73 勇者一行対バラン戦(12) |
バランに対抗できる戦法を思いつき、戦いの決意を固めたポップは、まず、真っ先にダイを突き飛ばしている。 手段を選ばずに外道に徹してもいいというのならば、この状況ではダイを盾にとってバランと相対するのが一番勝率が高く、比較的安全と思えるのだが、ポップはむしろダイから離れようとしている。 しかも、この突進の際、ポップは杖すら構えていない。魔法使いのポップにとって、杖は最後の打突武器だ。魔法が使えなかったとしても、多少なりとも相手を殴るのに効果を発揮できる。腰の後ろにいつも指している杖を取ろうと思えばできただろうに、ポップは意図的に素手のままで攻撃している。 これは、他人から見ればとてつもない無茶にしか見えまい。 見苦しい特攻――バランは、ポップの攻撃をそう判断している。 無駄と分かっていながら、どこまでも足掻こうとしている魔法使いの少年の勇気を、バランは全く評価していない。人情家のクロコダインと違い、バランはその辺はシビアである。 むしろこれ以上関わりたくないとばかりに、バランはポップを殴ってとどめを刺そうとしている。女性であるレオナに対しては真空魔法で吹き飛ばすにとどめておいたのに、バランはポップに対しては容赦なく仕留めるつもりでいるようだ。 それも、さっきまでのように不必要な大技を使う気配すらない。最小限の攻撃で効率よくポップを葬る気、満々である。……繰り返すが、この冷静で的確な判断を出来る彼の、どこらへんが怒りで我を失っているというのであろう? ところでこの攻撃は、カウンターでさえない。 極端に言ってしまえば、ポップが武器で攻撃してきたとしても武器ごとぶち壊して一撃で肉体を破壊してしまうぐらいの力が、バランにはある。クロコダインの斧やヒュンケルの鎧でさえ砕くぐらいだ、防御力が一般人並の魔法使いに耐えられるはずがない。 誰もが結果の見えた無謀な特攻と見えたポップの攻撃だが、彼はきちんと計算して動いている。ポップにしてみれば、バランの側に接近することこそが最大目的だった。 魔法使いの戦いの基本は、距離を置くことだ。 走りながらマントの留め金を外したポップは、バランの目前でマントを翻して、大きく広げている。 ここでのポップの動きは、なかなか見事だ。 人間の目は急な変化には弱いので、緩急をつけて移動範囲を変化させるこの動きは、さすがのバランであっても捕らえにくかったのだろう。 残りわずかな魔法力と、頭脳をフルに使って接近戦へともちこんだポップの不意打ちは、ものの見事に成功した。 クロコダインやヒュンケルのように、自分にダメージを与える闘気を操る敵に対してはバランは実に慎重だ。しかし、ポップには闘気などかけらもなく、物理的な攻撃力は極めて低いだけに、最初からなめてかかっていたところがある。 当たってもダメージにならないと分かっている攻撃ならば、真剣に避ける気にもならないだろう。それどころか、ヘタに攻撃を仕掛ければポップ自身の方にダメージがでると言ったぐらいだ。そんな考えがどこかにあったからこそバランにしては珍しく、不意打ちを食らってしまったのかもしれない。 ポップは両手の指をフルに使って、相手のこめかみ付近を押さえ込んでいる。かなり不自然な体勢なのにもかかわらず、しっかりと相手の頭を押さえ込めるのは魔法力の働きによるものだ。 ポップの指から魔法力の光が放たれているのを見て、この時点でレオナはポップが使おうとしている呪文に真っ先に気がついている。さすがは賢者の卵と言うべきか。 自分の命と引き替えに相手の息の根を止める、自己犠牲呪文――ポップがその魔法を使おうとしていることに、バランはレオナに一歩遅れてから気がついている。 これは呪文の知識がないからというよりは、なまじ知識がありすぎたのが裏目にでたのだろう。 自己犠牲呪文は本来、僧侶の呪文であり、神の祝福を受けた僧侶の肉体なら、万に一つ蘇生が可能。しかし、それ以外の者がつかったのならば、二度と蘇生はできない――それを知っていたからこそ、バランは魔法使いがこの呪文を使ってくるとは思いもしなかった。 言い換えれば、バランはそれまでポップが本気で死を覚悟しているとは思っていなかったということになる。 この考えがポップだけでなく、他の勇者一行に対してもあったのだとすれば、バランがこれまでの戦いで多少なりとも手を抜いていた理由が分かる。相手が本気でないのだとすれば、いずれは死を恐れて手を引くだろうと考えていた部分がバランにはあった。 しかし、勇者一行の方はポップの覚悟を誰もが軽んじてはいない。 この時のヒュンケルの言葉に、注目してほしい。 バランやラーハルトに対して説得していた時とは全く違い、感情のままに叫んでポップを引き留めようとしている。これはレオナも同じだ。戦いの中でも冷静さを保とうとする二人にしては珍しい取り乱しようは、それだけ彼らがポップを仲間として強く認識しているかを示している。 ポップの読み通りにことが進むのだとすれば、ここで自己犠牲呪文をかけるのは決して悪い手ではない。戦力低下した勇者一行にとっては、またとない逆転の一手とさえ言える。 バランを倒すことが出来れば、ダイを連れ去ろうとする者がいなくなるだけではなく、術者の死亡により封じられたダイの記憶が蘇る可能性もある。 唯一、多少なりとも冷静さを残しているのはクロコダインだ。 ヒュンケルやレオナがポップが無茶な特攻をしかけるのを見るのはこれが初めてだが、クロコダインにとってはこれは二回目に見る光景だ。 命がけでダイを助けに飛び込んで来た少年の決意を、クロコダインは高く評価していた。だからこそ、クロコダインは生半可な呼びかけだけではポップを止められないと知っていた。 彼は、自己犠牲呪文がバランに効かない可能性を示唆して、ポップに考え直すように呼びかけている。ポップを失いたくないと思い、何とか思い直させたいと思う気持ちは、他の二人と変わりはないのである。 しかし、仲間達の声もポップの決意を揺るがせることはない。 クロコダインの質問に答えているようだが、ポップは明らかにバランに向かってもしゃべりかけている。バランの反応を見て、ポップは呪文効果に確信をいだいたのではないだろうか。 自己犠牲呪文が通じないであれば、そもそもポップの腕を振り払う必要すらない。黙って待っていれば、勝手に相手が死んでくれるのだから。しかし、それを嫌うからにはダメージを与えられるはずだと、ポップは読んだ。 その上で、ポップは自分の死がムダ死にではないと言っている。この時の台詞の最後と、クロコダイン戦の時の台詞の最後を見比べてみると非常に興味深い。 『死ぬよりカッコ悪ぃやって……そう思っただけさ……』(クロコダイン戦) 『こ……こんなカッコイイ死に方は他にねえよな……』(バラン戦) どちらの戦いでも、ポップが命を投げだそうとしたのは変わりはない。だが、その理由と決意までの課程において、ポップは大きく成長している。 クロコダイン戦の頃には、カッコ悪いことはしたくないとやっと勇気を振り絞った少年は、今は自分の信じるものを見つけ、そのために戦うことに誇りを感じるまでに成長している。 死を覚悟したポップは、最後の呪文を唱える前に仲間達に別れの言葉を告げている。仲間達の名を呼び、後を頼んだポップはマァムにはうまく言っておいて欲しいと望んでいる。 この台詞に、ポップの仲間達への信頼を見て取れる。 この時、ポップがレオナの名を真っ先に、しかも呼び捨てで呼んでいるのが印象的だ。 普段はあだ名で呼びかけている相手に対して、いざという時に正式な名前で呼びかけるのは、一般的には折り目を正すという意味合いが強い。が、それだけではなくポップがレオナを仲間として認めたからこその呼びかけだと考えるのは、うがち過ぎだろうか? そして、最後にポップが目をやったのはダイだ。 逃げもせず、バンダナを握り占めたまま震えて立ち竦んでいるダイは、ポップの呼びかけに返事をしてはくれない。当惑したように自分を見つめるダイを見て、ポップは辛そうに一度、目を逸らしている。 記憶を失い、自分に対して反応を見せないダイの存在は、ポップにとっては見ているだけでも辛いものがあるようだ。 『……おれが死ぬところを見ても、まだ、とぼけたツラしてやがったら……うらむぜ……』 言葉だけを聞いたのならダイへの恨み言に聞こえなくもないが、これは素直じゃないポップの最後の強がりだ。 ポップが本当に言いたいのには、文句ではない。 ダイを守るという強い決意を優先させたせいで、ダイ本人に訴えかける機会がなかったポップが、最後に本音を強がりの中に包みこんで言った言葉だ。 『……あばよ……、ダイ……。おまえといろいろあったけど……楽しかったぜ……。 注目してほしいのは、台詞の前半だ。ダイとポップの旅はこれまでの解析でも考察してきたように、ピンチの連続である。それこそ綱渡りのようにギリギリの命のやりとりの結果、偶然的に勝ち残ってきたような激戦続きだった。 だが、それをポップは『楽しかった』と表現している。傍目から見てどうであれ、ポップにとってダイとの一緒の旅は、その言葉通りに楽しいものだったのだろう。 この時、すでにポップは全てを諦めているのだ。今後のことはもう仲間に託したポップは、ダイの記憶が戻すために努力してもいないし、期待もしていない。 この先への期待を一切持たず、ポップは自らの意思で自己犠牲呪文を唱えている。ダイ大屈指の、名シーンだ。 |