76 ダイ対バラン戦2(1)

 ポップが自己犠牲呪文を唱えた後、凄まじい爆風が吹き荒れている中でダイを初めとする勇者一行らはポップのことばかりに気を取られている。

 あれ程戻って欲しいと願っていたはずのダイの記憶が取り戻されたことに気がつきながらも、誰もそれを喜ぶ余裕すらない。ポップの死のショックが、レオナ、ヒュンケル、クロコダインを強く打ちのめしているのが有り有りと見て取れる。

 彼らに比べれば、ダイの方が憔悴の度合いが低いように思える具合だ。
 だが、これはポップへの思い入れや悲しみの温度差があるせいではなく、『死』に対する認識の速度差ゆえだろう。

 人間の心は、急激な変化に即座に対応できるようには出来てはいない。
 大きな衝撃を伴う事実を受け入れるためには、ある程度の時間やクッションを必要とする物だ。

 例えば同じように家族を失ったとしても、年老いて病気がちの老人の病死を迎えるのと元気な者が突然事故死するのでは、衝撃の度合いが違ってくる。

 今回の場合で言えば、レオナ、ヒュンケル、クロコダインには死への覚悟があった。敵の強大さを強く意識し、自分達よりも遙かに格上の敵と戦うに当たって彼らは少なからず死を意識していた。

 自分が死ぬかもしれないという恐怖だけではなく、仲間を失う恐怖も想定していたのならば、彼らには程度の差はあれど覚悟は出来ていたということだ。
 だからこそ、彼らは爆風が鎮まりかえった後はすでにポップの死を受け入れ、悲しみに打ちのめされている。

 しかし、ダイにはその覚悟を固める時間が無かった。
 記憶を失っていたダイは、自分が何を失おうとしているのかまるで理解していなかったのだ、覚悟も固められるはずもない。

 通常、人間の精神は大きな衝撃を受けた時、第一段階としてまずは否認しようとする。身近な人の死のような場合、大切な存在を失ったことを理解しきれず、それを現実と認めるのに拒否反応を示す。

 だが、それが現実だと思い知ってから第二段階として悲しみや衝撃に襲われる。
 この時、レオナ達がすでに第二段階に達しているのに対し、ダイはまだ目の前で起こった事実を受け入れ切れていないのだろう。

 ついさっきまでポップがいたはずの場所に大きく穿たれたクレーター状の穴を、見るのも辛いとばかりに目を伏せたり目を閉じているレオナ達と違い、ダイはひたすら凝視している。

 何が起こったか見定めようとして周囲の様子に気を配っているダイは、一同の中で唯一、異変に気がついている。どこからか聞こえてくる奇妙な音に、不自然な煙の流れ――それが上空から来るものだと感じ取ったダイは、空を見上げて驚愕する。

 空にいたのは何事もなかったかのように浮かんでいるバランが、そこにはいた。この時、バランはすでに死亡したポップの襟首を掴んでぶら下げている。
 これは、よく考えるとおかしな話である。

 バラン自身がクロコダインの質問を受ける形で説明しているが、自己犠牲呪文を受けたバランは、爆破の瞬間にポップの指の力が緩まった隙に上空に飛ぶ勢いを利用してポップを振り解いた。

 この説明の通りであれば、バランは一度は振り払った敵の身体をわざわざ空中で確保したことになる。

 しかも、自己犠牲呪文は成功不成功に問わず確実に命を落とす呪文だ。自己犠牲呪文についてこれだけ詳しい知識を持つバランがそれを知らないはずもないし、そもそもバランにとってはポップは最初から敵であり、助けたいと思う義理すらない。

 つまり、バランにポップを助けるつもりがあったとは考えにくい。
 むしろ、バランの行動はポップを貶めてさえいる。なぜわざわざポップの死体を確保しておきながら、『犬死にだ』との言葉まで添えて、全員の前でゴミのように地面に投げ落とすという非道な真似を見せつけたのか。

 この時のバランが、怒り狂っているのならば話は分かりやすい。
 自分に対する攻撃の腹いせとして、死んでいると分かっていてもポップやその仲間に対して報復したいと考えたのならば、どんな非道な真似をしてもおかしくはない。

 しかし、この時のバランはひどく冷静だ。
 クロコダインやヒュンケルの怒りを見ても、激昂したゴメちゃんが泣きながらバランに飛びかかり、弱いながらも必死の攻撃をしかけている時も、ほぼ反応を見せていない。

 これは、バランの今までの流儀からみれば、明らかに異質だ。
 これまでバランは、よかれ悪しかれ相手の質問や言葉に対して自分なりの返答をしてきた。不必要ではないかと思うほど、自分に不利な事実まできちんと説明する辺りに、彼の生真面目さが窺えた。

 しかし、この時のバランは周囲の反応を無視している。
 なによりも注目すべきは、その次のバランの行動だ。
 自分にまとわりつくゴメちゃんを邪魔だとポップの側へと吹っ飛ばし、額の竜の紋章から光線を発しようとしている。

 だが、この行動はどう見たって不自然だ。
 この時点では、ゴメちゃんは非力なスライムにすぎない。いくら空を飛ぶ珍しい希少種とは言え最弱の怪物であるスライムを殺すために、わざわざ払いのけてからとどめを刺すなど二度手間をかける必要など全くない。その気になれば、捕まえて一瞬で握りつぶせただろう。

 わざわざそこまで大袈裟な真似を取った理由は、ただ一つ――バランの一連の行動は、ダイの精神状態を確かめるためだったと考えれば、しっくりいく。

 実際、バランの蛮行に耐えきれなかったのか、ダイはここで動いた。
 バランの攻撃がゴメちゃんに当たる寸前、ダイは背中でその攻撃を受けて庇っている。

 本来ならこの紋章閃の技は鎧を貫く威力があるはずなのだが、ダイの場合は服が焦げただけで皮膚自体には傷一つついていない。この時、ダイの額には竜の紋章が浮いている状態なだけに竜闘気を使ったのだろうが、バランがある程度手加減して攻撃を放っていた可能性が大いにある。

 強引極まりないが、それでもバランは息子を肉体的に傷つけたいとは思ってはいないのだから。 
 彼の思惑はどこまでも、息子を取り戻したいという一念に集約されている。

 あの爆撃の最中、レオナ達がダイの叫びを聞きのがなかったように、バランもまたダイの叫びを聞いていたのだろう。その時点で、記憶が戻ったことは察していたはずだ。

 その証拠に、バランはダイがポップやゴメちゃんを『オレの仲間』と呼んだのを聞いても、驚いた様子も見せていない。

 ダイが記憶を取り戻したかどうか、そしてまだ人間に味方する意思を持っているかどうかを確認するため、バランは手っ取り早い手段としてポップの死体を利用した……そう考えた方がよさそうだ。

 このやり方から、バランの目的のためには手段を選ばない非情さと、どこまでも息子に拘る執念じみた愛情が感じ取れる。

 しかし、その気持ちが強すぎるせいで、バランは息子の自由意思までも干渉してしまっている。ダイがポップの死を嘆き、人間に思いを寄せることさえバランは許しはしなかった。

 むしろダイが人間に惹かれることが許せないとばかりに、人間をゴミ呼ばわりし、覚えている価値もないとまで言っている。
 つい先程、無垢な子供に戻った我が子を取り戻す寸前だっただけに、バランにはダイを諦めるという選択肢はない。

 一番最初にダイに会った時のように説得しようともしていないし、記憶喪失になったダイに対してそうしたように、優しさを持って接しようともせず、バランは竜の騎士としての力を最大限に使ってダイを支配下におさめるようとしている。

 なまじ、つい先程までのダイが素直で、バランの価値観をそのまま受け入れる理想的な息子だっただけに、彼の攻撃には容赦がない。

 再びダイに紋章の共鳴による精神攻撃を仕掛けるバランは、明らかに一回目の攻撃の時よりも威力を強めている。最悪の場合、ダイの精神が破壊される可能性を示唆しつつも、手を緩める様子もない。

 そんなバランを見てヒュンケルが鬼だと評しているが、まさにその通りと言える。

 

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