卓を囲む部屋とも違い、人間達の世界地図の飾られている上に、魔法陣らしきものやしゃべる悪魔の目玉、さらには小さめのチェステーブルまで完備された部屋は、大勢が集まるための部屋と言うよりは司令室に近い物に見える。

 順当に考えればここはハドラーのために用意された司令室ではないかと思えるのだが、面白いことにこの部屋で我が物顔でくつろいでいるのはキルバーンだったりする。

 ハドラーが落ち着かずに立ちっぱなしのままうろうろしているのに対し、キルバーンはどっかりとチェステーブルに陣取って悠然と一人でチェスを楽しみ、おそらくは酒が入っていると思われる杯を手にしている。

 ところで話はそれるのだが、作品中バーンやキルバーンがたしなんでいる酒の銘柄は明らかにされていない。だが、上部が丸く膨らみ柄の部分が細くなっている独特の形式の杯はワイングラスの特徴なので、彼らはワイン愛好家である可能性に一票を投じたい。

 それはさておき、この部屋の主はキルバーンではないかと思いたくなるほど、図々しいまでのくつろぎようである。

 だが、筆者としてはここは地上侵攻部隊用の司令室だと考えている。
 ただし、それは現在ハドラーに与えられているとは言え、ハドラーのために用意した部屋ではないと思われる。

 まず、ハドラーには作品中一度もチェスをしているシーンはない。バーンが度々チェスを楽しんでいるのに、ハドラーはその相手を務めるシーンすらないのだ。

 次に、この部屋に設置されたチェステーブルと杯は、バーンが愛用している物によく似ている。キルバーンが指先でつついただけでチェスの駒を壊したところから見て、本来バーンが愛用しているオリハルコン製ではなさそうだし、杯のデザインもバーンが手にしていた物に比べれば作りは甘いが、代用品として使えそうな程度には整えられている。

 地図や悪魔の目玉などは司令室には必須と言えるアイテムだが、どう考えてもチェスや杯などは趣味の道具だろう。
 つまり、作品中でチェスを愛好しているのが判明しているバーンの意向、もしくは彼の趣味に合わせて設えられた部屋だと推測される。

 バーンがこの部屋で長時間過ごすことになっても、くつろげるように配慮している部屋――その基準で用意されたこの部屋が司令室だとすれば、これはハドラーのための部屋と言うよりもバーンのための部屋だとしか言いようがない。

 というよりも、バーンが選んだ総司令のための部屋と言った方がいいだろう。

 後にミストバーンの口から語られるようになる事実だが、バーンがハドラーを総司令として魔王軍を設立したのはほんの余興に過ぎず、真にバーンに仕えて守り続けていたのは自分だとミストバーンは言っている。

 それが何百年単位の話かは作品中明らかにはされていないが、バーンの腹心であるミストバーンが彼の居城で過ごした年月は、長いはずだ。

 少なくとも15年前にバーンに復活させられ、2年前から正式に魔王軍の総司令の座についたハドラーに比べれば、ミストバーンがこの城にいた時間は遙かに長いだろう。キルバーンにしてみても、それは同じだ。

 つまり、ハドラーは明らかに二人よりも新参なのである。
 名目上の地位だけは二人より上だが、それさえもバーンに与えられた物に過ぎない。バーンに気に入られたからこそ総司令に抜擢されたハドラーは、度重なる失敗や姑息な隠し事によりバーンの機嫌を損ね、その地位を失いかけている。

 バーンにしてみれば、この司令室を与える相手は別にハドラーでなくてもいいのだ。
 バランがダイを配下にできたのなら彼を総司令にすると断言したように、その首をすげ替えることになんのためらいもない。

 それを知っているからこそハドラーは焦っているのだし、キルバーンは挑発的と言えるほど傍若無人な態度を取っている。経過報告など考えてもいないバランに至っては、すでにハドラーを総司令として扱ってない。

 キルバーンがいるのに、ミストバーンがいないのにも注目したい。本来ならミストバーンはまだ六団長の一人であり、ハドラーの配下なのだからザボエラと同様に同室で控えている方が自然だ。

 だが、バーンがハドラーよりもバランに興味を示した途端、ミストバーンも主君に右を習えをしている。
 ハドラーなどに構っている暇などないとばかりに、彼の側から離れているのである。

 この時点ではミストバーンはすでに、ハドラーを見限りかけているのかもしれない。

 六団長からの信望を失いかけ、地位から滑り落ちかけていることを自覚しているせいか、この時のハドラーはひどく焦っている。

 ハドラーはダイ奪還に失敗したバランを激しく責めているが、これはほとんど八つ当たりに近い。決してかなわない相手に対して、些細な揚げ足をとって難癖をつけているような小物っぷりさが漂っている。

 そもそもハドラーは内心ではバランの失敗を望んでさえいたのだから、バランが失敗したのを責めるのはお門違いというものだ。だが、この時のハドラーは本心を口にしようとはしていない。

 あくまでも魔王軍総司令としての発言に拘り、その範囲内で振る舞うことに固執しているのである。

 それに対し、キルバーンの物の見方はもっと柔軟であり、客観的だ。
 ダイの記憶を奪ったバランの手腕を、見事だと賞賛している。確かに理屈で考えるのならば、記憶を失ったダイは人間に拘る理由をなくしたし、その逆も言えるだろう。

 感情を度外視して考えるのなら、この時点で人間を守りたい勇者と、勇者を頼る人間達の絆は一度断ち切れている。 
 その上で、バランが次は全勢力をあげて戦うだろうと予測しているキルバーンの言葉を聞いて、ハドラーは「まさか……!?」と呟いている。

 これは、明らかにバランの次の行動を予測したからこそ呟ける言葉だ。
 事実、この直後悪魔の目玉の報告により、三色のかがり火を焚いているバランの姿が報告された際、ザボエラは驚いているがハドラーは少しも驚いてはいない。

 そのかがり火がバランの配下の竜騎集を呼ぶための合図だと言うこと、また、その部下達が彼にとって最強の部下であり、全員がそろえば凄まじい破壊力を発揮することまで承知している。

 諜報活動を好むザボエラ以上に詳細な情報を持っているハドラーは、以前からよほどバランを意識し、調べていたとしか思えない。だからこそキルバーンの言葉を聞いただけで、すぐに竜騎集の存在に思い当たったのだろう。

 実は、バランがこの竜騎集を自分の目的のために動かした時点で、ハドラーの魔王軍は終わっている。

 ハドラーが六団長の内、すでにフレイザード、ヒュンケル、クロコダインを失い、バランも配下とは言い切れなくなったことを考えると、残りはザボエラとミストバーンのたった二人の配下しかいない。

 が、この二人はどうにも信用がおけないという意味では大差がない。ミストバーンはバーン一筋だし、ザボエラは風向き次第で平気で主君を裏切る身勝手さがある。

 総司令という地位にどこまでも拘るハドラーには気の毒だが、上司の信頼を失った上にすでに部下の大半を失った総司令では、魔王軍を動かすことはできない。

 事実上、もはや魔王軍は魔王軍として機能していないのである。総司令の座をバランに与えると言ったバーンの口約束とは無関係に、すでにハドラーは総合実力的な意味でもバランに負けてしまっている。

 それを知っていたからこそ、ハドラーはダイがバランに勝利する可能性に一縷の望みをかけていたのだが、ダイが記憶喪失になった上にバランは最強の手駒をそろえてダイ奪還にあたろうとしている。

 それら全ての事情を察しているキルバーンが、軽口を叩きながらチェスの駒をつついて壊してしまうシーンが印象的だ。

『こりゃ、ハドラー君の最後の望みも消えたね……!』

 ハドラーの焦りや望みを知っている上で、そう言ってのける辺りにキルバーンの性格の悪さがにじみ出ている。


《余談・レアな悪魔の目玉》

 悪魔の目玉は作品中に何度も登場する怪物であり、遠く離れた場所も便利に探るために地道に活躍している怪物ではあるが、このシーンに登場する悪魔の目玉は、ちょっとばかりレアである。

 というのもこの時に登場する悪魔の目玉は、自分の意思でしゃべっているのである。

 たいていの場面では悪魔の目玉自体は無言で、電話のように双方の先にいる物同士が会話を交わすと言う描写が多かったのだが、このシーンに登場する悪魔の目玉だけは自分の意思でしゃべっている。

 知能が低く、命じられたことしかできない怪物と思っていただけに、この悪魔の目玉の流暢な話し言葉は少しばかり意外だ。もしかすると、ここに登場するのは悪魔の目玉ではなくその上位腫族かもしれない。

 DQでは大半の怪物は色違いで3種類ずつ登場するのはお約束なのだが、白黒の漫画では色の違いが区別がつきにくいため怪物の見分けが困難であり、確定できないのは残念である。
 

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