52 ヒュンケル対竜騎衆戦(4) |
怒りにまかせたヒュンケルの攻撃を、ラーハルトは余裕で受けきった。それもわずかに左手を動かして手甲部分で受けたラーハルトは、ヒュンケルの攻撃をまともに喰らいながらびくともしていない。 ヒュンケルが助走をつけ、体重を乗せた一撃を放っていることを考えれば、その実力は推して知るべきだ。 このすぐ後に見せる彼の俊敏さを思えば、ラーハルトはヒュンケルからの攻撃をかすらせもしないで避けることなど朝飯前だっただろう。 それどころか、ラーハルトはヒュンケルの秘技を見せてもらった礼に、自分の秘技も見せると宣言して武器を構える。 ラーハルトの武器は、左手の手甲部分に埋め込まれた形になっている槍だ。装着時には短いのだが、手甲から引き抜いた途端に身長以上の長さを持つ槍に変化をする――まさに、魔槍だ。 槍を構えたラーハルトは、真っ直ぐ突くように槍を一閃させる。 これを容易く行えるというのならば、まさに達人だ。 当然の話だが、攻撃されると分かっていて棒立ちになったままそれを待ってくれるような相手など、いるわけがない。不意打ちでもない限り、人間は必ず無意識のうちにでも攻撃に反応する。 その人の動きや体力によって差はあるだろうが、逃げようとしたり、逃げ切れないと知って反撃してダメージを軽減しようとしたり、精神的に逃避するために目を瞑ったり等、人により反応は様々だが攻撃に対して対処しようとはするものだ。 ましてや、この時ラーハルトは攻撃すると宣言しているのだ。ヒュンケルが何もせずに棒立ちになっているはずがない。 相手の動きを予想し、相手が避けられるギリギリの速度で攻撃をするだけでも相当な技術が必要だが、それ以上に困難なのが兜割りの方だ。 言うまでもないが、人間の急所である頭を守るため、兜というのは頑丈な作りになっている。その都合上か、兜は丸い形にして攻撃を受け流しやすい形に仕立ててあることが多い。ヒュンケルの兜もまた、その例外ではない。 丸い物を綺麗に真っ二つに斬るのは、非常に難しい。ただでさえそうなのに相手の身体には傷を一切つけていないともなれば、尚更だ。 見た目で判断する限り、ラーハルトは槍を突き出しているだけだ。その槍の穂先を上下に動かしている様子も、ましてやヒュンケルの後方へまで回り込むような攻撃をしかけた様には見えない。 もし、内部に傷をつけずに兜のみを斬ったのであれば、中身を傷つけずにオレンジの皮だけを切るように、ぐるりと刃先を動かす必要があると思うのだが、そんな描写は一切ない。 ヒュンケルの兜は鎧化で身につけた物であり、分解しやすい性質が備わっていることを思えば、ラーハルトは兜を力で叩ききったのではなく、鎧が分解するポイントとも言うべき繋ぎ目を突いて強制的にばらけさせたのではないかという推理が成り立つ。 この推理は、ラーハルトの技量を否定する物ではない。 ヒュンケルが神業と絶賛し、自分にはできないと弱気になるのも無理もない。 だが、ラーハルトから挑発的に貶され、ヒュンケルは再び切りかかっている。 特に、剣の腕前に強い自負を抱いているヒュンケルは、それを貶されることに耐えられない。ラーハルトの実力を目の当たりにしたはずなのに、頭に血が上ったヒュンケルは何の策もなく切りかかっている。……ダイ戦での経験が、血肉にはなっていないようである。 しかし、今度の攻撃はラーハルトには全く当たらない。 ヒュンケルがアバン流最速の剣、海波斬を使用して切りかかってもかすりさえしない。 これは、槍使いとしては無意味ともいえる行為だ。 体力や力量が同程度だと仮定すれば、相手よりも先に攻撃を当てられる武器はそれだけで有利だ。ついでに言うのなら、槍は突く、切る、はらう、など多種多様な攻撃を仕掛けられる武器でもある。 相手を懐に飛び込ませず、遠間から攻撃を仕掛け続けることが出来るのなら、圧倒的に剣よりも槍の方が有利である。ただ、槍は間合いが広いのと引き替えに、懐に飛び込まれるとどういても弱く、防御が間に合わなくなるという欠点がある。 しかし、ラーハルトほどの素早さを持っているのであれば、相手を自分の間合いに一切近づけはしない。欠点を欠点としないまま、自分にとって有利な舞台のまま戦いを進めることが出来るのだ。 なのに、わざわざヒュンケルと力比べをして見せた理由は、ただ一つ。 ポップをあっさりと殺してやれと仲間に進言した時とは、明らかに反応が違 ラーハルト本人も言っているが、ヒュンケルの方が力は強い。 自分よりも腕力のある相手から、脱するためのやり方である。 自分の方が強いと、証明したいと望んでいる。 ラーハルトの猛攻を受けて、ヒュンケルは起死回生の策に出る。 危険な賭にはなるが、これは有効と言えば有効な方法だ。 だが、ヒュンケルのその思考もまた、ラーハルトに先読みされていた。 この時、ラーハルトはヒュンケルの考えを読んで槍ではなく手甲を投げつけていた。ラーハルトからの攻撃を受けた瞬間、反撃に転じたヒュンケルは、それが徒となって攻撃を見事に空振りしてしまった。 空振りとは言え、攻撃直後で隙ができてしまったのには代わりはない。皮肉にも、ヒュンケルは自分の立てた作戦をそっくりそのまま奪われる形で、ラーハルト最大の必殺技ハーケンディストールを喰らってしまう。 鎧をバラバラに砕かれ、倒れるヒュンケルが消えかける意識の中、ダイの名を呼んでいるのが興味深い。 『……しょせんは、人間だったか……』 《西洋の剣と日本刀のブラックこぼれ話♪》
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