41 ポップ対竜騎衆戦(2) |
ポップの重圧呪文による先制攻撃には、思わぬ邪魔が入る。 この時、ポップはスカイドラゴンの尾になぎ払われた形になっている。スカイドラゴンは軽く尾を振っただけのように見えるが、防御力の低いポップにとっては大ダメージである。 全身が大きく反転するほど衝撃を受け、さらにその後、崖から落下しているのだから相当に辛そうだ。 だが、ダメージを受けながらもポップの状況把握は的確だ。 つまり、ポップにしてみれば何が何だか分からない内に攻撃を食らったと言う状況のはずなのだが、ポップは立ち直りと判断力は早い。 現実世界でもそうだが、人間は突発的な事故には比較的弱い。 予定外の事故に遭遇し、すぐさま状況を見極めて的確な対処をとれるようになるには、訓練と同時に強い精神力が欠かせない。 ほぼ博打に近かった自分の攻撃が失敗したことに衝撃を受けるでもなく、その原因が上空に逃れたスカイドラゴンにあることも、すぐに気がついている。 その名の通り、スカイドラゴンは空を飛ぶことのできるドラゴンだ。当然、大地の上にいる相手に限定して効果を発揮する呪文の効果が及ぶはずもない。 重圧呪文は集団に対して効果を持つ呪文だが、効果範囲を欲張りすぎてはチャンスを失う可能性も高かった。 バランの目的が息子の奪還にあり、しかも短期間で強引に行おうとしている性急さを思えば、いつまでも同じ場所にとどまってくれる保証などない。運良く敵全員がまとまって大地の上に立っているという好条件は、そうそうある機会ではない。 騎乗対象であるドラゴンの始末よりも、バランや竜騎集を重視して攻撃を仕掛けるのは当然だ。 だが、ポップにとって不運だったのは、このスカイドラゴンが特別だったことだ。 なにしろこのスカイドラゴンは、他のドラゴンを圧倒した賢さを見せている。呪文にかからなかったのは種族的な特性に過ぎないが、自分だけでなくとっさに主人を助け出し、そればかりではなく呪文の使い手に対して攻撃を仕掛けてさえいるのだ。 あっさりと潰れてしまった他のドラゴン達とは大違いである。 ボラボーンが騎乗していたドラゴンは、明らかにガメゴンロード系のドラゴンだ。 この種族は、ドラゴン族の中でも防御力が突出して高いという特徴を持っている。つまり、ベンガーナデパートに出現したドラゴンよりも強いのである。それを仕留めたポップの魔法力は、わずかに間に著しく成長しているのだ。 が、残念ながらと言うべきか、ポップのこの急成長もバラン達には及んでいない。 バランのみならず、ボラホーン、ラーハルトもまともに重圧呪文を食らっているにも関わらず、全くのノーダメージだ。 たとえばザボエラやハドラーなどは、ポップの使った魔法が自分の予想以上の力があったというだけで激高し、ムキになっていた。 負けず嫌いと言えば聞こえはいいが、要は自分が一番でなければ気が済まないという、狭量な精神の持ち主だった。そのため、かえって感情的になって要らぬ隙を見せたりなどもした。 しかし、バランも竜騎集もポップが自分達以上の魔法を使ったからと言って、その実力に多少は驚きはしても、特に精神を乱されたりはしない。 4人の中で一番感情を見せたボラホーンにしても、自分達に攻撃をしかけてきたポップに対する怒りはたいして感じているようには見えない。むしろ、この程度の攻撃であっけなく潰れたドラゴン達に対して、文句を言っているぐらいだ。 彼らのこの余裕は、自分自身への強さにある。 大人が部下のミスには叱責しても、幼児に喧嘩を売られて本気にならないように、竜騎集達はポップを敵とさえ思っていないのである。 一歩間違えれば過信になりかねない余裕だが、単に自惚れきっているとも思えないのがバランとラーハルトだ。 バランはポップがたった一人で足止めに来た度胸を、認めている。 バランが重視しているのは、ダイを守ろうとする仲間達の決意であり、ポップ本人に対する警戒心ではない。 バランの行動は明らかに、自分から攻め込むための布陣だ。 ポップに限らずダイの仲間が単独でやってくる可能性は考えていなかっただろうし、来るにしてもクロコダインかヒュンケルのように単独で戦えるだけの強さを持った者が来ると想定したに違いない。 それだけに、バランは敵の送り込んできた先兵に対して意外なぐらいの警戒心を見せている。 しかし、ここでバランが注意を払っているのは、ポップ個人に対するものではない。人間達が何を考えてこんな先兵を送ってきたのか、そこになんらかの意図があるのではないかと考えているようだ。 つまり、バランが案じているのは魔王軍の裏切り者を含む人間達が集団で戦いを挑んでくる可能性であり、ポップ本人にはさしたる警戒心を抱いてはいないのだ。 その証拠にバランは、ポップの始末を引き受けるから先に息子を救いに行くようにと進言したラーハルトの言葉にあっさりと頷いている。 それでも追い詰められた人間の底力を舐めないようにと忠告する辺りに、バランは人間に対する警戒心が現れている。ダイと実際に戦ったバランは、仲間という絆を持った竜の騎士の強さを実感している。その絆やダイの底力に対する警戒心と言った方がいいのかもしれない。 だが、バランの抱えている人間やその仲間に対する警戒心は、部下達には今ひとつ伝わっている様子はない。 確かにバランに対して『窮鼠猫を噛む』という人間の諺を例えに出してまで、油断大敵の心得を表明しているラーハルトは、一見人間にも油断していないように見える。 ラーハルトは出撃前にバランに下された命令を忠実に果たそうとしているし、彼の教えには従順だが、彼は真の意味で人間には警戒心を抱いていない。 だいたいポップを始末したらすぐに後を追うと発言している段階で、ラーハルトのポップへの評価が分かるというものだ。 足止め役のこの先兵など軽く始末できるし、また単身でバランが先に向かうことに何の危険も感じていない――いかにも警戒心を忘れていないかのような台詞を言いながら、ラーハルトの行動には人間などたいしたことはないと考える真意が透けて見えている。 同じように人間への警戒心について語っていても、バランとラーハルトの認識には温度差があるのである。 バランがそれに気がついていたのか、あるいは気がつかなかったのかは分からないが、彼は部下の答えに満足し、一足先にダイの所へと瞬間移動呪文で移動した。 本人は気がついていないだろうが、これはバランにとっては大きな失敗になる。 息子を早く取り戻したいと思うあまり、バランは自らの意思で自軍の戦力を分散させるというミスを犯した。もし、ここでバランがポップに対しての警戒心を緩めず、全員で先兵を潰し、それからテランへと向かっていれば、最大戦力で人間と戦うことが出来たはずだ。 特攻を仕掛けたポップ自身にも自覚はないだろうが、彼は意図せずに敵兵力の分断に成功しているのである。
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