59 ヒュンケル対竜騎衆戦(11) |
ボラホーンの刃がヒュンケルの首を捕らえようとした瞬間、激しい血飛沫が上がった。 敵だったはずのラーハルトが、同じ竜騎衆の仲間であるボラホーンを倒してまでヒュンケルとポップを救ったのである。 この槍は、ヒュンケルの後部から投げつけられている。しかも、立つ力の無いラーハルトは寝たまま、もしくは良くても座位の姿勢から放ったとしか思えない。 矢もそうだが、投擲系の武器は基本的に高い位置から低い位置へと放つのが普通だ。重力の関係上、どうしても投げた物体は下方へ移動しまうので、その方が楽なのである。 下から上に向かって投げつけるのは、普通以上に狙いもつけにくいし、力もいる。 なのに、ラーハルトはたった一撃でボラホーンを仕留めている。それも、口の中という急所中の急所を狙った攻撃だ。 少し余談になるが、海外の事件で拳銃で自殺をする場合、こめかみにあてるのではなく口中に含んで打つ場合が少なくはない。こめかみに当てた銃の弾は下手をすれば頭蓋骨で逸れてしまって致命傷にならないこともあるが、口中内から撃つ場合は確実に脳を破壊するため、即死できるからだ。 ついでにこの方法だと頭部の損傷が比較的少なくて済むため、見た目も割といいと評価されている。葬儀で整えやすい外見を保てるということで、海外では好まれる自殺方法の一つだ。 正確な投擲技術を持つラーハルトが、ボラホーンを葬るのに確実で損傷も少ない場所を選んだのは、仲間に対するせめてもの情けだと思うのはうがち過ぎかも知れないが、彼の死が一瞬だったことは事実だ。 誰に殺されたかも分からないまま、苦しむことなく即死したのはボラホーンにとって幸いと言えるかもしれない。 命拾いしたポップとヒュンケルは、うつぶせの不自然な格好で倒れていたラーハルトを、仰向けの楽な姿勢に寝かせ直してやったようだ。 だが、感謝よりも先に疑問を感じている様子で、ヒュンケルが真っ先に聞いたのはなぜ自分を助けたという問いだ。 『……人質を取るなど、誇り高き竜騎衆の名を汚す愚行……許しがたいことだ……。 この台詞から窺い知れるのは、ラーハルトの強烈なまでの竜騎衆としてのプライドと、人間への深い拘りだ。 ラーハルトにとって、竜騎衆というのは単にボラホーン、ガルダンディーの三人を示す言葉ではない。彼が拘っているのは、あくまでバランの配下としての竜騎衆だ。 バランの心を汲み取り、彼の意に沿う形で動く者こそがラーハルトにとっての竜騎衆なのである。そこからはみ出した者は、ラーハルトにとっては仲間でさえないようだ。 と言うよりもラーハルトは元々、自分なりの竜騎衆の基準を心の中に強くルール化していたのだろう。そして、そこからはみ出たら最後、即座に処分することも辞さない考えを最初から持っていたように思える。 そうとでも考えなければ、ボラホーンを制止しようともせず、即座に行動に出たラーハルトの決断は早すぎる。 同じ獣系怪物であり、人間をいたぶるという共通の趣味を持つガルダンディーもボラホーンと、人間に強い拘りを持つラーハルトは性格的に相容れるとも思えないし、これまでも諍いや行き違いなどはあったと思える。 この事件がなかったとしても、何らかの形でラーハルトと残り二人の間でトラブルが起きた可能性は高いだろう。 『……どうして、おまえはそれ程までに人間を憎むんだ』 ヒュンケルがこんな形で他者に疑問を問いかけるのは、ある意味では皮肉な話だ。 いずれにせよ、答えは同じである。 『憎む』という言葉こそ使っているが、ラーハルトが人間に対して抱いている感情は憎しみと言うよりは、拘りと言った方がいい。深い拘りと執着があるからこそ、ことあるごとに人間に拘った台詞を言わずにはいられないが、彼は実際には人間に対して敵対的ではない。 口では人間を否定しようとも、バランがそうだったように、ラーハルトは積極的に人間を殺そうとはしていない。むしろ、竜騎衆の中では最も人間に寛大に接するし、ヒュンケルやポップを実際に助けてさえいる。 そして、ヒュンケルの問いに対してもラーハルトは素直に答えている。 魔族の血を引くラーハルトだけでなく、彼の母親まで迫害対象になり、母親は病気で亡くなったという。 子供の時に受けた体験は、良くも悪くも人間の一生を左右する。ラーハルトが精神的に深い傷を負い、人間に不信感を抱いたのも無理もあるまい。 だが、ラーハルトは人間に恨みを持つだけの理由を持ってはいるが、それを最優先はしていない。ラーハルトの最大の拘りは、バランへと向けられているからだ。 ラーハルトはバランが、悲しみを分かってくれたと告白している。 人間への恨みを持ちながらも、それを理解し、自分を認めてくれる人と出会ったことで、ラーハルトは救われている。その経験があるからこそ、ラーハルトは現在は人間への拘りはあっても、人間を抹殺したい程には憎んではいないのである。 ラーハルトは、知っている。 だからこそラーハルトは、バランの心の矛盾に気がついている。 矛盾に気がついているからこそ、ラーハルトはバランに対して忠実なようでいて、微妙に反した行動を取っている。 もし、バランの『命令』に忠実に従うのであれば、ラーハルトはボラホーンがヒュンケルを殺し、その後でポップを殺すのを黙って見ていれば良かった。なにしろバランが下した命令は、自分がダイを奪還する際、邪魔になる人間達を叩き潰せというものだ。 ボラホーンの行動はどう贔屓目に見ても命令に忠実だったわけではなく、個人的感情に等しいが、それでもバランの『命令』には一応は沿った行動だった。 その手段が例え感心しないやり方であったとしても、味方を処断するのは敵を無力化した後でも間に合う話だ。それに、ボラホーンに対する処分を決めるのはどう考えてもバランにあるだろう。 だが、ラーハルトは感情的にボラホーンを拒絶した。 そして、自分の話を聞いて涙を見せたヒュンケルとポップに対して、心情的には近い物を感じている。 ラーハルトはバランによって救われたが、その逆は出来ていない。バランは、ラーハルトに救われてはいないのである。ラーハルトはバランの怒りの奥底に鎮められた、一番深い部分にある真の望みに薄々気がついてはいる。 この時点では、ラーハルトほどバランに親しい存在で、なおかつ彼を理解している者もいないだろう。 だが、人を理解することと、救済することは全くの別問題だ。相手を深く理解し、心理分析を出来るからと言ってそれだけで即座に救える程、人の心は容易くはない。 ラーハルトでは、バランは救えなかった。 ポップやヒュンケルがそれぞれ、自分の命以上に価値のある目的を持っていたように、ラーハルトもまた、自分よりも優先したい明確な目的を持っている。 その目的のために、ラーハルトはバランとディーノを頼むと言い残し、ヒュンケルに鎧の魔槍を譲渡したいと望む。 鎧の魔剣を持つヒュンケルにほぼ同じ効力を持つ魔槍を贈るのは、戦力的にはたいして意味ないが、ラーハルトの願いや意思を渡すという意味では大いに意味がある。 自分の意思を、あれ程拘り続けた人間に託すことのできたラーハルトは、長年心に抱いていた負の感情を払拭できたのだろう。人間を見直すきっかけを与えてくれた人間との出会いは、ラーハルトには救いになった。 自分自身も救われ、自分以上に大切な人のこの後に希望を抱いたまま死ねるとあって、ラーハルトの死に際は穏やかだった。ラーハルトに最後の安寧を与えたのは、紛れもなくヒュンケルの功績だ。 ここで思い出して欲しいのだが、ヒュンケルはバランを助けたいとは思っても、ラーハルトを助けたいとは微塵も考えていなかった。だが、結果的にヒュンケルこそがラーハルトの心を救い、安らぎを与えている。 そして、ラーハルトからの魔槍を受け取ったヒュンケルは、彼の願いを受け継ぐことを心の中で密かに誓っている。 先程、ヒュンケルがバランを助けたいと思ったのは、自分に近いものを感じた同情じみた感情からだったが、ラーハルトの願いが一時だったかもしれない感情を、確固たる意思へと変化させた。 ヒュンケルにとって、バランの存在は他のメンバーとは違う意味を持つようになるのである。
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