69 勇者一行対バラン戦(8) |
怒りのままに、荒れ狂うバランの猛攻――というよりは、怒りに任せていると思わせたくて、必要以上に乱暴で容赦ないバランの攻撃は、凄まじいの一言に尽きる。 しかも、タチの悪いことに前項で分析した通り、バランの理性や知性はいつものままである。 ヒュンケルからもクロコダインからも、バランが瞬間移動した――そうとしか思えない速度で姿を消した彼は、まずヒュンケルに壮絶なボディーブローを喰らわせている。 機動力の次に狙うのは、最大戦力保持者の戦力を削る……速攻で勝利を狙うためには定石通りの手だ。 バランはどう見ても鎧の上から殴っているのだが、それでもお構いなしにダメージを与えているから強烈だ。中世期、全身鎧の騎士に対しては剣以上に、内部に殴った衝撃を伝えるハンマーが有効な武器だったと聞くが、バランの拳にはそれに匹敵する強度と重量がありそうである。 竜の頭をかたどったような鱗と角が生えた手は、まるで籠手のように手を守り、強化する働きがあるのかも知れない。 腹を殴って頭の動きを止めた後、すかさず頭を殴ってダメージを追加する辺り、手慣れているとしか言いようがない。この時、バランは両手を揃えて殴りつけているが、このやり方は勢いをつけるにはいいかもしれないが、モーションが大きくて隙が多い殴り方でもある。 なのに、それを見事にヒュンケルにヒットさせ、倒れるほどのダメージを与えているのだから、バランの動きはよほど素早いのだろう。ある意味で、ラーハルト以上かも知れない。 ヒュンケルのピンチを見てクロコダインが斧で殴りかかっているが、この時のバランの反応もすごい。 この時、クロコダインはわざわざ『おのれッ!!』とかけ声と共に攻撃している。不意打ちをかけるのなら無言の方がいいような気がするが、クロコダインの狙いはバランにダメージを与えることではないのだろう。 なにしろ、全力で放った攻撃でさえバランには通じなかったのだ。 ならば、少しでも目立って気を引きつける様とするのは、分からないでもない。 しかし、バランはクロコダインを振り向きもせず、裏拳一発で斧を砕いている。なんと、柄だけを残して斧が粉々に砕け散っているのだから、とんでもない話だ。 裏拳の後でおもむろに振り向き、バランは今度は手刀をクロコダインに打ち込んでいる。鋭い爪の生えた手は、どうやら剣並の凶器でもあるらしい。たった一撃でクロコダインの鎧を砕いて背中まで貫き通しているところを見ると、ハドラーの地獄の爪(ヘルズクロー)以上の効果がありそうだ。 この時、バランは片手でクロコダインの巨体を持ち上げている。彼の身体を貫いた形で完全に足が浮くまで持ち上げているのだから、バランの怪力ぶりが知れるというものだ。 ついでに、これだけの仕打ちを受けて生き延びているクロコダインの強靱さも特記しておきたいが……ここで、筆者はバランの攻撃に疑問を抱いている。 普通、胸を貫かれたら生き物は死ぬ。 しかし、心臓や肺を避けたのならば、話は別だ。 むろん苦痛は感じるだろうし、ダメージも大きいのは否めない。しかし、命だけは取り留めることはできる。 クロコダインの巨体ならば重要器官を外して攻撃を打ち込むのは、不可能とは言えないだろう。 ヒュンケルよりもクロコダインに向かって最大の攻撃を仕掛けている辺りに、恣意的なものを感じてしまう。 クロコダインのピンチを見て、駆けつけようとしたレオナに対してもそうだ。 しかも、ここでバランが使ったのは初級真空呪文(バギ)だ。どう考えても、手加減しまくっている。防御力の低いレオナにとってはダメージが大きかったとは言え、戦士達への容赦の無い攻撃に比べればひどく軽い攻撃だ。 繰り返すが、相手によって戦法を巧みに切り替えるだけの理性を発揮しておいて、どこが手加減の出来ない魔獣だというのだろう? これまでの剣を主体とした戦いと違い、素手での荒々しい殴り合いに切り替えたため凶暴さを増しているように見えるが、バランは確実に冷静さを保っている。 立ち上がろうとしたヒュンケルの動きをきちんと察知し、なんとクロコダインの巨体をヒュンケルにめがけて投げつけるという荒技を披露している。この攻撃でヒュンケルもクロコダインも大きくダメージを受けている。 このダメージは体力的なものだけではなく、精神的なものが大きい。 だが、バランは意図的な暴走を止めようとはしない。 呪文を放つ前に魔法の威力を全員に説明し、全員を一瞬でこの世から消し去ると宣言しているバランは、ヒュンケル達の説得に全く耳を貸そうとしない。 本人は気がついていないかも知れないが、この時、バランの目的はすでに、ダイ奪還のためにヒュンケル達を排除することでも殺すことでもなくなっている。 この時のバランが望んでいるのは、竜魔人となった自分が以前と同じ暴走を繰り返すことだけだ。 ソアラを失った時と同じ怒りや悲しみが、まだ自分の中にあるのだとバラン自身が自分に納得させるために、前と同じ暴走をそっくりそのまま繰り返そうとしているのだ。 だからこそ、バランにしてみればここでドルオーラを使わなければならなかったのだろう。敵を滅する為や怒りを晴らす為に、この超呪文が必要なわけではない。 大体ここまで派手な呪文を使わなかったとしてもヒュンケル達を全滅させるのはバランには簡単なことだし、何度も指摘しているようにバランは理性を十分に残している。本人の意思次第では、怒りの感情を抑えるのは可能なはずだ。 しかし、バランにしてみれば心を静めたくはない。 しかし、それが真に感情に任せた暴走でないことは、バランの狙いのつけ方で分かる。城の中にダイがいると知っているからこそ、城を避けて狙いを定めるだけの冷静さがあるのだから。 今までの自分の価値観を守り、維持し続ける――それがバランの最大の望みであり、そのためになら他者を踏みにじってもいいと彼は覚悟もしている。だが、そのためにバランは普段の自分自身も踏みにじっている事実に気がついていない。 人間であろうとも無意味に傷つけたいとは思わず、敵であろうとも戦士に対して敬意を払う――普段の彼が持っている価値観を放棄してでも、一時の感情の暴走を強調しようとしているバランだが、発動寸前にまで高めた魔法を突然消している。 城の中から出てきたダイの姿を見た途端、バランはあっさりと攻撃を取りやめた……この点からも、やはり筆者はバランの捨て切れていない理性を強調したい。 バラン本人が自称していたように、怒りに駆られて本人も止めように求められない暴走なのではなく、バラン自身が大切に思うもののためへの意図的な暴走にすぎなかった。 だからこそ、バランは暴走の原因となるものに匹敵する存在のためになら、自分の怒りや感情を抑えることができる。バランにとって、ソアラと同様に息子もまた精神的に大きな存在だと、如実に示しているシーンである。
|