60 バラン迎撃準備(1)

 

 さて、ここで少しばかり話を遡ってみよう。
 ポップ達が竜騎衆と戦っていた間の、レオナ達の行動を追ってみると――これがてんでなっていないのである。

 元々、レオナが対バラン対策として立てた作戦は籠城作戦だ。
 バランの目からダイを隠して匿うのが作戦の眼目であり、その他の要素は一切無い。万一、敵に見つかった時に備えて頑強な場所を用意しておく。
 ……たったこれだけである。

 もちろん、他に戦力を揃えてもいないし、バランの目を撹乱するための小細工や陽動を仕掛けるでもない。

 実際にバランに見つかった後、あくまで籠城に拘るか、それとも危機を感じた段階で避難に全力を注ぐかなど、最悪時にどういう行動を取るべきかという点さえ煮詰められていない。

 というよりも、ポップが立ち去った時点から実際に襲撃が入るまでの間、レオナは何一つ戦いに備えた準備をしていないと言っていいのだ。
 恐ろしいまでに、ノープランなのである。

 まあ、ポップの離反の衝撃からこの短期間で立ち直り、心を持ち直している点はさすがだとは思うが、レオナはただの少女ではない。勇者一行の後援者であるパプニカ王女として、勇者一行に援助をする立場の最高責任者なのだ。

 今、ここで勇者を失えば、人間達は今度こそ魔王軍と戦う牙をなくす。それを誰よりも良く理解しているレオナは、立場上、どんな手段を使ってでも勇者を守りぬかなければならないはずだ。

 しかし、指導力には人一倍長けているレオナだが、軍事や戦いという場では年相応の少女に過ぎない。そもそもレオナに軍事面のセンスがあれば、最初からバルジ島に潜伏しなかっただろうし、潜伏だけでなく軍事的な行動もとっていただろう。

 どうやら、本気でパプニカには軍師の役割を持つ人間はいなかったようだ。
 以前も考察したように、三賢者はレオナの補佐的な役割を持っているだけで、自分達から自主的に作戦を立案することはない。

 レオナは他者の提案を柔軟に受け入れ、その正否を見極める能力には長けているので、たとえレベルが低かったとしても軍師が一人いるだけでも話は大きく違っていただろう。だが、それさえいた様子もないとは、パプニカの人材不足にも程があるというものである。

 そのせいか、レオナのこの時のバラン対策は恐ろしいぐらいにあちこちに手抜かりのある、行き当たりばったりなものだ。 

 テランという他国の城にいるせいもあるかもしれないが、レオナはバラン襲撃に備えて見張りさえ立てていなかった。バルジ島の時も思ったことだが、見張りの重要性を軽視する辺り、パプニカには根本的に軍事教育が足りていないように思える。

 ただでさえ敵が近いうちにやってくると分かっているのに、見張りを怠るとは危機意識が全くなっていない。
 皮肉なことに、全員の中でバランの接近に一番最初に気がついたのは、現在は無力化されているダイだ。

 ダイ、それにメルルがバランの接近を予め悟ったから良いようなものの、そうでなければレオナ達は完全に不意打ちを食らっていたところである。

 ところでこの時、ダイの額の紋章から奇妙な音が聞こえだし、血が流れ出している。
 面白いことに、この時のダイは誰かが近づいてくると悟っているが、その相手に対して実に好意的だ。

 これまでは額の紋章から血が流れ出すとダイは頭痛を感じ、それを嫌って自分自身の記憶を深く考えるのを嫌がる傾向が見られた。しかし、この時はダイは全く頭痛を感じている様子はないし、むしろ近づいてくる存在が自分にとって保護を与えてくれる存在だと認識している。

 この時、実はバランが自分の紋章を光らせ、ダイの額から全く同じ音をならしているカットがあるが、まさにこの時、ダイとバランの紋章は共鳴しているようだ。

 それもバランにとって都合の良い形に、紋章の力が作用しているのが見て取れる。
 やはりこの紋章に記憶を操作する力があり、ダイの意思に関係なく、バランの意図に合わせてダイの記憶を良いように揺さぶる効果があるようだ。

 そして、この時に光るのがクロコダインの推理力と決断力である。
 記憶を消されたダイを至って冷静に分析したように、クロコダインはこの時も淡々とバランの襲来が迫っていることを察知し、その事実をすぐさま受け入れている。

 外見から無骨な印象が強く、また戦い方も真正面から力で当たっていくタイプのクロコダインは、意外なぐらい知性派で分析力が高い。実は、メンバーなお中で最も高いレベルでバランスのとれている戦士ではないかと筆者は思っている。

 レオナが『まさか』と大きく驚いているのとは対照的に、クロコダインはバランの襲撃を全く驚いてはいない。むしろ、予測していたとばかりにすぐさま行動にでている。

 この時点で、クロコダインは実は、レオナよりも軍師として優れているのが分かる。

 それは、少し考えれば当然の話だ。
 レオナは戦時下で王の急死に伴って国主となったばかりの王女にすぎないが、クロコダインは魔王軍の将軍だ。多数の兵士を動かし戦った経験を持つ男が、いかに王女とは言え実務経験に乏しい少女に軍事面で劣るわけがない。

 しかし、クロコダインの度量が光るのは、それを承知の上でレオナの決定に従っている点だ。

 先程も指摘したように、レオナはダイを隠しておきさえすれば何とかなると思う程度の甘い戦略しか持っていないし、テランやパプニカに働きかけて戦力を揃えるなどという実際的な手段も全くとろうとしていない。

 そんな彼女に代わって、クロコダインが直接テラン王と交渉した方が、より軍事的な手段がとれたことだろう。しかし、クロコダインは人間達の交渉は人間達に任せるとばかりに、話し合いには一切関与しなかったし、その後も彼女の拙い作戦に対して口出ししていない。

 そして、彼はこれ程優れた軍師としての力を持ち合わせながら、戦士としてダイに力を貸すつもりでいる。

 軍師と戦士では、役割が違う。 
 そもそもクロコダインは魔王軍に反旗を翻してからは、一戦士として動くように心得ている。他人を動かす将軍の視点を元に行動しているのではなく、自分自身が戦うことを前提として考え、行動しているのである。

 ならば、作戦を立てないのも当然だ。
 本来、戦略は軍隊など複数の者が戦う際に、総合的、かつ効率的に戦う為のものだからだ。

 個人で戦うのなら、個人のその場での判断だけで動けば良いだけの話だ。クロコダインのように経験を積んだ歴戦の戦士ならば、下手に最初から作戦を立てるよりも、現場の判断で自由に動く方が最大の力を発揮できる。

 彼は軍師として戦いに参加するつもりは、最初からない。獣王クロコダインはあくまで一戦士として、身を投げ打ってでも全力を尽くすつもりでいる。
 
 もし、クロコダインが『人間に味方をする軍師』ならば、この時点でダイはもちろんのこと、レオナの安全も図る必要がある。レオナの存在がなければ、たとえ勇者がいたとしても勇者一行に人間達の同意と協力を取り付けるのが非常に困難になるのが目に見えている。

 長期的な視点で見れば、ここでレオナを危険に晒すのは不利益しか発生しない。ダイはもちろん、レオナも避難させておくべきだろう。

 だが、戦士としてクロコダインはレオナの意思を最大限に尊重している。
 守りを固めると言い置いて単身でバランと戦おうとする際、レオナが共に
戦うと言いだした時でさえ、クロコダインはそれを受け入れているのだ。

 危険だからと真っ先に反対している点から、クロコダインがレオナの安全に気を遣っているのは窺える。しかし、戦いに協力すると呼びかけるレオナの強い意志に、仕方が無いという形でしぶしぶながら認めている。

 余談だが、ここでクロコダインがレオナの参戦を認めたのは、バランの騎士道精神に重きを置いていたからではないかと推測する。

 現実世界でも、戦いに置いて戦闘に関わらない医療機関は、例え敵国の者であっても中立と認め、攻撃をしかけないように国際法で定められている。

 まあ、歴史を振り返って見ると、この概念や理念は古くから存在はしても、戦場ではやはり倫理が通る場所ではないのか、衛生兵どころか看護婦さえ戦いに巻き込まれた例は少なくはないのだが。

 しかし、それでも医療機関が特別な存在と認識されていたことは、事実だ。
 その倫理感がダイ大世界にも通用するとすれば、戦闘には一切参加しない回復魔法の使い手を非戦闘員と見なす可能性はある。

 ましてや、レオナは女性だ。
 以前、クロコダインはヒュンケルが女に手をかけるような男ではないと判断したように、バランにも同じ騎士道精神があると思ったとしても不思議はない。

 クロコダインは敵としてバランを恐れながらも、彼との会話にはためらいがなかった。敵対する羽目になっても、クロコダインはバランに対して好意的と言っても良い態度で話していた。

 バランがクロコダインを認めていたように、クロコダインもまたバランを認めていたのではないか――そう思えてならない。
 

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