46 ポップ対竜騎衆戦(7) |
間一髪のところをヒュンケルに救われて命拾いしたポップは、命の恩人であるはずの彼に対して憎まれ口を叩いている。 『ケッ、よりによって、一番助けられたくねえ相手に助けられちまったぜ……!』 ポップはそう言いながら、ふらついているにも関わらず支えられるの拒否している。一人ではまともに立つことさえ出来ず、腰を落としている有様なのにそれでも支えを自分の手で外しているのだから、ヒュンケルの手を嫌がっている様に見える行為だ。 しかし、口や態度の割には、ポップはヒュンケルを嫌っているわけではない。それどころか、この軽口こそがポップがヒュンケルを信頼している証と言っていいだろう。 竜騎集戦を振り返って見ると分かるが、竜騎衆との戦いの中ではポップの口数は少ない。 相手がどういう立場であれ、ポップは思ったことははっきりと相手にぶつける性格だし、また、自分で自分を励ますためにも決意を口にすることが多いので、ここまであまり話さないままの戦いというのは実は珍しい。 どちらかと言えばおしゃべりな部類に入るポップがここまで口数が少ないとは、この戦いでは通常以上に緊張していたのだろう。 なにしろ、これは今までの戦いとは訳が違う。仲間の援護もなにもない、ポップ一人での戦いなのだ。ダイを助けるためと言う目的は同じでも、クロコダイン戦の時と違って、ダイの底力を信じられる状況でもない。 自分からレオナ達と縁を切る形で飛び出したポップは、精神的な意味でも孤立している。自分で望んで選んだ道とは言え、自決も同然のこの選択肢がポップの精神に与えた影響は大きいだろう。その追い詰められた心境が、ポップからいつもの口の軽さを奪っていたと思われる。 だが、ヒュンケルの救援のおかげで、ポップは実質的な面だけではなく精神的にも救われている。 ポップがここまで精神的に追い詰められた要因は、ダイを守るための手段のなさだった。 ポップは元々レオナとクロコダインだけではダイを守り切れないし、竜騎衆との戦いも難しいと考えていた。だからこそ、今現在、自分の出来る精一杯の行動を取ろうとして無茶をやらかしたわけだが、だからといって助け手を全く期待していなかったわけではないだろう。 クロコダインがせめてヒュンケルがいてくれたらと考えた様に、ポップが同じことを考えなかったとは思えない。 以前、ポップはフレイザード戦で絶体絶命のピンチのところをヒュンケルに救われた経験があるのだ。それを同じことを期待する気持ちがなかったとは、言い切れないだろう。 が、以前にも考察した通り、ポップは希望的観測よりも実際的な行動を重視する傾向がある。 居場所が分からず、連絡も取れない相手に期待をかけて現状維持を続けるよりも、今、自分の出来る最善を選んだポップだが、期待をしていなかっただけにヒュンケルが現れた時の安堵も大きかったはずだ。 その軽口が意地を張る方向に向いたのは、ポップの負けん気の強さのせいだ。 ポップが自力で立つことに拘ったのは、その意思表示だ。感情なヒュンケルへの反感があるせいも否定しきれないが、この状況に至ってもポップは戦いを諦めていないのである。 だからこそ、自分はまだ大丈夫だとヒュンケルに強くアピールしたい――その気持ちが、憎まれ口となっているだけの話だ。 この状況でさえポップが一番気にしているのは、ダイのことなのだ。 これらの情報は、ヒュンケルがダイの味方になってくれるという前提がなければ、打ち明けても全く無意味な情報ばかりだ。 それでいて、ヒュンケルは魔王軍六団長の一人であるバランの情報は持っている。クロコダインがバランの強さを知っているからこそ怯えたように、ヒュンケルもまた、バランの恐ろしさを承知しているはずだ。 最悪の場合、ヒュンケルがバランと事を構えるのを嫌い、戦いを避ける可能性も十分に考えられたのである。 だが、ポップはそんな疑惑を持った様子もない。 口ではどう言ったとしても、ポップがヒュンケルを信頼しているのは明白だ。 そして、ヒュンケルもポップのその信頼に十分に応えている。 ポップと戦っている相手が何者か、ヒュンケルは救助の時点では知らないままだ。クロコダインは竜騎衆の噂を知っていたが、ヒュンケルがその情報を知っていたかどうかは不明なままだし、そもそもヒュンケル自身、後で相手を知らないと発言している。 しかも、相手が三人いたとは言え、ポップと直接に戦っていたのはこの段階ではガルダンディーただ一人――手出しをせずに見ているだけの二人は、敵とは言い切れない。 揃いの紋章をつけていることから、彼らが仲間だとは見当がつくだろうが、分かるのはせいぜいそれぐらいだろう。 近くにはドラゴンの死体も転がっているはずだが、この時点ではヒュンケルはポップが重圧呪文を覚えたことは知らないはずだ。それがポップの仕業だと、ヒュンケルが分かるはずがない。 つまり、ヒュンケルにとって確信できたのは、ガルダンディーとポップが戦っているということだけだ。ヒュンケルがどの時点でポップに気がつき、また、ポップと竜騎衆達のやりとりをどこから聞いていたかは明らかにされてはいない。 にもかかわらず、ヒュンケルはガルダンディーに容赦のない攻撃を仕掛けているのだ。 例え相手が敵だろうとも、一騎打ちの戦いに対して敬意を払うヒュンケルらしからぬこの攻撃の性急さは、ヒュンケルにとってもポップが特別の存在だということを如実に表している。 例えそれがポップが望んで行った一対一の決闘であったとしても、ポップが殺されようとしているのを見て、邪魔をせずにはいられなかった――落ち着いた顔で現れたが、ヒュンケルも内心ではそれとは正反対の心境だったに違いない。 そしてこの判断は、そのままポップの行動や判断への全面肯定に繋がっている。 ヒュンケルはポップが無茶な戦いをしたとは言っているが、よく聞けばそれはポップを無茶を責めている発言ではない。なぜ、こんな無茶な真似をしたとさえ聞いてはいないのである。 ヒュンケルに、ポップを守ろうとする考え――言わば、保護者的な意識があるのは確かだが、単なる保護者と言い切れないのがこの点だ。 ポップがこれだけ無茶な戦いをするのを見て、事情も知らない内からポップに加勢するのに躊躇を感じていないのだから。 ポップの短い説明から、ダイとバランの血縁関係にまで思いを走らせているヒュンケルには、疑問や聞きたいこともあるだろう。だが、ヒュンケルはそれを敢えて尋ねようとはしていない。 ヒュンケルがこの場で一番知りたかったこと――ポップが、この三人と戦っている理由を知った途端、ヒュンケルはこう発言している。 『…そうか…。ならば、こんなザコともにかまっているヒマはないな…!!』 態度や口調があまりにも不遜なせいで目立ちにくいが、これはポップの判断を全面肯定した上で、それに協力するための発言だ。 ポップ自身の考えた作戦は、まず竜騎衆を排除し、その後でダイを助けるためにはバランと戦うというものだが、ヒュンケルはポップとの短いやりとりからその意図を読み取っている。 そして、その上でポップの考え通りに手を貸そうと言う決意を、さりげなく見せている。 自分の気持ちを素直には伝えようとしないから、憎まれ口と格好つけというやりとりに終始しているものの、この二人が互いに互いを信じ合っていることを感じさせてくれるお気に入りのシーンである。 |