51 ヒュンケル対竜騎衆戦(3)

 ボラホーンを倒したヒュンケルは、残る一人――竜騎衆の最後の戦士、ラーハルトに声をかける。

『……次は貴様の番か……?』
 
 この時のヒュンケルは、ラーハルトに対してずいぶんと冷静だ。ボラホーンやガルダンディーに対して見せた敵愾心も、ラーハルトに対してはなりを潜めている。

 ヒュンケルがここまでラーハルトに平静でいられるのは、ラーハルトの態度によるものが大きいだろう。

 ラーハルトはここまでの間、徹底して傍観者に徹している。
 ポップの戦いに関して、早めにとどめをさしてやれと忠告はしたものの、基本的に彼はポップには無関心に等しかった。

 戦う相手として意識するというよりも、殺されると分かっている気の毒な獲物と見なしているように見えたが、ポップに手を出さないという点では一貫している。

 それと同様に、ラーハルトはヒュンケルの戦いや挑発にも無関心だった。
 感情的になりやすいボラホーンやガルダンディーに比べると、一歩引いているように見えるのである。

 実際、他人に強い関心を持たないというラーハルトの性格は、仲間に対しても向けられている。仲間意識を抱いている竜騎衆の中で、ラーハルトは浮いているとまで言わなくても、やや醒めたところがある。

 その証拠として、ガルダンディーやボラホーンの敗北に関して、彼は全く感情を揺るがせていない。

 人は、良かれ悪しかれ好悪の思いが感情に表れるものだ。

 ヒュンケルが、弟弟子であるポップの危機を見て怒りを掻き立てられたように、また、ガルダンディーが愛竜の死を嘆き、ボラホーンがガルダンディーの敗北に動揺したように、強い思い入れを抱いた対象への危機には心を揺るがせられるのが普通だ。

 しかし、ラーハルトにはそれがない。
 どこまでも落ち着き払った傍観者の姿勢を崩さない。だからこそ、ヒュンケルは戦う意思があるのか確かめるために、冒頭の質問を投げかけたのだろう。

 ヒュンケルにしてみれば、ここで戦いを終わらせてもよかったはずだ。ポップを痛めつけたガルダンディーは、ポップ本人がカタをつけた上、好戦的だったボラホーンを倒したことでヒュンケルの怒りも発散された。

 ダイを助けるためにバランの後を追うという目的を考えれば、戦意のない相手とは戦う必要がない……そう考えたとしても、不思議ではない。
 だが、ラーハルトは戦意がないどころか戦う気満々だった。
 無関心なように見えて、ラーハルトには明確な拘りが一点だけある。

『……人間にしてはやるな(中略)』

 ラーハルトの拘りは、この一言に集約されている。
 仲間が倒された事実や、ヒュンケルの実力や鎧の威力を見ておきながら、それ以上にラーハルトが気にしているのはヒュンケルが人間だという一点だ。

 上から目線と言うべきか、ヒュンケルの実力を認めはしても、それはあくまで自分の想定内であり、自分の方が上だと言わんばかりの言い方である。
 だが、人間をあからさまに見下したこの発言を、ヒュンケルは気にした様子はない。

 ハドラーを初めとして、今まで登場した魔族達は多かれ少なかれ人間に対する偏見や差別意識を抱いていたせいか、魔王軍に在籍していたヒュンケルは人間だと侮られるのは慣れている様だ。

 ラーハルトの言葉をさらりと流し、彼の発言を『強がり』と決めつけてさりげなく挑発返しをすると同時に、自分の鎧の利点をあげて牽制までしかけている。

 本人が意識的に行っているのか、あるいは無意識にやっているのか分からないが、ヒュンケルの言動は相手の神経を逆撫でするというか、カンに触るポイントを見事に掴んでいるとは言えるようだ。

 しかし、この時はラーハルトの方が役者が上だ。
 彼はヒュンケルの挑発的な言葉に全く動じず、自分の武具もヒュンケルと同じ作者――魔界の名工ロン・ベルク作だと明かし、まるで見せつけるかのように鎧化(アムド)して身につけている。

 ところで、ヒュンケルはここで魔槍の存在に驚きを見せているのが面白い。
 ヒュンケルはどうせ魔法など一切使えないのだから、呪文を弾く鎧を相手が身につけたからと言って、それで戦いに即座に不利が生じるわけではない。

 ここでヒュンケルが動揺したのは、有利不利以前に鎧の魔剣が彼にとって重要な物だったからこそだろう。

 魔王軍六団長の中で、鎧の魔剣を与えられたのはヒュンケル一人だけだった。ハドラーを差し置いて与えられた褒美に、ヒュンケルが自尊心を感じていたとしても何の不思議もない。

 フレイザードが自らの手で掴み取った『暴魔のメダル』を大切にし、誇りにしていたように、ヒュンケルも魔剣を頼みとする心はあったと考えられる。

 魔王軍時代、周囲に敵しかいないと認識していたヒュンケルにとって、身を守る強固な鎧はそれだけで十分以上の切り札となったはずだし、それ以上の意味もある。

 この世に唯一の存在であり、自分だけの武器を所持するということは、それだけでヒュンケルのアイデンティティーになり得る。
 自分自身の拠り所となる重要な品が、実は他にもあると知れば動揺する気持ちも分かる。

 熱心な収集家が唯一無二の品と信じて手に入れた一品が、実は他にも複製品があるとしれば愕然とするように、ヒュンケルもまた、自分の物だけと思っていた鎧が他にも存在していると知って驚愕している。

 ラーハルトの鎧は基本的なイメージやデザインはヒュンケルの鎧と似ているとは言え、細かな点で色々と差はある。

 一番大きな差は、ラーハルトの鎧の方が露出が多く、兜がないため防御がやや薄いように見えるということだろうか。事実、後に明かされた公式データでは鎧の魔槍は、魔剣よりも防御力は劣るとされている。

 だが、この時のヒュンケルはそんな所まできちんと認識している様には、とても見えない。これで互角だと言い放ち、自分の方が腕が上だから自分の方が有利だと言ってのけるラーハルトの挑発に、ヒュンケルはいきなり切りかかっている。

 先程、人間だと見下されても、不敵な台詞を吐かれても平然と流せたのとは裏腹に、自分を抑えきれないほど激高しているのである。
 クールなように見えて、ヒュンケルは武具に対して人一倍思い入れを持っている人間だと分かるシーンの一つだ。

 

 

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