37 襲撃準備(3)

  

 王の話を聞いた直後、メルルは突然顔色を変え、頭を抱えて震えだしている。ベンガーナのデパートの時と同じく、彼女は遠くにいる敵の襲撃を察知したのである。

 この時、ちょうどタイミング良くテランの兵士がベンガーナから巨大な火の手があがったとの報告をしているので、一見メルルはこの報告について予知で知った様に見えるのだが、実際には違う。

 メルルが感知したのは、テラン王国に向かってくる憎悪のエネルギーの存在――つまり、バランの襲撃である。その際、同じようなエネルギーが3つ感じると宣言する彼女は、見事に竜騎集の存在を感知しているのである。

 しかし、メルルはベンガーナの炎に関しては全く感じていないところを見ると、どうやら彼女の感知能力は全てに対して働くわけではなさそうだ。
 彼女の感知能力は、明らかに自分自身をベースにして発動させている力だ。

 あくまで、今、自分が居る場所を拠点に強いエネルギーや邪悪な気配を察知するというのが基本的な能力だと考えていいだろう。

 この時点で、メルルの能力についてポップやレオナは強い信頼を抱いているようだ。この占い師の少女が特種な能力を持っていることを、彼らはきちんと認識し、受け入れているのである。

 敵の襲撃を予想したレオナ達は、真っ先にダイを地下牢へと閉じ込めている。
 これはレオナの意思もあるだろうが、テラン側の意向と考えた方が良さそうだ。

 ダイが嫌がって泣いているせいもあり、一見酷い扱いのように見えるが、地下牢を提供するということはテラン城にとっては非常に大きな譲歩だ。他の国の王ならばともかく、竜の騎士の伝説について知っているテラン王ならば、本気で怒り狂った竜の騎士の強さについて知識がないはずがない。

 最悪の場合、城そのものをぶち壊して地下牢にいるダイを奪取していく可能性を、予測しなかったわけではないだろう。だが、それを承知の上で最も堅固で見つかりにくいと思える場所を提供しているのだから、テラン王の覚悟とレオナへの期待度は相当に大きい。

 また、作品中では明かされていないが、地下という場所は秘密の通路を隠して置くにはいい場所である。いざという時には地下からの秘密通路を通じて、脱出路を確保できるという意味合いも込められていると思うのは、うがち過ぎだろうか。

 だが、残念なことにと言うべきか、テラン側のこの思いやりはメルルには全く通じていない。占い師としては優れた能力を持っていても、メルルの感性や考え方はごく普通の一般人と大差はない。

 泣いているダイを気の毒に思い、牢屋に無理矢理閉じ込めるなんて酷いと思っている彼女は、なぜそうしなければいけないのかを理解してはいないのだ。
 そんなメルルに対して、クロコダインは丁寧に説明をしてやっている。

 『すりこみ』と言う自然界の疑似親子関係について説明する辺り、クロコダインはなかなか博識である。豪快で力自慢の戦士という印象の強いクロコダインは、相当に知能の高い上に考えの深さも併せ持っている男だ。

 本来ならばそこまで詳しく説明する必要さえないはずのメルルにさえ、きちんと現状を説明をする余裕があるのは、ここにいる中でクロコダインだけだ。

 レオナやポップは、ダイを地下牢に閉じ込めなければならない理由は承知してはいるが、それを納得しきっているわけではないのか辛そうな表情をしているし、他人に事情を説明するだけのゆとりはない。

 それどころか、レオナは自分で自分に言い聞かせるので手一杯といった印象さえ受ける。

『……そのためにはこうするしかないのよ。かわいそうだけれど……、ダイ君のためだわ……!』
 
 レオナはこの台詞を、クロコダインの言葉に続ける形で発言している。ダイに向けて言っている言葉ではないのだ。これはどちらかと言えば、自分の行動は正しいのだと第三者に向かって言い訳するに等しい発言だ。

 ダイのためと言いながら、レオナの行動は実はダイの意思を無視している。
 記憶を失って以来、ダイは積極的に何かを発言しなくなっているし、レオナ達の行動に一応従ってはいる物の、特に関心を持っている様子でもない。

 ダイが強固に主張したことは、二つ――戦いは怖いと言って拒否したこと、そして、牢屋は嫌だというこの発言だ。

 だが、実際にレオナがやっている行動は、襲撃してくるバランに対抗し、ダイを奪われないようにと守りを固める行為――つまり、戦いたくないという現在のダイの意思とは真逆の方向性なのだ。

 ダイのためと言いながら、レオナは実は、記憶を失う前のダイ……勇者ダイを守るための行動に徹している。記憶を失ったダイではなく、勇者として戦っていたダイを、レオナは必要としているのである。

 自分の感情よりも目的を最優先できる意思の強さを持つレオナは、情に流されずに真実を見据えているのだろう。
 ダイを牢屋に閉じ込めるもう一つの意味も、彼女は理解していると思われる。

 クロコダインも指摘していたが、ダイが自分の意思で逃げ出す、あるいはバランの元へ行く可能性への危惧だ。なまじ紋章という共通点があるからこそ、ダイはバランに父親だと言われたのなら疑わないだろうとクロコダインは予測していた。

 記憶を失ったダイ自身を信用していないからこそ、彼らは酷だと分かっていても牢屋の利点を最大限に利用しようと考えている。
 地下牢は城で最も堅牢な場所であると同時に、中に閉じ込めた者を決して逃がさないという、牢屋として当然の側面も持っている。

 この間もずっと怯えたダイがここから出してと泣き叫んでいるのに、レオナはもちろんだがポップもダイをなだめようとはしていない。口には出していないが、ポップもレオナと同じようにダイが地下牢に閉じ込められなければいけない意味を理解しているのだろう。

 ダイが無力化してしまっていることを、彼らは痛いほどに理解している。
 だからこそ彼らは今のダイと交流を深めることや、説得して協力を仰ぐよりも、強引でもいいから彼を守ろうとしている。ダイ自身の意思に反するとしても、それでも勇者ダイを守ることを優先すると決めているのである。
 

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