40 ポップ対竜騎衆戦(1)

 テラン城を飛び出したポップは、バラン達の進行方向の途中で待ち伏せをしかけている。

 レオナ達を騙した手前、城の近くよりもある程度離れていた方が都合がよかったのだろう。ポップはほぼ荒野に近い、周囲に何も見えない場所でバランを待ち受けている。

 だが、ここでポップが取った作戦はある意味で常軌を逸している。
 待ち伏せや奇襲は隠れた場所からこっそりと行うのが常識だが、ポップは隠れる気配すら見せない。なんと、わざわざ目立つことこの上ない岩山の上に立ち、バラン達を待っていた。

 しかも、自分から声をかけてさえいるのだ。
 あまりにも大胆すぎる奇襲行動だが、ポップのこの常識破りの大胆さはバランや竜騎集に対しては効果的だった。

 後に分かることだが、バランは他者の気配を感じ取る能力に長けている。
 気配を全く殺して近寄ってくる敵の存在を敏感に感じ取ることのできるバラン相手では、隠れた場所から不意を突いて攻撃というのは不可能に近い。

 むしろ、奇襲を仕掛ける前にバランに気取られて攻撃され、あっさり終わった可能性の方がよほど高いだろう。
 しかし、堂々と姿を見せて待っていたからこそ、バランは一人で現れたポップに不審を抱き、足を止めた。

 ポップがそこまで読んでいたかどうかは不明だが、下手に隠れて攻撃をしかけるよりもよほど確実に、相手の気を引いて足を止めさせる効果があったと言える。

 もっともこの時彼らが足を止めたのは、ポップの存在を脅威に思ったからではなさそうだ。どちらかと言えばその逆で、あまりにも弱そうな魔法使いが一人っきりで待ち伏せているのを疑問に思ったからだろう。

 ガルダンディーなどは特に、ポップを完全に舐めきって軽んじた台詞を吐いているぐらいだ。

 この時のガルダンディーの動きを見てみると、実に面白い。
 彼はこの時、わざわざ竜を降りている。騎乗していた方が攻撃力や防御力が高いだろうに、竜から降りたガルダンディーはポップに背を向けながら彼を貧相なガキだと貶し、高笑いしている。

 ひどく挑発的でいながら隙を見せているこの態度の意味は、明白だ。
 つまり、ガルダンディーはこの時、ポップを試しているのである。

 格好から見てポップが魔法使いなのは一目瞭然だし、魔法ならば遠い間合いからでも攻撃をしかけてくるのはもちろん承知しているだろう。だが、それぐらい軽くあしらえる自信を持つガルダンディーは、敢えて挑発的に振る舞っているとみて良さそうだ。

 好戦的なガルダンディーらしい行動である。
 しかし、この時、ポップはガルダンディーの挑発には全く乗らない。というよりも、彼など眼中にないといった感じである。

 この時のポップは、自分の勝利を目標としていない。
 できるのなら、バランを含めた全員を――もし、それが無理なようならば差し違えてでも相手の頭数を一人でも二人でも減らそうと考えているポップは、どうやってバラン達全員に一気にダメージを与えることしか考えていない。

 この時のポップは、相手の様子をうかがって最大のチャンスを狙うのに集中しきっている。

 しかも、ポップは自分の外見が相手の油断を誘うものだと承知しているようだ。相手が自分を舐めてかかるのも計算のうちなのか、ガルダンディーに馬鹿にされてもポップは全く感情的になった様子を見せない。

 少し前までは、戦いの場でもすぐ感情的になっていたことを考えれば、ずいぶんと進歩している。 
 マトリフの修行を受けたせいか、戦いに対する心構えが以前とは段違いに成長したようだ。

 だが、この時はやはりバランの方が圧倒的に優れている。
 バランはポップが魔法を放つ気配を見せた瞬間に、ガルダンディーに向かって忠告している。離れた所にいるポップが、杖を伸ばしたわずかな音を聞きつけて何をしようとしているのか察知し、味方にそれを伝える余裕があるのだ。

 この時点では、バランはガルダンディーがポップにどう対処するのか見物するぐらいの気持ちだったのかも知れない。

 が、ポップはガルダンディーだけでなく、バランも含めた竜騎集全員に向けてまとめて重圧呪文を放っている。

 この奇襲攻撃は、ものの見事に成功している。
 これは、バランの不意をうまく突いたからこそ成功した魔法だろう。なにしろポップは前にもこの魔法をバランに対して見せているし、バランは独力でそれを破っている。

 だが、今回はなまじ配下を連れていたのが、バランには逆に油断になった。
 最初からダイ――息子を奪回することを優先しようと心に決めていたバランは、配下にその他の人間の相手をさせるつもりでいた。そのせいもあり、部下に任せようと思う感覚があったからこそポップの不意打ちを許す結果に繋がっている。

 なにしろ、ポップが使ったのは大魔道士マトリフ直伝の呪文だ、竜騎集達が無警戒で受けてしまったのも無理はない。そして、一度かかったこの呪文から逃れるのは難しい。

 ポップにしてみれば、重圧呪文を相手に決めることができるかどうかが勝負の鍵だった。

 そのためには、ポップがクリアしなければいけない条件は二つあった。
 敵全員を一カ所にまとめることと、全員が大地の上にいることである。

 このうち、後者の条件が整ったのは偶然に過ぎないが、敵の気を引きつけて足を止めさせたのは紛れもなくポップの度胸と、敵の油断まで計算にいれた読みの良さがあったからこそだ。

 相手の前に姿を現すことで逆に相手を油断させ、先手必勝で奇襲を仕掛ける――この不意打ちに、ポップは勝負を賭けていたと言っていい。
 計算尽くで奇襲をしかけると決めたポップは、そのメリットやデメリットについてもおそらくは最初から知っていたはずだ。

 確かに奇襲は成功すれば、絶大な効果を発揮する。
 重圧呪文による不意打ちで敵の数を減らせれば、それがベストだ。バランだけは仕留めることができないだろうが、ポップの目標は最初から敵の頭数を減らすことにある。

 メリットして、成功すればバラン以外をごく短時間で抹殺できる。
 だが、そのデメリットとして、ポップは大きな危険を背負うことになる。重圧呪文で敵を制することができなければ、魔王軍にも匹敵すると言われている竜騎集全員とたった一人で戦うことになるのである。

 つまり、失敗すればほぼ確実に殺されると分かりきっているハイリスクな賭け……重圧呪文を仕掛けるポップが、必死になって潰れろと叫んでいるのも頷ける。
 初っぱなから、ポップは背水の陣を敷いているのである。

 

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