35 襲撃準備(1) 

 

 ダイの記憶喪失に衝撃を受けた勇者一行だが、彼らはいつまでも落ち込んでばかりはいない。じっとしていても事態が好転しないと知っているからこそ、次の行動を起こしている。

 全員の中で真っ先に行動を起こしているのは、ポップだ。瞬間移動呪文でマトリフの洞窟に戻り、相談しようとしている。

 対策としては悪くはない手だ。
 自分達だけの力で解決できない問題ならば、その手段を持つ人間に頼るのは自然な発想だ。

 マトリフは深い知識を持つ大魔道士であり、優れた判断力で具体的な作戦を立てる能力もある。
 だが、これはマトリフが留守だったため、見事に空振りに終わっている。

 この相談が全員の総意なのか、ポップの個人的な考えなのかは不明だが、おそらくはポップの発案によるものだろう。

 メルルやナバラはそもそもマトリフに会ったことはないし、クロコダインにしてもこの時点ではマトリフと会ったとは言い切れない。レオナならば戦勝パーティで彼と面識はあるかもしれないが、個人的に話をするシーンはない。

 マトリフを実際に知っているのはダイとポップだけであり、ダイの方は記憶を失っているのだからマトリフの力について知っているのはポップだけしかいまい。

 結果的にマトリフに会えなかったとは言え、これはポップがマトリフを師匠として尊敬し、頼り始めている何よりの証だ。

 ところで、ポップはマトリフがいないと分かると即座にその場を飛び出してしまっている。せめて手紙でも残していけば事情も伝えることもできるし、彼が戻ってきた時に助力を仰ぐこともできるのだが、この時のポップにそんな冷静さはない。

 いつバランが再襲来するか分からないという切迫感があるためだろう、現時点で助けが得られないと判断するや否や、さっさと仲間達の元に戻っている。

 マトリフの助力が得られなかった一行を導いているのは、やはりレオナだ。
 レオナはテラン城に赴き、テラン王と面会してテラン城にダイを匿うように協力を要請している。

 普通に聞くとこれはかなり無茶というか、非常識な頼み事である。
 ダイを狙って強力な敵がやってくると分かりきっているのに、他人様の城を砦代わりに使おうとしているのだから。

 城というのはほぼ例外なく戦争時の拠点としての役割も備えており、防御力がある建物には違いないからレオナがダイを庇護するための場として求める気持ちは分からないでもないが、他国の王への頼み事としてはずいぶんなものである。

 その上、頼み事をするというのに「帰国の戦力をあてにしていない」と言い切ったレオナの態度は失礼にも程がある。しかも、この時レオナとテラン王の間に親交らしき物は感じられない。会話の流れからだと、まず初対面同士だろうと推測できる。

 一般人の感覚からすればますます非常識極まりないが、レオナのこの時の行動は戦乱時の王としては理解できる。

 王族同士の助力には、個人の面識や親しさ以上に国益が関わってくる。
 たとえ戦争に巻き込まれたとしても、国家として譲れないものがあるのならば戦いを選び、同盟国を募るのも戦乱時の王の処世法だ。

 同盟国に対して砦や兵力を求めるのは決して失礼なことではないし、実際の歴史でもよくあることだ。
 つまり、この時のレオナはテランを同盟国として扱い、協力を要請しているのである。

 このレオナの判断力は、見事と言うしかない。
 ダイを守りたいと考えるのならばレオナにはこの時、いくつかの選択肢があった。普通ならば移動や時間の問題があるが、ポップが瞬間移動呪文で自在に飛び回れることを考えれば、距離的な問題は無視できる。

 ポップの機動力を活かして逃げ回るのも一つの手だが、レオナは逃げを選択しなかった。
 ダイを守るために戦う決意をしたのである。

 そして、聡明なレオナは最大戦力であるダイを失っている今、彼を守るためには強固な砦があった方が有利と考えた。勝つために打って出るよりも、守りを固めて対応するという考えである。

 彼女にとって一番簡単な方法は、自国のパプニカに戻ってそこを拠点としてダイを守る方法である。
 周囲を説得するという点では、これが一番楽な方法だろう。

 レオナはパプニカでは王女という立場にあり、ダイは勇者として人々に歓迎されているのだから。だが、復興途中のパプニカには魔王軍に立ち向かえるだけの兵力がない。

 魔王軍の幹部と戦うのであれば、実際の戦力はダイを含めた数名しかいないのだから、兵士が多少いたとしても何の意味もない。

 二度目の魔王軍の襲来はパプニカに致命的なダメージを与える可能性は高いし、そもそもパプニカは勇者の力によって救われた国だ。その肝心の勇者が無力化したと知れば、士気がただ下がりするのは目に見えている。

 財力豊かで軍備の整っているベンガーナ王国も、レオナは選ばなかった。
 兵力や財力があったとしても、共通する目的がなければ同盟は結べない。勇者による恩恵を受けていないベンガーナ王国には、ダイを守る理由もメリットもない。

 それでは同盟は結べないし、それでも敢えてベンガーナに頼るというのならば、一方的な借りを作ることになる。復興途中の一国家が他国に多大な借りを作るということは、将来的に大きなデメリットが伴う。

 実際の歴史でも、戦乱期に他国の保護を求めたばかりに後々大幅な譲歩を要求されることになった国々は多数ある。レオナが、同盟国としてベンガーナを求めないのは当然と言えば当然だ。
 
 その点テラン王国は、竜の騎士の伝説が信仰として伝わる国だ。それだけに竜の騎士に関する話は通じやすい上に、神の使いを守るという理由は十分な目的意識ともなる。

 テラン王国となら、竜の騎士の子供であるダイを守るための戦いに力を貸してくれると考え、共通の目的を持つ国家同士として簡易的な同盟を持ちかけたレオナの政治センスはなかなかのものだ。

 これまでレオナは旅に同行していたナバラやメルルにも自分の正体を明かしてはいなかったが、テラン城に訪れる際にその正体を打ち明けている。 
 ダイの記憶喪失に対して一人の少女として嘆いていたレオナは、この時、王女としての立場で振る舞っているのである。

 ところで、テラン王に会見を申し入れる時にクロコダインが敢えて一向に付き添わず、城門で待っているシーンがあるのが赴き深い。

 自分が怪物であること、自分の外見が初対面の人間にとってはインパクトを与えると承知しているクロコダインは、自分がいればレオナの交渉が不利になる可能性を熟知しているのだ。

 だからこそ城の中にすら入らず、城門で待つと告げ、話がついたら呼んでくれと言い残している。
 さりげないシーンではあるが、クロコダインの大人としての配慮を感じられるお気に入りのシーンである。

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