68 勇者一行対バラン戦(7)

 

 みんなに死ぬんじゃねえぞと言い残し、城の中へと向かうポップだったが、バランはそれを黙って見送らなかった。

 レオナが危ないと注意するのも一瞬遅く、バランの額から打ち出された光線がポップの左肩を貫く。この一撃はポップにかなりのダメージを与えており、流血したポップはその場に倒れ込んでいる。

 この攻撃にクロコダインが大いに驚き、非難しているのが面白い。
 敵対しながらも、クロコダインはバランの戦士としての高潔さを信じていたのだろう。

 クロコダインだけでなくヒュンケルもそうだが、ポップを安全な場所へ逃がそうという点で意見が一致している割には、彼らはバランがポップに対して攻撃する可能性を警戒していなかった。

 それは、ポップへ危ないと叫んだのがレオナだという点からも明白だ。
 つまり、ヒュンケル達はバランが戦線離脱する非戦闘員に攻撃するとはかけらも思っていなかったということだ。

 これまでもバランは、何度となく勇者一向に対して邪魔をするなと呼びかけ、手を引くなら攻撃はしないという主義をあちこちで見せてきた。回復手であるレオナに対してでさえ、攻撃前に警告を与えていたのである。

 だが、そのバランが警告無しで怪我人を背中から撃った……クロコダインの非難に対して、バラン自身が竜魔人になった自分が魔獣に等しい存在であると宣言している。あまりにも強大な力故、自分の意思でセーブが出来ないし、手加減も出来ない、と。

『……だが、仕方がないだろう……私の心の傷に……無闇に触れた……貴様らが悪いんだからなァアッ!!』
 
 そう叫び、言った通りに猛攻を開始するバランは、文字通り理性を無くしてぶち切れているように見える。

 しかし、怒りの強さのせいで誤魔化されそうになるが、実際にはバランは決して理性を失っていない。口で言っているほど、彼は暴走してはいないのである。
 彼の行動には、明確な理性と知性が感じられる。

 その証拠に、バランの攻撃の優先順位は実に適切だ。怒りのままに行動するのならば、バランが襲う相手は心の傷にずかずかと踏み込んできた相手……ヒュンケルのはずだ。
 怒りの対象という理由の他にも、ヒュンケルへの距離が一番近い。

 だが、実際にバランが攻撃した相手は、ポップ――何が何でもダイを守るという強固な意志を持った、瞬間移動呪文の使い手である。ポップを放置すれば、ダイを連れて行かれると判断したからこそ、バランは真っ先にポップを狙った。

 相手が未熟な魔法使いであり、しかも怪我人だと知っている上で、背後から攻撃する――その攻撃がバランにとって不本意なものなのは、間違いはないだろう。

 その証拠に、バランは自分がポップに攻撃した理由を言い訳してる。妙に理屈だった説明をわざわざ口にする行動が、魔獣のものとはとても思えない。

 襲いやすい順から敵を狙い、次々に攻撃をするのが獣の行動だ。だが、獣は口がきけたとしても、決して自分がその順番を選んだ理由を説明しようとは思うまい。
 そんな暇があるなら、獣は本能のままに身体を動かすことを選ぶ。

 しかし、竜魔人化したバランは決して他者や己を顧みない獣ではない。ここでバランが口にしているのは、真実と言うよりは彼の願望に近い。

 バランが強い怒りを感じたのも、竜魔人が自分でも抑えがたいほどの強力な力を持っているのも、間違いはあるまい。そんな自分をバランが魔獣のようだと思い、おそらくは自己嫌悪の感情を抱いているのも事実だろう。

 バランが過去、何度竜魔人化したかは話の中で明らかにされていないので推測でしかないが、そう多くはなさそうだし、変身した時に理性を完全に無くした行動を取ったこともありそうだ。
 現に、ソアラが死亡時、バランは直後にアルキード王国を滅ぼしている。その時も竜魔人化したと考えてよさそうだが、ここで注目したいのはその時のバランが竜の牙を装備していなかった事実だ。

 補助アイテムがなかったとしても、いざという時は怒りの感情だけで竜の騎士は竜魔人化できる――そう考えられるのである。ダイが怒りの感情をきっかけに、竜の騎士の力に目覚めていったプロセスを考えると、十分にあり得る可能性だ。

 自分の意思や理性を失うほどの怒りにより竜魔人化した自分を、バランは受け入れ切れていない。暴力的な竜魔人もまた自分の一部などだと、肯定できないでいるのだ。

 だからこそ、バランは責任を自分以外に求めた。
 まず、竜魔人と自分は別の存在であるという、自己否定。そして、自分自身の感情が原因とは思わず、竜魔人化を招くきっかけを作った相手こそが原因だと考える、責任逃避。

 この二つの理屈で心を固く覆い隠し、バランは自分を守ろうとしている。
 ヒュンケルに追い詰められたことで、バランはこの守りを最大限に利用しようとしている。

 ヒュンケル達……即ち人間が自分の怒りに触れたからこそ自分は竜魔人化し、その結果として竜魔人が暴走したと考えることで、自己正当化しようとしているのだ。

 しかし、バランの考えには無理がある。
 自己正当化したい気持ちが強すぎて、目的と手段が入れ替わっている事実に、バランは気がついていない。

 ソアラの時と違い、今回はバランは己の怒りの感情のままに、竜魔人となって暴走したわけではない。
 人間が酷いことをした、その結果として自分が竜魔人となり、暴走したと言うのがバランの理屈だ。

 現在のバランは自分の意思で竜魔人となり、攻撃性をむき出しにして普段の自分ならばやらないような凶暴性を発揮している。無理をして暴れまくっていると言ってもいい。
 自分がこれだけ怒り、暴走する原因が、人間にあると思いたいのである。

 バランにとって、ヒュンケルの言葉が揺り動かした琴線は、単にソアラへの愛や悲しみだけではない。

 バランが未だにソアラを愛し、彼女に拘っているのは疑いようもない。
 しかし――それでも、バランがソアラを失ってからすでに十年以上の歳月が流れている。深い喪失感や悲しみは消えはしないだろうが、それでも年月には人の心を少しずつでも癒す効果があるものだ。

 バランの心が、ソアラを失った頃よりも落ち着きや安定を取り戻していたとしても、何の不思議もない。それは自然なことだし、人間ならば当たり前のことだ。

 だが、バランはそれを認めたくはないし、望んでもいない。
 むしろ、ソアラを失った時の怒りや悲しみを持ち続けたいと、彼は望んでいる。そうすることだけが、ソアラに対する愛を証明することだとバランは思い込んでいるのだ。

 だからこそヒュンケルの説得に、バランは心の琴線を掻き乱されないといけなかった。
 怒りを感じてぶち切れた割には、バランが終始理性的なのはそれが原因だろう。

 おそらく、バランはヒュンケルの説得を聞いて怒りは覚えただろうが、それは以前のような爆発的な感情を呼ぶものではなかった。

 バランが恐れたのは、そのことの方だ。
 だからこそバランは、半ば意図的に自分を奮い立たせ、自分の中の怒りを精一杯掻き立てて魔獣になりきろうとしている。

 最大限の怒りをふるうことで、その原因はやはり人間にあると決めつけ、ソアラを失った時の気持ちを強固なものとして自分の中に抱き続けたいと望んでいるのである。

 

69に進む
67に戻る
八章目次3に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system