63 勇者一行対バラン戦(2)

 

 バランの意図とは裏腹に、バランの駆け引きを含んだ問いかけに対して、レオナやクロコダインは怒るどころではなかった。

 本来なら、レオナにせよクロコダインにせよ、プライドも高く正義感が強いだけに、こんな台詞を聞き流せるわけがない。しかし、この時は彼らは自分達を侮辱する発言すら、意識していなかった。
 ポップの話は、二人に現状すら忘れさせる衝撃を与えたと言える。

 二人にとっては、ポップの存在はそれだけ大きいのだろう。口には出さずとも、ポップがいなくなってからずっと気にしていたに違いない。

 一人だけでも逃げると言ったポップが、どこに行ってしまったのか――その答えは、レオナとクロコダインの意表を突く物ではあったが、信じられない物ではなかった。

 むしろ、二人にとってはすんなりと認められるものだったのだろう。
 それは、二人がポップを根本的に信じていたことの証明だ。もし、逃げた方がポップの本心だと思っていたのなら、納得以上に驚きや混乱の方を強く感じるだけの話だ。

 しかし、二人ともポップが何をしたか聞いた途端、即座にポップの意図を悟っている。

 ポップの突然の変心が本心からのものではなく、どこまでもダイを守ることを考えてのものだった……それを知った時の、レオナとクロコダインの衝撃は大きい。

 特にこの時、自責の念が強そうなのはレオナの方だ。
 レオナはポップの芝居にまんまと引っかかってしまい、彼を裏切り者と思ってひどく責めただけに、罪悪感をより強く感じて当然だろう。

 レオナに比べると、クロコダインの心理の方が複雑そうだ。
 この時、ポップの本心に気づけなかった自分に対する自嘲の意味を込め、彼は声を立てて笑っている。また笑うと同時に、クロコダインが見せた泣き顔が実に印象的だ。

 クロコダインのこの感情の起伏を理解しきれずバランが戸惑っているが、クロコダイン自身はこの時、強い安堵感と自責の念を同時に味わっていたに違いない。

 元々、クロコダインはポップへの評価が高かった。
 大袈裟に言うのならば、ポップはクロコダインにとって人生の変換に大きく関わった人間だった。その人間が、実は最低な人物だったと知ったともなれば、衝撃は大きくて当然だろう。

 しかし、強い信仰心を持つ人間に、神の不在を信じさせるのが困難なように、クロコダインもまた、ポップへの信頼をなかなか捨てきれなかった。ポップが逃げたことにショックを受けつつも、クロコダインはヒュンケルだけでなく彼が戻ってくることにも期待をかけていたのは、前項でも指摘した。

 クロコダインにとって最悪なのは、ポップが真にダイを見限り、自分の身の保身に走る人間だったと得心することの方だった。その場合、クロコダインが魔王軍を裏切ってまで信じようとしたものが、根柢から崩れてしまう。

 だからこそ、クロコダインはポップの裏切りを認めたくはなかったに違いない。

 その意味では、ポップは実は裏切ってはいないという事実は、クロコダインに安堵感を与えてくれたはずだ。クロコダインが人生を賭けて信じた『人間』という存在の素晴らしさを、再確認させてくれたのだから。

 だが、その事実こそがクロコダインを絶望もさせている。
 事実を知ったからこそ、クロコダインはポップを疑い、彼の本心を見抜けなかったことをひどく悔いている。

 自分達を騙したポップへの不満や怒りよりも、ポップを信じ切れなかった自
分の愚かさを責めるクロコダインは、更にその先のことまで考えている。
 
 実際にバランと戦い、竜騎衆の存在も知っていたクロコダインは、この時点でポップの死をほぼ確信している。心の中で、ポップにあの世で会ったら……と呼びかけているぐらいだ。
 これは、単にポップが死んでいると思ったからの言葉ではなさそうだ。

 この直後、クロコダインは迷いが晴れたと言いきり、その際、レオナへの協力を頼んだ上でバランへと戦いを挑んでいる。

 この時のクロコダインの戦いっぷりは、凄まじいの一言だ。
 小細工も時間稼ぎもなく、堂々と真正面からバランへと打ちかかっている。一番最初にクロコダインと戦った時と違い、怯える自分を叱咤しながら立ち向かっているのではない。

 怯えなど微塵もなく、刃を全く恐れずに戦うクロコダインの気迫は、前回とは明らかに違っている。

 前回が、かなわないと分かっている強敵に対して無理を承知で挑んでいたのだとしたら、今回のクロコダインは我が身を全く省みずに捨て身で己の全てをぶつけている。

 しかも、戦う目的が違っている。
 自分から積極的に戦っているようでいて、クロコダインの狙いはバランを倒すことではない。バランを挑発し、ギガブレイクを誘うクロコダインの目的はただ一つ。
 持久戦に持ち込み、バランの体力を削り落とすことだ。

 だが、これは普通に戦う以上に勇気と苦痛を伴う無謀な作戦だ。
 以前バラン自身が言ったように、クロコダインのように闘気を操る戦士ならば、一点集中させた闘気でバランの竜闘気を上回ることが出来れば、傷を負わせることが出来る。

 つまり、獣王会心撃を連発して攻撃重視することが、クロコダインに唯一ある勝ち目なのである。正直、ひどく勝ち目が薄くて分の悪い勝負ではあるが、それでも全く攻撃をしないよりはいいに決まっている。

 だが、クロコダインは攻撃を捨てて防御に専念しようと最初から決めていた。それは、レオナに託した策からも分かる。
 バランのギガブレイクで大ダメージを受けたクロコダインを、レオナがすかさず回復呪文で回復させている。

 この時、レオナは傷の治療を差し置いて体力の回復のみを優先させている。
 以前、レオナはマリンの顔の傷を治すという傷口治療を優先した回復魔法の腕前を見せたことがあるが、今回はその逆だ。目立たないシーンだが、レオナの賢者の資質の高さをうかがわせるシーンである。

 傷の治療は一際していないので、クロコダインの身体には見るからに痛々しい怪我が刻まれたままである。おそらく、痛みも相当にあるのではないかと推測できるのだが、クロコダインはその点には触れていない。

 血まみれのままでバランを挑発し、さらにギガブレイクを使うようにと仕向けている。
 この挑発に、バランは面白いほど簡単に引っかかっている。

 勝負を挑まれたことに、バランは我を忘れて激昂している。竜の騎士としての誇りに拘るバランにとって、最強の決め技を使っても勝負がつかなかっただけでも矜持に傷がつくのに、人間の仲間から勝負を挑まれることは我慢がならないらしい。
 だが、このバランの怒りもクロコダインにとっては計算通りだった。
 怒り狂ったバランが暴走させる竜闘気からレオナを庇うクロコダインは、ひどく冷静だ。

 レオナに対しては敬語で、ひどく穏やかに接している。この点からも、クロコダインがこの無謀な戦法を選らんだのが一時の感情ではないと分かる。

『無謀は百も承知です……(中略)
 ポップの心に、殉じようではありませんか……姫!』

 クロコダインがここで取った作戦は、本質的にはポップの戦法に追従したものだ。

 竜騎衆に対してもそうだが、ポップはクロコダイン戦の時も同じ方法を選んだ。自分一人では勝ち目がないと承知の上で、自分の命と引き替えにしてでも、仲間に全てを託す道を選んだ。

 この戦法は、言うまでもなく無謀極まりない。
 仲間が必ず後に続いてくれなければ、単に犬死にで終わってしまうだけに、ダイが戦力外となり、ヒュンケルの所在不明の現状で取るべき作戦ではない。

 そんなことはクロコダインも百も承知だっただろうが、それでも彼がこの戦法を選んだのは、ポップへの信頼を取り戻したからだろう。
 今度こそ、クロコダインはポップを信じ切ることが出来た。

 だからこそクロコダインは全く勝ち目のない戦いの中で、ポップが取った戦法を最大限に評価し、実行しようと決めた。この時、クロコダインはポップの勇気だけでなく、その考え方や心のあり方も全面的に認めたと言っていい。

 この獣王の決断は、レオナにも影響を与えている。
 クロコダインと違って、レオナはポップを深く知る前に見損なってしまった。共に戦うことでしか見えないものを、知ることが出来ないまま袂を分かってしまったのだ。だからこそ、レオナにはまだポップの真価が見えてはいなかった。

 だが、一緒に戦うと決めたクロコダインが、それ程までにポップを評価し、信じている姿勢を見せたことで、レオナもまたポップを見直すことができた。

 ダイを守りたいとは思っても、具体的な戦法を思いつくことの出来なかったレオナに、この場にいないポップが戦いへの揺るぎのない覚悟と、そのためには犠牲も惜しまない心を伝えた。

 クロコダインを通じて、レオナはポップを信頼し、再評価できたと言えるだろう。

64に進む
62に戻る
八章目次3に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system