45 ポップ対竜騎衆戦(6)

 暴虐に走るガルダンディーに、ポップはおとなしく従ったわけではない。
 重圧呪文に失敗した時から、ポップは必死に抵抗を試みている。

 ガルダンディーの話が終わる前から、ポップは羽を再度抜こうと頑張ってはいる。とは言え、残念なことにさっきよりも力を込めて抜こうとしても、失敗しているのだが。

 だが、それでもポップには少しも諦める様子はない。 
 ガルダンディーに再度投げつけられた赤い羽根を躱し、ポップは最強火炎系呪文を打ち返そうとしている。

 しかし、炎は出なかった。 
 それでも挫けず、ポップは中級火炎系呪文を敵に向かって打ち出している。

 個人的な感想だが、このシーンは筆者のお気に入りであり、ポップの戦いに対する姿勢を如実に示すものだと確信しているシーンだ。

 ドラクエのゲームやこの漫画を知っている者なら常識だが、最強火炎系呪文(メラゾーマ)、中級火炎系呪文(メラミ)、初級火炎系呪文(メラ)の順に魔法の威力は落ちていく。

 ポップ自身、先ほどボラホーンに向かって最強火炎系呪文をぶつけ、全く効き目がないのを実感したはずだ。

 相手が違うとは言え、同じ竜騎衆の一人であるガルダンディーに、最強火炎系呪文が当たったとしてもたいしたダメージになるとは思えない。しかも最高位の魔法ではなく、中級ならば尚更だ。

 だが、それでも諦めず、その時、その時の自分に出来る最善の攻撃を続ける――そうできるのは、ポップの精神の強さがあるからこそだ。

 大半の人間はそうだが、誰もが逆境には弱いものだ。
 勝機の見えた戦いならば勢いに乗って戦い続けることが出来ても、負けると分かっている戦いで、最後まで全力を尽くすのは難しい。相手と自分との間に桁違いの実力差があるともなれば、尚更だ。

 だが、ポップは心を折ることなく戦いの姿勢を貫いている。
 その精神力は賞賛に値するが、なにしろこの時は相手が悪かった。復讐心に燃えるガルダンディーもまた、悪い意味で並ではない。この状況でポップの攻撃を軽々と躱し、更に赤い羽根を投げつける冷静さを残しているのだから。

 赤い羽根のせいで体力を奪われ、杖を取り落としたポップは、ガルダンディーの狂気の様な攻撃をまともに浴びせられることになる。わざわざ、そう簡単に殺したりはしないと宣言し、浅い攻撃を何度も繰り返すガルダンディーの執拗さは、攻撃と呼ぶよりもむしろ拷問に近い。

 だが、皮肉なことにと言うべきか、この拷問に対して屈しないポップの姿勢が、ガルダンディーの狂乱を尚更煽っているとしか思えない。

 体力も魔法力も奪われ続けているポップは、それでもまだ諦めずに魔法力が完全にからにならないうちに反撃をしようと考え、ガルダンディーに対抗しようとしている。

 悲鳴も上げず、命乞いもせず、逃げずにその場に立ち続けるポップの態度に、ガルダンディーが苛立ちを感じている描写が見受けられる。

 人間を玩具と見なしているガルダンディーにしてみれば、ポップのように反抗的な態度はお気に召さないらしい。思い通りの反応を見せないポップに苛立ったのか、ガルダンディーはポップの首筋に刃を当て、彼の怯えを見て喜んでいる。

 ガルダンディーはどうやら、相手が怯えや弱みを見せることで嗜虐心を満足させるタイプのサディストのようだ。ついでにいうのならば、彼は相当に気が短い。

 人間をいたぶるのが楽しいと感じ、それを積極的に楽しんでいるのは確かだが、ガルダンディーは自称している程にはじっくりと相手を痛めつける趣味はないようだ。

 ポップのことを仇と呼び、あれ程激しい憎しみをぶつけておきながら、ガルダンディーはポップ本人にはほとんど執着心を持ってはいない。

 なぜなら、ガルダンディーは『ポップ』を憎み、恨んでいるのではない。愛竜を殺した『人間』に腹を立てているのだ。言わば、ガルダンディーはポップを個別認識していないも同然なのである。

 特定の相手に拘りを持ち、生かさず殺さずのさじ加減でジワジワと痛めつけるのを好む真性のサディストではなく、自分の激情をぶつける対象として、人間を痛めつけることを好んでいるのだろう。

 と言うよりも、我慢の効かない子供のような短気さと言うべきか。興奮するとその玩具を壊さずにはいられない子供のように、ガルダンディーはポップをあっさりと殺そうとしている。

 それも、人間を玩具として考えているのなら当然だ。
 大事な愛竜はこの世に二つとないかけがえのない存在だが、玩具ならばいくらでも買い換えも効く存在だし、なくなったのならまた手に入れればいいだけの話だ。
 
 ガルダンディーの復讐心は、ヒュンケルやハドラーがアバンに対して持っていた復讐心とは、まるでレベルが違うのである。どうしてもアバンを殺し、アバンを越えたいと願っていた彼らと違い、ガルダンディーはどうしてもポップでなければならないと思うほど、彼に執着してはいない。

 もしもの話になるが、もし、ガルダンディーがここでポップを殺したとしても、それで彼の復讐心や愛竜を失った悲しみが癒えるわけではない。むしろ、あっさりと復讐対象を殺してしまったことで、かえって尾を引き人間への憎しみを強めるだけになったのではないかと、思われる。

 現実世界でも、特定の女性に振られたショックから、女そのものに恨みを抱き連続殺人を犯すようになった殺人鬼の例はいくらでもいる。彼らは、元凶である女性を殺しただけでは決して満足しない。むしろ、そうしてしまった後の方が心のバランスを失い、かえって狂気へと駆り立てられるものだ。

 ガルダンディーもまた、ポップをきっかけにさらに人間への恨みを強め、手近にいる人間にその苛立ちをぶつけるという形で、八つ当たりじみた復讐を続けていくことになったのではないだろうか。

 まあ、その仮定の未来はさておくとして、ガルダンディーに首を切り落とすと宣言されて、さすがのポップも怯え、半ば死を覚悟している様子だ。

 このシーンだけではないが、ポップは自分や仲間が殺されそうになった時、恐怖のあまりか目を閉じていることが多い。

 正直な話、戦いの場に置いて、敵を前にしながら目を閉じるなどとは、そのまま殺されたいと言っているようなものなのだが、恐れるものから目を背けたいと思ってしまうのは人間としてごく普通の反応だ。

 誰もが歴戦の戦士のように、敵の動きから一瞬たりとも目を離さない、訓練された動体視力と精神を持ち合わせているわけではない。
 戦いに向き合う心を持ちながら、ポップの精神面は戦士ではなく一般人に近いと思える一面だ。

 そのままならば、目を閉じたままポップは首を切断されたはずだったが、ギリギリのところで助け手が差し伸べられる。

 ガルダンディーに背後から鋭い一撃を食らわせ、ポップをあれ程苦しめていた羽を一太刀で切り払い、よろけたポップを支える形で颯爽と登場したのは――ヒュンケル。
 千両役者さながらの、見事な登場シーンである。

 

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