61 バラン迎撃準備(2)

 

 前項ではレオナの危機意識が薄く、その点で大きくクロコダインに劣っている点を指摘した。
 実は、レオナの危機意識は、メルルやナバラ以上に薄いのである。

 メルルはダイの紋章がなり出す直前に、邪悪なエネルギーの数が減少したことを察知している。

 これは、ポップとヒュンケルの活躍で竜騎衆が全滅したことを感じ取っているのだろうが、もちろんこの時点ではメルル達がそれを知っているはずはない。

 だが、メルルの予知を聞いて、真っ先に反応を見せるのはナバラだ。もう一度、水晶球で確かめてみようと口にしている。
 異変を感じたら、それが自分達にとって好都合なことだろうとも、まず状況確認しようとする辺り、なかなかの危機管理能力だ。
 
 元々、メルルとナバラは敵から逃げるという点に置いてはエキスパートだ。占いで危険を察知して、素早く安全な場所に逃げるという行動を繰り返していただけに、危機意識が非常に高いのも頷ける。

 しかし、ダイに気を取られて全員の関心がバランへいってしまい、この点はこれ以上追求されなくなるのだが。
 まあ、邪悪なエネルギーが増えたというのならともかく、数が減ったのだから確かに後回しにもしたくなるだろう。

 自分はクロコダインに協力すると決めたレオナは、ナバラ達にここでダイに付き添ってくれるようにと頼んでいる。

 ここで注目しておきたいのは、レオナが真っ先に名を呼んだのがメルルではなく、ナバラだという点だ。レオナとメルルは年齢も近く、ここまで一緒に行動してきたということでもっと打ち解けても良さそうな気もするが、万事控えめなメルルはレオナとそこまで仲良くなれていないのだろう。

 だいたいのところ、メルルとナバラがここまで逃げずにダイ達に関わっているのは、メルルの気持ちに寄るところが大きい。厄介なことに関わりたくないと言うナバラは、人助けをしたがるメルルに引きずられるような形で参加してきただけなのである。

 つまり、本来ならばダイの世話を頼むのであれば、ナバラにではなくメルルに頼む方がいい。事実、レオナの依頼に対して頷いたのはナバラではなくメルルの方だ。

 ナバラは話は聞いているし、反対もしていないが、よく見ると別に頷いてはいないのである。

 だが、さすがのレオナもこの時はそこまでは見抜いてはいない。
 控えめなメルルの意思に気がつかないまま、言動の目立つ年長者のナバラに責任を預けている。しかし、正直な話、この頼み事はあまりにも虫がよすぎる頼みである。

 そもそも、メルルとナバラにはダイ達に協力する義理などない。パプニカ国民でもなく、テランの一般市民にすぎない女性と老人である。
 レオナから助力を申し出、兵を貸してくれたテラン王の善意を断っておいて知り合いの力に頼っているレオナは、現状の見極めをしきれていない。

 その点は、彼女のナバラ達への依頼や、ダイへの態度によく表れている。
 レオナがナバラ達に頼んだのは、ダイの付き添いと、ダイを牢の外に出さないようにという二つだ。

 これはあくまでダイの側にいてあげることだけを前提にした頼みであり、バランがこの地下牢まで来た場合を想定していない。ダイを連れて逃げる、もしくはせめていざという時はメルルとナバラだけでも逃げるようにと指示しておいてもよさそうなものだが、この時のレオナにはそこまで思いやる心の余裕を失っているようだ。

 危機意識を持つ際、肝心なのは最悪の場合を想定した上で、それに対処できるように予め手を打っておく必要がある。

 しかし、レオナはこの時、最悪の事態など想定さえしていない。
 彼女が想定――と言うよりも期待しているのは、勇者ダイの復活だけだ。
 檻の中にいるダイを見つめた後、レオナはパプニカのナイフを持ってきてダイの腰につけている。

『武器よ。これで自分の身を守りなさい』

 この言葉からも分かるように、レオナがダイの身の安全の為に最も当てにしているのは、他ならぬダイ自身だ。レオナは、自分やクロコダインを主戦力として考えているわけではない。

 いざとなれば、ダイが自分自身の意思で自分の身を守る……即ち、バランに抵抗することを望んでいるのである。

 しかし、レオナの期待にダイは応えてくれない。
 以前のダイならいざ知らず、記憶を失ったダイはナイフを恐れて腰についていることさえ嫌がる始末だ。そんなに嫌ならば自分で取って投げ捨てればいいようなものだが、それだけの覇気さえ今のダイにはない。

 触れるのも怖いとばかりに、お姉ちゃんにとってもらおうとして泣いている。
 以前とは比べものにならないダイの言動に、レオナがいつになく悲しそうな顔をしているのが実に印象的だ。

 レオナは気持ちを抑えきれないようにダイを抱擁し、ダイに本来の彼の姿……勇者としてのダイの姿を教える。
 この時のレオナとダイの気持ちのすれ違いは、見ていて気の毒な程だ。

 レオナが望んでいるのは、あくまで『勇者』ダイだ。自分やパプニカを救ってくれて、この先世界を救ってくれる勇者になるはずの少年を、レオナは心の底から望んでいる。

 その気持ちが強すぎるせいで、レオナは今、目の前にいる幼い少年をそのまま受け入れる余裕はない。

 しかし、記憶を失ったダイが無意識に求めているのは、まさにそれだ。
 ありのままの子供をそのまま受け入れてくれる存在が、親というものだろう。

 子供返りしたダイは、勇者になりたいと思っていた気持ちも失っているし、求めているのは保護者だけだ。捨てられた子猫や子犬が、近づいてきた人間に無差別に甘えて保護を求めるように、今のダイもまた、近づいてきているバランに対して頼りにする気持ちと好意を抱いている。

 そんなダイに向かって、レオナは強く言い切る。
 それは、敵だと。
 ダイの心からダイ自身と、ダイのかけがえのない思い出を奪った許せない敵だと断言し、戦うように求めている。

 ポップがそうしたように、レオナもまたダイに自分を取り戻して欲しくて、性急に自分の気持ちを訴えている。
 しかし、彼女の心からの訴えもダイには届かない。

 ここでレオナを褒めるとすれば、彼女が挫けなかった点だろう。思うような反応がダイから戻ってこないにもかかわらず、レオナはここで絶望はしなかった。

 自ら立ち上がり、すぐに気持ちを切り替えてクロコダインと共に外へと駆けだして行っている。
 その姿を見て、メルルはなんて強い女性なのかと感心しているが、考え様によってはこの強さというのが曲者だ。

 確かにレオナはこの時、挫けなかった。
 それは、ダイの記憶が戻らないかも知れないと諦めたりしなかったということだ。

 何があっても諦めないというのは良い点にもなるが、欠点にもなる。
 レオナの戦いへの覚悟は、基本的に勇者ダイの存在に依存した部分が大きい。どんなに無謀で救いがない戦いだとしても、勇者がいればなんとかなると考えることができるのが、レオナの強みでもあり、弱みでもある点だ。

 まあ、これは彼女の考えが甘いとは言い切れない。
 この時の魔王軍と人間の戦力差を考えれば、正攻法ではとても勝てるものではない。ならば半端に対策を複数練るよりも最高の未来だけを想定し、それ以外の心配を切り捨てて進むというのも一つの方法だ。

 一見無謀と見えるこの選択には、多大な勇気と決断が必要なのは言うまでもない。
 数多くの不安要素を無視してでも、ダイを信頼し、どんなに可能性が低くてもダイの復活に望みをかける――それが、レオナの選んだ選択肢だ。

 そして、ここで思い返して欲しいのだが、ダイに剣を突きつけたポップは、剣を恐れて逃げるダイを見てひどく絶望していた。

 この時点で、ポップはダイの記憶が戻らないかもしれないと考え、それがどこまで自分達にとって不利かをきちんと認識したからこそ、絶望しているのである。

 その結果、ポップはダイの記憶を取り戻すかどうかは二の次にし、まずは自力でダイを守るために行動することを最善とした。
 レオナとポップ――共にダイのことを一番に考えながら、違う選択肢を選んだ二人の選択の差は、物語が進んでからはっきりと分かることになる。

《おまけ・キスのおまけ話》
 戦いの考察とは全く関係の無いキス疑惑についての話題ですので、畳んでおきました。

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