44 ポップ対竜騎衆戦(5)

 

 さて、ここで竜騎衆からの視点に話を移してみよう。
 ポップの反撃にラーハルトやボラホーンは驚いてはいるもの、この驚きはずいぶんと軽いものであり、他人事だ。

 実際、ポップとスカイドラゴンとの戦いは、ガルダンディーの気が済むのを待っていたラーハルト達にとってはただの見世物にすぎないのだが。

 それにしても、彼らはずいぶんとポップを見くびっていたようだ。
 ポップが最初に他のドラゴン三匹を呪文一つで一掃したのを見ておきながら、単独でスカイドラゴンを倒すなどとは想像すらしていなかったのだから。

 だが、以前も考察したように、ガルダンディーのドラゴンとラーハルト達のドラゴンでは訳が違う。

 ガルダンディーのドラゴンが、彼自慢の愛騎の一品なのだとすれば、ラーハルト達が乗っていたのは極上ではあっても初めて乗ったただのドラゴンだ。上質とは言えいくらでも乗り換えが効くし、失ったとしても精神的にも物質的にもダメージにもならない。

 乗馬などでも互いに癖を飲み込み合った愛馬が最も乗りやすく、力を発揮しやすいように、ドラゴンも同じだろう。
 言わば、カスタマイズした特製の車と、既製品の車程に違う。

 その意味では、ボラホーンはポップ以上にガルダンディーのドラゴンの方を評価していたようだ。
 まさかあんなガキがガルダンディー自慢のドラゴンを倒すなんて、と驚いている。

 それに比べると、ラーハルトの読みはもう少し鋭い。
 彼もポップの意外な反撃に驚いてはいるが、それがポップに対してどんな不幸な結果をもたらすかをこの時点で予測してる。

『この抵抗の代償は……高くつく!!』

 ラーハルトのこの簡潔な言葉の意味は、すぐに分かることになる。
 自分のドラゴンを失ったガルダンディーは、驚愕を隠せていない。それどころか、地面に落下したドラゴンの死体を前にして背を震わせている。彼は、背後にいるポップさえ全く気にしていない。

 元々、ガルダンディーが人間を『敵』と認識していないせいもあるが、それ以上に衝撃が大きくて他のことに気を回していられないと言った方が正解だろう。

 未だに愛竜の手綱を握りしめたままのガルダンディーは、すぐにはこの現実を受け入れきれてはいない。
 だからこそ彼はドラゴンの側でしばし佇み、事実を確認するために時間をかけているのだ。だが、何度見返してもやはりドラゴンは死んでいる。

 その死をようやく受け入れたガルダンディーはその場に跪き、大粒の涙を零して号泣している。
 愛竜の名を呼びながらのこの号泣は、本物だ。

 ガルダンディーはずいぶんと人間的な感情を持っている。人間が自分の愛している存在の死を嘆くように、ガルダンディーも自分の愛竜の死に大きな衝撃を受け、悲しんでいる。

 だが、このガルダンディーの嘆きにポップは最初、ずいぶんと戸惑っている。背中を向けて無防備に立ち竦んでいるガルダンディーに対して攻撃するには絶好のチャンスだったのだが、ダメージが大きくて即座に行動できなかった上に、疑問を感じたポップはそのまま見物してしまっている。

 正直、ポップはガルダンディーを不意打ちする最大のチャンスを逃してしまっているのだが、本人はそれに気がついていない。ガルダンディーの嘆きに、完全に気をとられてしまっているからだ。

 ポップから見れば、ガルダンディーのこの嘆きに理不尽さを感じるのも無理もない。
 というよりも、むしろ怒りを感じる行動だ。

 人間を平気でなぶり殺そうとした魔族が、自分のドラゴンが死んだと子供のように大声で泣いているのだから。
 人間をドラゴン以下と扱い、そう考えることに全く疑問を持たないガルダンディーの身勝手さに対してポップは本気で腹を立てている。

 だが、この考えはガルダンディーも同じだ。
 ポップの言葉をきっかけに、ガルダンディーは泣くのをやめて立ち上がっている。

 ガルダンディーの考えは、ポップとは真逆だ。
 自分のドラゴンを兄弟とまで言いきった彼は、自分の同族を他の種族と同レベルで考えられることこそを侮辱と感じている。

 人間を虫けら同然と考えているガルダンディーにしてみれば、自分の愛竜を人間と比較されること自体不愉快極まりない。ガルダンディーにしてみれば、自分の愛竜を虫けら呼ばわりされたのも同然なのだ。

 悲しみに沈んでいたガルダンディーを一気に浮上させたのは、皮肉にもポップの一言だった。

 大きな悲しみや喪失感から立ち直る方法はいくつかあるが、最も簡単で手っ取り早い方法は、他人のせいだと思い込むことだ。 

 現実世界でも、家族を失った人間がその責任を取るべき対象との裁判に熱を入れるのはよくあることだ。自分や本人に非があったと認めるより、第三者のせいでこうなったのだと非難し、怒りをぶつける方がよほど楽だからだ。

 ちょうど、ヒュンケルがアバンへの復讐へ心を燃やしたのと同じ理屈だ。
 そして、ガルダンディーにとってはポップこそが怒りの対象になった。

 すでに、彼の思考には自分が油断していたことや、自分が愛竜に攻撃を命令したことなどない。彼の中では悪いのは全てポップであり、自分や愛竜の力不足だったとは微塵も考えていない。

 ポップの言葉に腹を立てたのをきっかけに、愛竜を殺したポップに対してガルダンディーは怒りをむき出しにしている。悲しみを凌駕する怒りを全てポップにぶつけることで、彼は自分の精神の安定を図ったのだ。

 ポップを攻撃対象と見定めたガルダンディーは、そのおかげで冷静さも取り戻した。彼はまず、自分の頭から羽を抜きポップに向けて投げつけている。

 ちょうどポップの胸辺りに刺さったその羽は、刺さると同時にキラキラと光るものが放出されている。この時点ではポップはその羽の効果は知らないが、不吉なものを感じたのか羽を抜こうとしている。だが、ポップにはそれを抜くことはできない。

 ただの羽のように見えて、釣り針のように返しでもついている仕組みなのかもいれない。物理的なダメージとしては小さいだろうが、受けたポップが悲鳴を上げているし、痛みのせいかバランスを崩して転んでいるので、当たればそれなりに痛みを感じるもののようである。

 ガルダンディーは、自分の中の荒れ狂う怒りのままにポップをなぶり殺す気満々だ。狂気じみた形相で武器を構えるガルダンディーを前にして、ポップが青ざめるのも無理はない。

 だが、ポップの長所は、どんな状況下でもあっても現状を見定めることのできる目の確かさだ。

 ガルダンディーの怒りの強さに怯えながらも、ポップは今こそが反撃の絶好のチャンスだと気がついた。ガルダンディーを初めとした竜騎衆の三人全員が地面の上、しかもまとまった位置に立っていることに気がついたのだ。

 ポップは重圧呪文をしかけているが、この時の竜騎衆達の反応が興味深い。 一応は身構え、警戒の姿勢を見せたのはボラボーンだけで、ラーハルトやガルダンディーは平然と見守っている。特に、ガルダンディーの浮かべているのは余裕すら感じさせる表情だ。

 そして、魔法は発動しなかった。

 魔法がでない、と青ざめるポップに対して、ガルダンディーはひどく得意げに宣言する。そんな大呪文は、もう使えない、と。おまえの身体からは、どんどん魔法力が失われていると言われ、ポップはすぐに刺さった白い羽に目を落としている。

 この時点で、ポップには自分の魔法が使えなくなった事情は飲み込めていたはずだ。

 だが、ガルダンディーは懇切丁寧といっていいぐらい詳しく、ポップに今のポップの状態を説明している。その説明は、言うまでもないがポップのためではない。
 ガルダンディーの復讐心を満足させるためのものだ。

 最初にポップをあっさりと殺そうとした仲間達に割り込んだのとは全く違う気持ちで、ガルダンディーはこの人間をあっさりと殺す気などない。ついさっきまでは玩具扱いして適当に殺そうと考えていたガルダンディーだが、自分の愛竜を殺されたことで明らかにポップを見る目が変わっている。

 普通の人間と同じようにただいたぶり殺すだけでは、物足りない。
 もっと苦しめ、恐怖を味あわせたい。ポップの抵抗の手段を全て奪い、ジワジワと切り刻むつもりでいるのである。つまり、ガルダンディーが望んでいるのは単なる処刑ではなく拷問の末の処刑だ。

 ポップにより多くの恐怖や苦痛を与えたいと思うからこそ、ガルダンディーは自分の行動の意図をポップにわざと知らせ、怯えさせようとしている。

 中世の拷問史を紐解くと、拷問の前に拷問に使う道具を見せ、それをどうやって使ってダメージを与えるか説明する予備拷問と呼ばれる手順がある。場合によっては、この予備拷問だけで自白する者もいるのだから、恐怖を与えるという目的は十分に果たせるのだ。

 しかも、ガルダンディーの恐ろしい点は、これほどの怒りと復讐心に駆られながらも冷静さも残している点だ。

 ガルダンディーが真っ先に取った行動は、ポップの魔法力を削るための攻撃だ。普通、怒りに逆上した者は後先考えずに相手に襲いかかるものだが、ガルダンディーはそうはしなかった。

 ポップに羽を打ち込んだ後、大呪文は使えないと読み切っていた点からも、彼の冷静さは窺える。

 とてつもない怒りを抱えながら、それでいて冷静さを保つことが出来る――ガルダンディーは、ある意味で以前に登場したフレイザードに似ているとも言える。

 出世欲はないが、その分彼は感情的で残酷だ。
 ポップから魔法力を奪うだけでは物足りず、体力も奪う赤い羽根を投げつけている。魔法使いは魔法を使えなくなった時点で体力も奪われることを考えれば、わざわざ体力を奪う必要などないだろうに、彼はそう考えてはいない。

 手間や効率などよりも、ポップに怒りをぶつけることだけが全てなのだ。狂乱して、ポップに執拗な攻撃を仕掛けるガルダンディーに対して、ラーハルトもボラホーンも何もしようとはしない。

 感情的なガルダンディーが一度たがを外せば、そうそう落ち着かないと知っているからだろう。だからこそ、気が済むまで放っておくと言う手をとる二人はやはり静観している。

 この結果を見越していたラーハルトは、ポップに対して多少の同情心を見せているが、それはごく薄い。哀れみはするが、この結果は自業自得だと言わんばかりに突き放した態度で見てるだけだ。

 今度は彼らもポップを楽に殺してやれとか、バランが待っているから急げとも言わない。

 愛竜を失ったガルダンディーを宥める気もないが、その腹いせをしたいと望むガルダンディーを諫める気もなく、好きなようにさせてやる――なまじ仲間意識の強い竜騎衆が見守っているからこそ、ポップはガルダンディーの狂気にまともに相手をしなければいけなくなったとは、皮肉な話である。

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