64 勇者一行対バラン戦(3) |
バランは怒りのままに、クロコダインには二度目のギガブレイクを放つ。だが、三度目はなかった。 誇りを傷つけられ怒り狂いはしたものの、バランは力押しだけの戦士ではない。竜騎衆のガルダンディーのように、感情にまかせて暴れまくる凶暴さは彼にはないのである。 二度目のギガブレイクで、クロコダインがまだ生きていることにバランはひどく驚いている。今まで、ギガブレイクを二発も受けて生きている奴はいなかったというのだから、バランはよほどこの技には自信を持っているのだろう。 だからこそ、ギガブレイクの連発に耐えたクロコダインに驚愕したわけだが、この時、よく見るとバランは息を切らしている。バランにとってさえも、全力での決め技は消耗するのだろう。 その意味では、クロコダインの読みは当たっている。 しかし、これはあまりにも無謀で、釣り合いのとれない駆け引きだ。バランが消耗する以上のダメージを、クロコダインは負ってしまっている。レオナの協力で即死こそは免れたものの、クロコダインのダメージは決して小さくはない。続ければ、死亡、もしくはそれに近い重傷を負ってもおかしくはない。 しかし、クロコダインは自分の作戦に対して、迷いも揺るぎもない。 この時、クロコダインは作戦を隠そうとする意思すらない。 実際、作戦的にはその方がよほど有効だ。 だが、クロコダインは仲間達が必ず来ると確信しているし、それをバランに対して隠そうともせず、はっきりと口にしている。 ポップの心に殉じると言った言葉の通り、クロコダインは他ならぬ自分との戦いでポップが取った行動をなぞっているのである。捨て身で命を投げ出したのも、仲間への信頼を堂々と口にしたのも、全てポップが戦いの中でやったことの再現だ。 つまり、この時のクロコダインの行動は、ポップの行動や生き様の全肯定に他ならない。 クロコダインを支えてるのは、助っ人としてきてくれるかも知れないヒュンケルの存在以上に、仲間のために命を惜しまずに戦う姿勢を貫いたポップへの信頼だ。 迷いを捨てたクロコダインの信念は、バランにも大きく影響を与えている。人間をそこまで信じているクロコダインに対して、バランは明らかに動揺を見せている。 皮肉な話だが、バランには言葉による直接の呼びかけよりも、ダイやクロコダインがそうしたように、人間に対して揺るぎのない信頼を示された時の方が、間接的に心を揺すぶられるようだ。 しかし、だからといってバランはここで考えを変える気も、クロコダインと論争する気もない。 彼が選んだのは、確実な勝利のための一手だ。 これはレオナが避けたのではなく、バランが故意に外したものだ。 『女を殺したくはないが……一歩でも動いたら、黒焦げになると思え!!』 戦場に回復魔法の使い手がいるのならば、真っ先に回復手から狙うのはセオリー中のセオリーだ。 いくら戦士に攻撃を仕掛けたとしても、回復魔法で一気に全快させられればまた、元の木阿弥になってしまう。それを避けるためにも、真っ先に潰すべきは回復手だ。 怒りや決め技でとどめを刺しきれなかったショックから早々に立ち直り、自分の攻撃の不効率さと最短の解決法に気がつくだけの冷静さを取り戻しているのは、さすがと言える。 そして、バランは勝利のための犠牲は厭わない。 わざと攻撃を外して威嚇し、忠告を与えた時点まではバランの女性への気遣いとも言えるが、どちらかと言えばこれは彼なりの筋の通し方と言った方が当たっている気がする。 なぜならバランの攻撃に対する姿勢は、男女問わずにほぼ変わらないからだ。 ダイに対しても、ダイを庇って自分達の前に立ちふさがったポップ達に対しても、バランは最初は言葉で自分の意思と要求を告げ、それに従わなければ力尽くもやむを得ない、という段階を踏んでいる。 バランにしてみれば、レオナがクロコダインの回復さえ行わなければ、それ以上彼女に危害を加える気は無い。クロコダインにこそとどめを刺す気ではいるが、レオナは放置しても構わないと考えているからこそ、彼女に助かるチャンスを与えた。 だが、それ以上は譲るつもりは、バランには最初からない。 クロコダインは自分にとどめを刺そうとするバランを前にして、何も言わずに佇んでいるだけだ。レオナの回復が期待できなくなった以上、クロコダインには生存さえ危うくなったが、彼はそれを悔いている様子もない。 事実、クロコダインにとってはこの結末は、そう悪くはないものだったのだろう。 レオナの力を借りてバランの体力を削るのが目的とは言え、元々長続きする計画ではなかった。 バランの忠告は、裏を返せば、動きさえしなければレオナの命は助かるという保証でもある。それを聞いて、むしろクロコダインは安堵を感じたのではないかと筆者は思う。 自分の命を投げ打つ覚悟はあっても、クロコダインはレオナを危険に巻き込むのは望まなかった。ならば、彼女の無事を保証されて、クロコダイン本人はポップの意思を継いで殉死するという結末は、彼の理想通りとも言える。 例え自分は死ぬとしても、レオナさえ生き延びていればヒュンケルと合流してダイを守る、もしくは奪還するという希望が出てくるのだ。 バランがクロコダインに向かってとどめを刺そうとしているのを見て、レオナは制止を呼びかけながら駆け寄ってしまったのだ。 戦いに不慣れなレオナには、ここではどう振る舞うのが得策か、計算した上で行動する胆力も無ければ、死に瀕しているクロコダインが最も望んでいることも分かっていない。 そもそもクロコダインの危機を見かねて思わず動いてしまったという感じが強く、攻撃を受けるのを承知の上で飛び出したようには見えない。 事実、レオナは自分に向けて落下してくる雷撃呪文に対して何一つ反応はできていない。無防備に落雷に打たれかけている。ここにも、レオナの判断力の甘さや、突発事態への対応の低さがあられている。 いかに聡明で判断力が高いとしても、指導者に向くスキルと、戦いに向くスキルは別物だと実感する一シーンだ。
|