62 勇者一行対バラン戦(1) |
レオナとクロコダインは、テラン城のすぐ外でバランを待ち受けている。この時、クロコダインはヒュンケルが間に合わないことを嘆く際に、ポップの名を口にしているのが印象的だ。 クロコダインが未だに逃げたポップに悪意を抱かず、なおかつ、彼を頼りに思っているのがよく分かる一言だ。 そして、この時点でレオナはクロコダインに策を尋ねている。 この問いはレオナ自身が何も策を考えていず、単にクロコダインを頼っているだけだと証明するだけの物だ。戦いの寸前に、指揮官クラスの人間が口にしていい言葉ではないのである。 この問いに対して、クロコダインはオレが先に聞きたいぐらいですよ、と返事をしている。 この時点でレオナもクロコダインも策がないのに代わりはないが、彼らの立場は対等ではない。回復しか出来ないレオナに比べ、いざ戦いとなれば、策がなくてもクロコダインは身体に刻み込んだ戦士の本能のままに戦うだろう。 だが、ダイの復活を信じる以外方針を持たないレオナは、戦う覚悟も、戦いの中で自分が何をすべきかの意思も、曖昧なままだ。 誰よりも強く、勇者ダイを守るために戦うべきだと宣言しながら、丸っきりの無策で、実戦力とはほど遠い少女――並の戦士ならばレオナの足手まといさと大言壮語に苛立ちを感じてもおかしくはない。 強敵への不安感を前にして、身近にいる弱い存在に怒りをぶつけるのはよくある話だ。 レオナを責めるどころか、自分も弱みを見せることで彼女と自分は同じだと言わんばかりの態度を貫き、戦いを前に緊張している彼女を精神的に支えている。 こんな態度を自然にとれる辺りが、クロコダインが勇者一行で一番成熟した大人だと言われる所以だろう。 そんな二人に対し、バランがゆっくりと近づいてくる。 彼には、奇襲を仕掛ける意思はない。 ところでバラン接近を目の当たりにして、レオナが怯えを強く見せているのが実に印象的だ。 この時、バランはわざわざ距離を置いた場所で足を止め、ディーノを引き渡すようにと要求している。 最初の戦いの時もそうだったが、バランが極力人間達との戦いを避けたいと考えているのがよく分かる。一度交渉決裂し、戦いになったにもかかわらず、バランはそれでも、出来るのなら納得ずくの上で息子を自分の手に取り戻したいと望んでいるのだ。 バランのこの望みは、無茶な望みというわけではない。 ダイが記憶をなくし、勇者として人間に味方をする意思をなくした今ならば、ダイには人間側にとどまる理由はないわけだし、クロコダイン達にとっても勇者ダイの利用価値はなくなった。 合理的に考えるのであれば、この時点でバランとレオナ達の戦う理由はなくなっているのである。 ならば無駄な戦いを避けるために、彼らがダイを素直に差し出す可能性もあるかもしれないとバランは考えたのだろう。バランが一時撤退したのは力を使い果たしたという理由の他に、人間達に現状を再認識させる時間を与えるためもあったと思える。 竜騎衆を用意し、万全の戦闘準備を整えながらも、平和的解決方法を望む知性がバランにはあるのだ。 しかし、残念ながらと言うべきか、バランは考え方は柔軟でも交渉術は皆無だ。彼には相手の反応を見ながら、懐柔しようという姿勢が全くない。 自分はこういう考えだとはっきりと示し、相手がそれに応じないようならば力尽くで行うのが彼の流儀である。そこには妥協もなければ、ためらいもない。 相手が自分の要求を受け入れないのなら、譲歩して折り合わせようなどとはかけらも思わないのである。 それに、バランは相手が徹底抗戦してくる可能性も十分に承知していた。 もっとも、これはバランから見ればある意味で当然だ。 まさか、ポップが仲間達も出し抜いて独断で動いたと思うはずもない。 この時のバランは、傲慢な態度とは裏腹にずいぶんと慎重だ。レオナやクロコダインに何か策があるのかと問いかけてみたり、ポップのことをわざわざ口に出してクロコダインやレオナの反応を伺っている。 『あんな未熟者を捨て石に使うとは、クロコダインらしからぬ残酷な策だ。 クロコダインやレオナの人間性を疑ってかかっているようなこの発言は、バランが本気でそう思っているわけではなさそうだ。 どちらかというと、駆け引きの要素が強い。 バランがこの時点で最も恐れているのは、敵の抵抗ではない。 それは、バランが最も欲している人物……ダイを人質とする『策』を人間が強行することだろう。 なにしろ、ダイは白紙の状態に戻ってしまった。 レオナ達は考えもしていないが、ここでダイを人質にとってバランに魔王軍からの離脱を迫り、人間側に寝返らせて利用することに成功していれば、この後の戦いの流れは大きく変わったことだろう。 なにしろ、大魔王バーン自身がバランの実力を、余に肉薄していると認めていたのだ。人間達の交渉によっては、ダイではなくバランが大魔王バーンを倒す展開もあり得たかもしれない。 卑劣極まりない手段ではあるが、実効性はかなり高い。 自分達の仲間を平気で捨て石として使うことの出来るような相手ならば、いざ不利になれば仲間を人質に使うことも辞さないだろう。その可能性を、バランは恐れていたのではないかと思える。 だが、この恐れはバランにとって悪いこととは言えない。 相手があくどい手を使ってくると確信しているのなら、別に会話で駆け引きをして相手の真意を探る必要など無い。相手がそうするに決まっていると決めつけて、卑劣な手を使ってくる前に速攻で攻撃を仕掛ければ良いだけの話だ。 しかし、バランには疑う気持ちがあった。 人間を否定し、人間的な感情を切り捨てようとしているバランだが、彼は結局は人間への思いや信頼を捨て切れていないのである。 |