71 勇者一行対バラン戦(10)

 ダイが自ら望んでバランの元へ行こうとした時、それを遮る形で立ちはだかったのはポップだ。

 肩を撃たれて重傷を負い、立ち上がるのもやっとと言う有様にもかかわらず、ダイの動きを阻害する位置に立ち上がったポップを見て、バランは苛立ちを隠さない。ついさっきまで穏やかにダイに話しかけていたのが嘘のように、ポップに対しては敵対的だ。

 だが、敵意をむき出しにしているバランに対して、ポップは一歩も引かない。
 ポップのこの意志の強さは、たいしたものだ。

 この時、戦況は圧倒的に勇者一行にとって不利だ。すでに全員がダメージを受けて倒れているのである。なにしろポップ自身がこのままなら全滅すると判断しているのだ、とても戦える様な状態じゃない。ポップが戦いに転じたとしても、援護は一切期待できない。

 その上、ヒュンケルはこの時、ポップに向かって止めるようにと忠告している。バランに少しでも手を出せば、死ぬのはポップの方だと彼はこの時、すでに悟っているのだ。

 この忠告をしたのはヒュンケルだが、おそらくレオナやクロコダインも同じ判断をしていることだろう。元々、魔法力の尽きたポップを戦線から離脱させようとした彼女達が、この最悪の状況下でのポップの参戦を望むはずがない。

 そして、言うまでもなくバランもまた、ポップとの戦いを望まない。
 この場にいる人間を全て滅しようとしていたはずのバランだが、元々意図的な暴走だっただけに、熱が冷めるのも早い。

 この時、バランはポップにかなり長々と自分の現状を諭し、攻撃の無意味さを説明している。要約すれば、自分に少しでも攻撃すれば、おまえだけでなくおまえの仲間達を殺すぞと脅しつけているのだ。

 しかし、少し話は逸れるが、暴れている最中でも途中でその怒りを静めることができ、いきなり力尽くの行動に出ずにポップを理詰めで牽制するにとどめているバランは、非常に理性的と言える。

 感情のままに相手を恫喝したり、暴力にものを言わせて従わせようとするのではなく、相手の理性的判断に訴えかけ、自分の意思で手を引かせようとしているのだから。

 とどめに、ダイ本人でさえポップの戦いを疎んじている。
 ポップに後ろに庇われたダイは、ポップの手を掴んで制止している。

『邪魔しないでよ、お兄ちゃん!! せっかく父さんに会えたのに……!!』

 バランを親と認め、人間にはほぼ無関心な今のダイにしてみれば、ポップの存在は邪魔以外何物でもない。
 つまり、この時点でポップに賛成する者は、誰一人としていない。

 体力、魔法力共に最低の状態であり、心情的にはともかくとして味方でさえポップの戦いを望まないし、敵であるバランは言うに及ばず、肝心要のダイにさえ自分の意思を否定されている。

 特に、ダイに否定されたのがポップにはひどく堪えたに違いない。今にも泣き出しそうな表情を見せているのが印象的だ。
 この時点で、心が折れてもなんの不思議もない。

 ポップの意見に賛成する者がいないどころか、ポップ自身の理性もまた、あまりにも不利な状況をきちんと理解している。

 ポップがここで損得勘定で計算できるようならば、ダイをこの場で奪われたとしても、全滅を何とか免れて仲間だけでも助けることの出来る現状を受け入れ、引き下がるのが得策だと判断しただろう。

 しかし、ポップはそれでも自分の意志を曲げない。
 ダイを決して渡さないと、必死になってダイにしがみつくポップは、理性ではなく感情のままに行動している。

 実際、この時のポップの言葉は感情論以外の何物でもない。
 ポップがダイを連れて行かせたくない理由は、ただ一つ――自分にとって大切な友達を、失いたくないからだ。

 この時、ポップは猛烈な勢いでダイの大切さを主張している。
 ここで注目したいのが、ポップがダイに関して最大に評価しているのが、竜の騎士の力や勇者としての力量ではないことだ。


 ポップの台詞に注目してみると、彼がダイに頼りには思っていても、頼り切っていないのがよく分かる。

『ダイがいなけりゃレオナ姫は死んでた!!
 ダイと戦わなきゃ、クロコダインもヒュンケルも悪党のままだった!!
 そして……そして、おれは……ダイに出会えていなかったら(中略)最低の人間になってたに違いねえんだ!!』

 ポップはダイの存在を重視してはいるが、ダイがレオナを助けたとは解釈していない。同時に、ダイがクロコダイン達、それに自分を改心させてくれたとも思ってはいない。
 ポップにとって、ダイは一方的に助けてくれる存在ではないのだ。

 ヒュンケルがマァムによって自分が救われたと解釈し、彼女を神聖視しているのとは違い、ポップはダイはきっかけを与えてくれた存在だと考えている。

 ダイがいるからこそ、誰もが考え直したり、頑張れるきっかけを貰うことができた――そう考えているからこそ、ポップはダイに執着し、失うことを恐れている。

 ポップは、自分の弱さを自覚している。
 何が正しいのか分かっていても、つい逃げ回ってしまう弱さを持つポップは、長い間それを克服することができなかった。だが、ダイという友達を得たことで、ポップは自分の弱さに向き直ることが出来るようになった。

 真っ直ぐに、勇気を持って戦う強さを持ったダイと出会うことで、ポップは自分が本当は何を望んでいるのか知ることが出来た。

 ダイがそうしているように、自分が正しいと信じるもののために戦うこと――それこそが、ポップの望みだった。小器用に自分の身を守って立ち回ることなど、ポップの本意ではない。

 だけど自分の力に自信を持てず、戦いを恐れて逃げ回ってばかりいたポップは、ダイをきっかけに戦いに立ち向かう勇気を手に入れたのだ。

 自分の望んだままの自分になる――人生において、これ以上の満足感を味わえる生き方はないだろう。

 そして、友達というのは、対等な人間関係の中から生まれるものだ。
 ポップがダイの友達だと自認するのなら、自然、ポップはダイに恥じない行動をとらなければならない。

 その思いは、ポップにとって悪い物ではない。ポップ一人ならば足が竦んで戦えないような時でも、ダイと共にいるのなら、勇気を振り絞ることが出来るのだから。

 ダイと一緒に頑張るのなら、自分の理想とする自分に一歩ずつでも近づいていける……ポップはそう考えていたに違いない。
 ダイを失うのは、ポップにとっては自分の未来そのものを見失うのも、同然だ。

 だからこそ、ポップは命を懸けてでもそれに抵抗せずにはいられない。感情を抑えきれず、自分の気持ちを訴えずにはいられないのだ。

 ポップの感情から発せられた言葉だけに、この訴えかけはバランやダイへの説得にはなっていない。一応はバランへ言い返す形での訴えではあるものの、ヒュンケルがそうしたような説得にはなりきっていない。

 と言うよりも、ポップの発言はバランにダイを連れて行かないでくれとか、考え直せと頼む言葉すら混じってはいない。
 ポップはただ、自分の今の気持ちをそのままぶちまけているだけだ。

 なんの技巧も駆け引きもないポップの言葉は、それが本音であるだけに聞く者に強い印象を残す。

 事実、この言葉に仲間達も感銘を受けたように話に聞き入っている。記憶を失い、人間に無関心になったはずのダイでさえ、このポップの叫びには無視しきれないものを感じているようだ。

 父親の元に行くのも忘れ、自分の中に生まれた感情に戸惑い出しているのは、明らかにこの叫びが原因だろう。

 そして、皮肉なことにバランもまた、ポップのこの叫びを重視している。
 バランは、これまでにレオナ、クロコダイン、ヒュンケルの三者からダイを人間陣営に引き留めたいと言う趣旨の説得を受けている。性格により説得方法に差はあれど、彼らはここまで本音はさらけ出してはいない。

 勇者ダイが必要だから、もしくはバランに考えを改めて欲しいからと、何らかの理由をつけていた。

 人間を滅ぼすためにダイが必要だと言ったバラン同様に、建前を前面に出してダイを人間側に引き留めようとしていたのだ。それらを綺麗事と撥ね付けてきたバランにとって、綺麗事で飾りもしない本音をぶつけてきたのはポップただ一人だった。

 ダイという友達をひたすら求め、引き留めようとするポップに対して、バランは過剰なまでの危機感を抱いている。もはや説得もせず、ポップを殺そうと決意しているのだから相当なものだ。

 ダイの、人間に拘る強い意志に脅威を感じたバランは、ポップのダイに拘る意思の強さに対しても、同じく警戒心を抱いている。

 人間をあれ程嫌っていながら、バランは人間の意思や感情を決して軽視してはいない。バラン自身、自分の復讐心が自分の感情から生まれた意思だと理解しているのだろう。だからこそ、バランにしてみればどうしてもポップを無視しきれない。

 邪魔をしないのなら、見捨ててもよいとは思えない。もはや見逃すことも出来ない、我慢のならない存在として、殺さずにはいられないのである。
 地面が沈み込むほど強く、足を踏みしめながら歩き出したバランの姿に、人間を決して認めようとしない頑なな決意が見て取れる。

 

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