74 メルルの予知夢 |
さて、ここで少しだけ時を戻したい。 ポップが黒くて巨大な影のような相手に一人突進していき、返り討ちにでもあったのか、胸元に大怪我を負うと言う夢だ。この時の怪我や血飛沫もいやにリアルだったりするが、もっと注目したいのは謎の影のシルエットが竜魔人化したバランに酷似している点だ。 それに、ポップが負った怪我がどう見ても致命傷なことも、現実の光景と重なっている。 地下室でずっと気絶していたメルルは、当然のことながらバランの姿が変化した事実を知らないし、ポップが無謀な特攻をしかけていることも知らない。にも関わらず、彼の本質を感じ取れる辺りに彼女の優れた占い師としての資質が見て取れる。 同じ時、ナバラが全く予知を感じていなかったことを考えると、やはりメルルの方が能力が優れているようだ。 悲鳴を上げて目を覚ましたメルルは、自分が見た夢の生々しさに驚き、ショックを受けている。また、ひどく疲れた様子で息も荒い。 自分のすぐ隣に祖母のナバラがいるのだが、彼女の手当をするよりも、また、本来の役目だったはずのダイの見張りについて気にするよりも早く、ポップの様子を確かめにまず地上へと向かっている。 本人は無意識だろうが、これは大いなる彼女の成長だ。 よく言うのならば、祖母思い。悪く言うのならば、メルルはナバラの顔色をうかがっている傾向があった。 そのいい例が、ベンガーナでの祖母と孫の対立だ。メルルの他人を助けたいという主張は、その助けたい第三者へ向けられた演説ではない。明らかに、ナバラへと向けられた反対意見だ。 反抗期を迎えた子供が、真っ先に親へとその矛先を向けるように、メルルの反抗心もナバラへと向けられたわけだ。 これは、特に珍しい傾向とは言えない。 自分の能力に対して引け目を感じている彼女は、自分と同じ能力を持ちながらそれを現実的に活用しているナバラに対して、尊敬と同時に一種のコンプレックスを抱えていたとしても不思議はない。 メルルにとってナバラは単に祖母というだけではなく、自分の職業の偉大な先輩でもあり、乗り越えられない壁でもあるのだ。それを意識するなと言う方が、無理だろう。 しかし、ポップと出会って以来、メルルは明らかに祖母の保護下から脱しかけている。 親よりも友達や気になる異性の方が気になるようになり、自分の考えたままに動く――占い師の祖母の影に隠れ、望む望まざると無関係に見えてしまう未来に怯えていただけの少女が、自分の意思で動き始めたのだ。その点は、大いに評価されるべきだろう。 しかし、メルルがテラン城の門をくぐった時には、すでにポップが自己犠牲呪文を唱えた直後だった。 ベンガーナデパートでドラゴンの存在を感知した時もそうだったが、メルルの能力は予知と言うよりも実際に周囲にある大きなエネルギーの流れを感知しているのかも知れない。 そう考えてみると、メルルの能力は予知と言うよりは現段階での敵対勢力をいち早く察知する、高性能のレーダーと捕らえた方がいいのかもしれない。 危険を明確に察知できることと、それを他者へ説得力のある言葉で語ることができる能力は、全くの別物だ。 ベンガーナデパートの時は、メルルは接近する邪悪な存在を感知したものの、それが実際に周囲にどんな被害を与えるかまで具体的に察した様子はないし、第三者に向かって被害をアピールして避難を促すこともできなかった。 意識のある時のメルルは、邪悪な存在を察知するだけで怯えを感じてしまい、それを他人に伝えるだけで精一杯という印象を受ける。 実際に、後期にメルルが危険を漠然と予知しながらも、確信を持てなかったせいであやふやにしか予言できなかったことがあったし、イメージを具体化させる作業は彼女には不得手なのかも知れない。 そう考えてみると、メルルの場合は意識がない時の方が、予知能力がよい方向にく可能性がある。 元々、夢自体が人間が無意識下で行う情報の再確認作業だ。 しかし、残念なことに、彼女の会心の予知とも言うべきこの具体的な予知は全く役には立たなかった。手遅れになってからメルルが仲間達と合流したことせいもあり、物語上ではメルルがこの予知を他人に語ったかどうかさえ全く触れられていない。 これは、非常に残念な上に勿体ない話だと思う。個人的には、彼女がこの予知を誰かに語るシーンを見てみたかったものだ。 |