42 ポップ対竜騎衆戦(3)

 

 ポップはバランが瞬間移動呪文で飛んでいくのを見て、その後を飛翔呪文で追おうとしている。

 この行動から、ポップが敵の分断をしたのが最初からそれを狙った作戦ではなく偶然だというのがよく分かる。バランと部下達を切り離すことが目的ならば、ポップがここでバランを追うはずがない。

 ポップの目的はあくまでダイを守ることであり、そのためにバランを含めた竜騎集全員を足止めしようと考えていたのだろう。だからこそ、ポップはバランの先行を見てとっさに止めようとした。

 仮定の話になるが、もし、これでポップがバランに追いつくのに成功していたのならば、話の流れが大きく変わった可能性もある。

 ただし、それは良い方向に変わるとは言い切れない。最悪の方向に変わった可能性の方が高いからだ。
 もし、ポップがバランに追いつき、短時間でバランを単独で倒す、あるいは説得できたのならば問題はない。

 だが、問題なのはポップがバランを追ったことで竜騎集達が動き出す可能性だ。彼らは元々、ポップの相手をするためにその場に残った者達だ。ポップがいなくなって以上、そこに残っている理由などない。

 最初からバランの後を追いかけると言っていた予定通り、行動するだけの話だ。彼らが瞬間移動呪文等の移動系の魔法を持っているかどうかは不明だが、少なくとも騎乗していたスカイドラゴンが一体残っているのだ、追跡ができないはずはない。

 ポップがバランと戦っている時に、竜騎集全員がやってくる可能性は大きかったのだ。そうなれば、敵を分断させたメリットなどなくなる。

 実力的にポップがこの時、バランや竜騎集全員に勝てたとは思えないので、彼がここで死亡した可能性が非常に高い。その場合はその上で、バランと竜騎集全員がダイ奪還のために行動することになるのだから、これはどう考えても最悪の展開だ。

 しかし、幸か不幸か、バランを追いかけたポップは足を鎖鎌に絡め取られて無理矢理地上に引き戻される。

 ポップの飛翔呪文を阻んだのは、ボラボーンだ。
 怪力自慢なイメージの強いこの獣人は、意外にも機敏でとっさの反応が早い。さらに言うのならば、ボラホーンはバランへの忠誠心も意外なぐらいに強いようだ。

 ボラホーンはポップを身の程をわきまえないガキだと罵ってるが、彼はポップが自分達を無視したことを怒っているわけではない。ポップがバランへ手を出そうとしたことに対して、腹を立てているのである。

 そのボラホーンに対して、ポップは火炎系最強呪文をぶつけている。
 この時、ポップはまだ足を鎖鎌に絡め取られたまま、しかも立ち上がることさえできな姿勢のままだった。だが、ポップは立つことよりも相手に攻撃にすることを優先したわけだ。

 この判断は、英断だ。
 当たり前の話だが、人間は転べば当然立ち上がろうとするものだ。ましてや戦場で、無防備に転んだ姿勢のままでいたいと思うわけがない。

 しかし、戦士と違って魔法使いは姿勢に関係なく遠距離攻撃をしかけることができる。だからこそポップは自己防衛よりも先に攻撃を仕掛けたのだろうし、その判断自体は悪くない。

 が、ポップの放った火炎呪文はボラホーンが口から放った凍てつく息で蹴散らされてしまった。

 一番得意とする魔法を、全く相手にダメージを与えないまま一蹴されてしまったポップは精神的に大きなダメージを受けている。バランとはやり方が違うが、魔法を無効化する能力を持った敵と戦うのは、魔法使いにとっては絶望的な展開だ。

 しかも破られたとは言え効果のあった重圧呪文と違い、火炎系呪文では相手にかすり傷さえ負わせられないのでは、お話にならない。ポップがここで青ざめるのも、無理もない。

 もっとも、ポップのこの動揺は正直すぎた。
 ポップの怯えぶりを見て、ボラホーンは彼の実力がたいしたものではないと簡単に見切りをつけている。それを確かめるかのように、ボラホーンはポップを馬鹿にする発言をした後、鎖鎌を振り回して彼を地べたに叩きつけている。

 一見感情にまかせてポップをいたぶっているように見えて、彼は至って冷静だ。

 それは、叩きつけたポップを平然と見下ろしてる姿からも窺える。相手を痛めつけるだけでなく、相手の力をきちんと見定めようとする観察眼と慎重さも彼は併せ持っているのである。
 豪快そうな外見の割に、なかなか細心なところがある男のようだ。

 その結果、ボラホーンはポップをたいしたことのない敵だと再確認している。そう判断したのはラーハルトも同じことだ。

 元々、彼らはポップへの評価は高くはなかったが、実際に戦ってみてその考えをさらに強めたのだろう。ラーハルトは、ポップをすぐに殺すようにとボラホーンに提案している。
 これを優しさと呼べるかどうかは、微妙なラインだろう。

 ボラホーン、それにガルダンディーと違って、ラーハルトには人間を虐待する趣味がないことははっきりと分かるが、だからといってラーハルトは人間に味方をする気など全くない。

 敵ならば倒すのが当然というのが、ラーハルトの基本的な思考だ。その相手がまだ少年であっても手心を加える気は全くないようだ。

 だが、どうせ殺すのであればせめて楽に死なせてやってもいい――ラーハルトの思考は、そのぐらいのものだ。それも、ラーハルトはこの時点では敵であるポップへの配慮よりも仲間への配慮の方が勝っている。

 ラーハルトの提案した槍に串刺しにする殺し方は、かなり残虐な上に不確実さな殺し方だ。なにしろボラボーンが正確にポップを放り投げなければ、成立しない。

 本気でポップを楽に殺したいというのなら、それこそラーハルトが槍で一突きすればいいだけの話だ。
 だが、彼はそうはしなかった。 
 
 自分の手で、無意味に人間を殺したくはないという感情がどこかにあったのかもしれないが、筆者はラーハルトが仲間達の残虐性をなだめるためにこの派手な殺し方を提案したのだと考える。

 バランを待つ少しの間にも、ガルダンディーは近くにある人間の村を襲いたいと考える欲望を止めることができなかった。ガルダンディーの残虐趣味や、ボラホーンの苛立ちを宥めるために、ポップを利用しようと思ったのだろう。

 彼の視点ではポップはどうせ倒すべき敵だし、殺して当然の相手だ。主義として、必要以上に敵を痛めつけたいとは思わないが、目的のために相手を傷つけるのは厭わないという強引さがラーハルトにはある。

 仲間の残虐性を適度に満たす殺し方をさせることで、さっさとポップを始末し、一刻も早くバランに合流したい――それが、ラーハルトの狙いだったのではないかと思う。

 だが、このラーハルトの考えはボラホーンにはともかく、ガルダンディーには通じなかった。

 ガルダンディーは空中高くに放り投げられたポップを、わざわざドラゴンを使って捕まえている。その上でポップをドラゴンに締め付けさせ、彼が苦痛に苦しんでいる姿を楽しんでいるガルダンディーは、真性のサディストだ。

 人間を玩具と言い切り、せっかくの人間の獲物ならば、ジワジワと、むごくいたぶり殺さなければつまらないと言いきるガルダンディーは、この時、またも感情に任せて暴走しかけている。

 バランの命令よりも、自分の欲望を満たすために人間をいたぶりたいという考えに夢中になっているのだ。
 そして、そんなガルダンディーをボラホーンもラーハルトも止めようとはしない。

 少し前にベンガーナの町をガルダンディーが襲った時のように、ガルダンディーが気が済むようにすればいいと考えているようだ。

 ラーハルトにしろボラホーンにしろ、ポップをたいしたことのない敵だと判断しているからこそ、ガルダンディーの遊び心を無理に止める必要もないと思ったのだろう。

 ついでに言うのならば、彼らはポップだけでなく、バランが向かった先に舞っている人間達も同時に見くびっている。なぜなら彼らには、一刻も早くバランを追って援護しなければならないという切迫感はない。

 どちらかと言えば、仲間のガルダンディーの手から玩具を取り上げ機嫌を損ねられたら面倒だとばかりに、彼の暴走を黙認している。そんな場合ではないと、仲間同士で揉める様子すらないのである。

 竜騎集に掴まったポップにはひどく気の毒な話ではあるが、彼らが自分達の強さに絶対的な自信を持ち、仲間意識が高いからこそ、彼らは仲間割れも起こさない。
 ポップにとっては、最大最悪のピンチである。

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