50 ヒュンケル対竜騎衆戦(2)

 

 初手では全くいいところを見せられなかったボラホーンだが、ヒュンケルの蹴りを受けた後になってから彼は冷静さを取り戻している。
 それまでは、ボラホーンはいつもの彼ではなかった。

 仲間であるガルダンディーを倒され、不意打ちとは言えダメージを与えられたショックや、力負けした驚きなどで平常心を失っていたと言える。なまじ、ヒュンケルが人間と分かっているせいで侮りも少なからずあっただろう。

 だが、ボラホーンの長所として褒めることが出来るのは、その打たれ強さだ。

 ガルダンディーが自分にとって有利な時であろうと、逆に不利になってからだろうと感情の起伏を抑えきれなかったのとは逆に、ボラホーンは途中で自分の感情を立て直している。

 ヒュンケルは蹴りを食らわせた後、更に挑発的な一言を告げているが、ボラホーンはそれに対しては特に感情を動かした様子を見せない。

 いきなり『凍てつく息』(コールドブレス)を、ヒュンケルに吐き出している。氷系最大呪文並の効き目のある『凍てつく息』は、ボラホーンにとって得意技のようだ。

 ポップの魔法に対しては防御として使っていたが、ボラホーンにとって『凍てつく息』はむしろ攻撃の補助技だ。相手を凍り付かせたところを狙って、鎖鎌で攻撃をするのが必勝パターンだと本人も自慢している。

 つまり、この段階でボラホーンはヒュンケルを侮るのをやめて本気をだしているのである。

 もし、ボラホーンが感情を重視するタイプだとすれば、ガルダンディーの仇であるヒュンケルに対してもっと恨み言なり負の感情をぶつけようとするだろう。

 また、自分の腕力へのプライドが高ければ、ハドラーがそうしたように自分の力が相手に勝っていると証明しようとして、ムキになっただろう。
 しかし、ボラホーンはその意味ではひどく冷静だ。

 ヒュンケルに対して感じた衝撃や驚きを一旦棚上げし、いつも通りの戦法で戦っているのである。感情のままに行動することなく、いつものペースと手順で戦うボラホーンはそれだけ自分の戦いに自信があるのだろう。

 相手を寒さと実質的な氷で凍りつかせ、動きを止めたところでとどめを刺すというこの戦法は、確かに有効と言えば有効だ。

 とは言え、この戦い方に筆者は美学を感じられない。
 ボラホーンの戦法とは、相手の抵抗を最小限に抑えて、自分が一方的に有利な立場から叩こうとするものだからだ。

 たとえば、同じ獣人系怪物であるクロコダインも『焼け付く息』という奥の手を持っているが、彼の場合はその技を攻撃の補助に使う程、多用はしていない。戦いを重視するクロコダインは、勝つためにどんな手段を使ってもいいとは考えていないからだ。

 真正面から相手の技を受け、自らも最大限の技を仕掛けることに誇りすら抱いているクロコダインならば、ボラホーンの戦法を必勝法と考えることはあるまい。

 この考え方は、どちらかと言えばフレイザードに近い。
 フレイザードもまた、氷と火の温度差を活かした攻撃を得意としていた上に、戦いの課程ではなく勝利のみを目的としていた戦士だった。

 性格的には差はあるが、ボラホーンも課程よりも結果を重視する戦士だと言える。
 しかしながら、残念ながらというべきかボラホーンにはフレイザード程の突き抜けた覚悟や、勝利への執念がない。

 何があっても勝ちたいという執心を持つフレイザードは、よく言えば上昇志向の強い、悪く言えばヒステリックなまでに貪欲に勝利を求める戦士だった。
 しかし、それに比べるとボラホーンの闘争心には甘さがある。

 自ら『海の王者』と名乗った呼び名の通り、ボラホーンの戦い方は悪い意味で王様的なおっとり感がある。最初から自分の勝利は約束されたとでも思っているかのような感覚を、どこかに持っているのである。

 そのため、ボラホーンはヒュンケルの異変をみすみす見逃している。
 吹雪状の『凍てつく息』を浴びているはずのヒュンケルから、謎の金属音が聞こえてくるのにボラホーンは気がついているし、それを疑問に思っている。

 だが、何も出来るわけがないと決めつけ、ヒュンケルに向かってとどめの鎖鎌を投げつけている辺りに、彼の甘さがよく表れている。

 敵の行動や反応によって、戦法を変えていくのはごく当然のことなのに、自分の必勝法に自信を持つボラホーンには戦いを変化させることを嫌った。この融通性のなさが、ボラホーン最大の欠点だろう。

 将棋やチェスなどには、定番の構えというものがある。その手の定石通りに駒を配置すると確かに一定以上の強さを発揮するのが、定石は強いというだけで無敵というわけではない。
 相手の腕前や打ち方によっては、崩されてしまうことだってある。

 しかし、一度、定石を作ってしまうと極端なまでにそれを崩すのを嫌うタイプというのはいる。負けを恐れるあまり、絶対に勝てるという手段に従わずにはいられないタイプだ。

 ボラホーンの戦い方や言動を見ていると、彼は勝利に執念を燃やすタイプと言うよりは、徹底して負けを嫌うタイプのように思える。

 打たれ強さをもってはいても、ボラホーンの戦い方には柔軟性がない。それに、バランの言葉に逆らうガルダンディーを窘める言葉もおおむね保守的であり、規則を厳守したがる頭の固さを感じさせるものだった。

 負けを嫌うあまり、パターンから抜け出せない戦い方になっているボラホーンの攻撃は、ヒュンケルにあっさりと止められている。
 鎧化(アムド)で魔剣を鎧として身に纏ったヒュンケルは、あっさりとボラホーンの鎖鎌を受け止めている。

 氷系の魔法を弾く鎧には、氷系の特殊攻撃も一切通用していないのである。その上、ヒュンケルは相手の攻撃を至って落ち着いて受け止めている。一度左腕で鎖を巻き付かせて勢いを殺した上で、刃の部分を掴み取った。

 吹雪と鎖鎌の連続攻撃というボラホーンの必勝法を、ヒュンケルは両方とも完全に無効化しているのだ。
 その事実に驚きながらも、ボラホーンはまだ自分の戦いのパターンから抜け出せないままだ。

 力を込めて鎖鎌を引っ張り、ヒュンケルを引き寄せようとしているが、これがボラホーンの最大の敗因と言えよう。

 鎧化したヒュンケルには、魔法は効果はない。となれば、まったく力が減少していない相手との力比べになるのは明白だが、ボラホーンは先ほどヒュンケルに力比べで負けてしまっているのだ。

 それさえも忘れてしまったのか、それとも、必勝パターンを破られたからこそ動揺し、敵を手元に引き寄せることに固執してしまったのか。
 いずれにせよ、この安易な行動がボラホーンの命取りになる。

 純粋な腕力云々ではなく、力を巡る駆け引きではヒュンケルの方が一枚も二枚も上手だ。
 この時、ヒュンケルはボラホーンが力を込めて鎖を引っ張ったタイミングに合わせて鎖を断ち、相手のバランスを崩している。

 よろめいたボラホーンが体勢を立て直す前に一気に距離を詰め、顎を思いっきり殴って空に跳ね上げさせた上、ヒュンケルは必殺技ブラッディースクライドを叩きこんで彼にとどめを刺している。

 戦いのパターンに拘らず、だが、隙を見つければ流れるような連続攻撃をしかけられるのがヒュンケルの強みだ。しかも、ヒュンケルには奢りもためらいもない。

 ポップのことで感情を乱したのが嘘のように冷静さを取り戻し、戦いに徹したヒュンケルの勝利だ。

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