48 ポップ対竜騎衆戦(9)

 

 さて、ヒュンケルが兄弟子的な立場からポップに戦いを譲った際、ポップは戦いに対してずいぶん乗り気だ。

『…いっ…、いいのかよ。見せ場をゆずっちまって、さ』

 ヒュンケルに対してそう答える態度に強がりが含まれているのは否めないが、それでもこの状況で弱音を吐かない辺り、立派な物だ。ニヤリと笑う顔には、不敵さすら感じさせるほどだ。

 初登場時、アバンからガーゴイルとの戦いを任された時の態度を思い返してみると、ポップの成長ぶりがよく分かる。
 初期のポップは、戦いを明らかに嫌がっていたし、弱い相手には強気になるが、相手が強いと見るやいなやさっさと逃げ出すことばかりを考えていた。

 だが、幾多の戦いを経て、ポップは戦いから逃げない精神を身につけた。そればかりではなく、この時点では自分の勝算をきちんと計算できるようになっている。

 クロコダイン戦の時のように、勝ち目も見えないのに無謀に戦うのではなく、明らかに勝利を狙って戦おうとしているのだ。

 元々、ポップはガルダンディーの一方的な攻撃を受けている最中でさえ、諦めてはいなかった。魔法力が完全に空になる前に反撃をしようと思っていたぐらいだ、戦う意欲は元々あったのである。

 だが、ガルダンディーの猛攻と、羽のせいで刻々と削られていく魔法力と体力のせいで、反撃する余裕がなかった。言わば,絶対的に不利な二重苦を負っていたのである。

 しかし、ヒュンケルの手助けでその二重苦は一度、リセットされた。
 体力や魔法力は回復しない物の、これ以上減らされる心配はなくなったし、敵の攻撃も一旦止められて仕切り直しとなった。
 これは、ポップにとっては非常に有利な条件だ。

 さらに、ヒュンケルが登場したことで、ポップは後のことを考える必要がなくなった――この意味は、大きい。

 これまではのポップは、竜騎衆全員と戦った上でバランの後を追うと言う目的があった。実力的にバランの後を追えないからこそ、竜騎衆を少しでも減らす方向性で戦ってはいたものの、基本精神で言えばポップは今後のことも考えながら戦っていたのである。

 だが、ヒュンケルの登場のおかげでポップには余裕が出来た。
 たとえ自分がここで力尽きたとしても、確実にダイへの援護が確保できたという安心感が生まれたのである。

 また、竜騎衆の残りの二人に対して気にしなくても良くなった。
 ラーハルトとボラホーンがガルダンディーの好きにさせるために見学に徹していたのは、結果的にはポップにとって幸運だったとは言え、いつ敵が気を変えて参戦するか分からないという状況が、プレッシャーにならなかったはずがない。

 しかし、こちらもヒュンケルが参戦したおかげで心配がなくなった。
 ヒュンケルという存在が歯止めになり、ラーハルト達はさっきとは違う意味で手出しはできなくなる。

 ガルダンディー一人に神経を集中させ、残りの魔法力を全て使い果たしてもいいと分かったことで、ポップは俄然やる気を取り戻している。
 戦いを嫌がって逃げ回ってばかりいた魔法使いの少年は、自分の始めた戦いをきちんと最後までやり遂げたいと思うまでに成長したのだ。

 ポップが本来、戦いを好まず、最初の師であるアバンばかりか実の親にさえ『物事をいつも途中で投げ出してしまう』と評価されていたことを思えば、たいした成長ぶりである。

 元々、ポップには戦いを途中から誰かに預けることへの忌避感はなく、むしろ喜んでダイやヒュンケルに敵をまかせてしまう傾向があった。なのに、この時のポップはヒュンケルに薦められたとは言え、最後まで戦い抜こうとしている。

 ポップのこの決断を、筆者は大いに評価したい。
 全項のヒュンケルの考察でも述べたが、失敗ややりかけのまま放置したことには苦手意識が残ってしまう。

 というかすでにポップはそのパターンにはまっていたと言っていい。何回も修行を途中で投げ出していたポップは、最後まで物事をやり遂げる熱意や根気に欠けていたのだ。

 兄弟子の促しがあったとは言え、自分の意思で戦いをやり遂げようと決意した段階で、ポップの苦手意識は半分以上克服されている。
 この再戦で先手を取ったのは、短気なガルダンディーの方だ。彼は赤い羽根を握りしめながら空高くへ飛び上がっている。

 ここで、彼が手にしているのが赤い羽根なのに注目して欲しい。
 赤い羽根の効果は、体力を奪うことだ。
 今のポップの状態では強い魔法は放てないと踏み、相手の動きを封じて確実に殺そうと考えての行動と考えられる。

 だが、ガルダンディーは右手に赤い羽根を持ちながらも、左手では剣を構えている。ポップに向かって「死ね」と叫んでいる辺りからも、感情にまかせて直接斬りかかろうとしていた可能性もなくはない。

 どちらが本命の攻撃だったのか、興味引かれるところである。
 実はガルダンディーには、手にした剣をしょっちゅう持ち変えるという悪癖があるのでどちらが利き手か判断に迷うのだが、羽を投げる瞬間やポップにとどめを刺そうとした時に使っていたのは右手だったので、おそらくは右利きだろう。

 ということは、赤い羽根の攻撃こそが本命だったという説を、筆者は採用したい。

 ポップ自身も、ガルダンディーの赤い羽の攻撃に対して十分用心し、対策を取っている。ガルダンディーが襲ってくるタイミングに合わせ、飛翔呪文で空に飛び上がっているのが、その現れだ。

 羽に限らないが、投げるタイプの投擲武器は基本的に真上に向かって放つ様にはできていない。相手の上さえ取れば、厄介な羽も防げる――あるいは避けられるとポップは考えたのだろう。

 見事に相手の上に飛び上がったポップは、相手の背後を取るのに成功している。

 それに激高したガルダンディーが翼を広げて空中戦を挑もうとしているが、その途端、彼の羽が千切れ落ちてしまっている。本人もひどく驚いているが、ポップやヒュンケルはこれに対して驚いた様子も見せていない。

 自分の技に自信を持っているヒュンケルはもちろん、ポップもまた、ガルダンディーのダメージは折り込み済みだったようだ。

 ガルダンディー本人はダメージに気づいてはいなかったようだが、実はそれは有り得ることだ。

 生物が危機的状態に陥った時、アドレナリンと呼ばれるホルモンが分泌されるのは有名な話だが、アドレナリンは身体の性能を一時的とは言え飛躍的に高める効果がある。火事場の馬鹿力などでおなじみだが、痛みを全く感じなくなる、という効果もその一つだ。

 興奮や強い怒りの感情でアドレナリンが過剰に分泌された場合、骨折や重傷すら気がつかずに平気で動き回り、肉体が限界を超えた段階でダウンした事例は現実世界でさえある。

 一見、元気そうに見えたガルダンディーが実はすでに深手を負っていると、ポップは戦う前から気がついていたのだろう。一見無傷に見えても、ヒュンケルの必殺技を目の当たりにした経験のあるポップは、それを受けてノーダメージではいられないと、ヒュンケルと同様に確信を持っていたとしか思えない。

 ポップは飛び立つ前から、後二つだけの呪文でいいから魔法力が持ってくれと、願っている。

 つまり、ポップは最初からガルダンディーと空中戦をする意図はなかったのだろう。普通に考えるのなら、空中戦で翼を持つ生物にかなうはずはないのだが、それでもポップが敢えて空に飛び上がったのは、その方が勝率が高いと踏んだからだ。

 ヒュンケルの必殺技を背後から受けたガルダンディーが怪我を負ったのであれば、翼にダメージがあることも読んでいたとしか思えない。
 鳥は翼に一部分でも不都合があれば、バランスを失って失速する生き物だ。

 空中で態勢を崩したガルダンディーに向かって、ポップは何の迷いも躊躇もなく、残りの魔法力を全て注ぎ込んだ爆裂呪文を放っている。この時のポップの行動は、最初からそう決めていたかのように迷いがない。

 皮肉な話だが、ポップの放った爆裂呪文はガルダンディーの愛竜と同じく顔面に叩き込まれ、大ダメージを与えた。
 飛ぶ力を失ったガルダンディーはそのまま地面に落下し、ぴくりとも動かなくなった。

 文句なしの、ポップの勝利である。
 その後、ポップは落下よりは幾分マシという程度の早さで自力で着地してはいるが、誇張抜きで魔法力を使い果たしているようだ。

 言葉少なながらもポップを褒めるヒュンケルに憎まれ口を叩いた後、ポップはそのまますぐに気絶してしまっている。体力的に限界だったのも事実だろうが、この時の気絶はヒュンケルを信頼しているからこそ出来たことだと思えてならない。

 周囲に敵にしかいない状態だったのなら、例え体力が限界だったとしてもポップはこんな風に気を緩めることはできなかったし、休めはしなかっただろう。だが、ヒュンケルがいるからこそ、ポップは気を緩めることが出来た。

 口の悪さとは裏腹に、ポップがヒュンケルに強い信頼感を抱いていると思える、お気に入りのシーンだ。

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