78 ダイ対バラン戦2(3)

 

 ダイの持つ竜の紋章が額から拳へと移ったのを目撃して、一番動揺を見せているのは他ならぬバランだ。

 ダイの攻撃がまともに当たった衝撃以上に、紋章が位置を変えて発動したことにショックを受け、絶対に有り得ないと否定しているぐらいだ。が、そこまで驚愕を感じながらも、現実を素早く受け入れられるのがバランの長所というものか。

 絶対に有り得ないと言っておきながら、バランの思考の立ち直りは早い。ダイが通常の竜の騎士では有り得ない現象を実現させている事実をそのまま受け入れ、その原因が何なのか思考を巡らせてさえいる。

 しかし、この現象を即座に人間の……ソアラの血が起こした奇跡と断じるのは、ある意味で贔屓目がすぎるのではないかと思えるのだが。

 今まで竜の騎士が、自力で紋章の場所を変えた記録がないとは言っても、そもそも常に一人しか存在しない竜の騎士は、同族の精神支配という攻撃に備える必要すらなかっただけかもしれない。

 それに、以前受けた攻撃を記憶し、次回に同じ攻撃を受けた時にはその対抗策を練ろうとするのは竜の紋章の特質そのものなのだが。
 しかし、バランの動揺ぶりから考えると、竜の紋章は竜の騎士にとって、ただの記憶伝承のためのものではないのだろう。

 神の絶対を信じる信者が、信仰の対象となる存在を神聖視するのと同じように、竜の騎士にとっても紋章は特別な存在にあたるのかもしれない。つまり、そうできるだけの力があったとしても、心理的な禁忌感から手出しをしないことはありうるだろう。

 だが、人間の血を引いた不完全な竜の騎士であるダイには、そもそも竜の騎士として本来持っているであろう知識や信仰心、禁忌の意識は薄そうだ。

 信者にとっては神聖な十字架も、信仰心を持たない人間にとってはただの変な形の棒と感じるように、ダイにとって紋章は特別に神聖なものではなく、戦うための武器と割り切っているところがありそうだ。

 ダイは、バランと違って紋章の位置が移動したことなど気にもとめていない。

 この現象をもっとも冷静に分析しているのは、ヒュンケルである。
 戦いに特化した分析力を持つヒュンケルは、バランの様子も考慮に入れて独自に竜の騎士の紋章についてずいぶんと詳細な分析をしている。

 それにしてもヒュンケルのこの思考の早さには、彼のダイへの関心の深さが窺える。

 クロコダインもそうだが、ヒュンケルもまた、ダイに敗北した。
 が、クロコダインがダイの正体についてほぼ気にしていなかったのに対し、ヒュンケルはダイの正体や力の源への疑問をずっと抱いていたに違いない。

 ダイが何者なのか、また、あの紋章はどういうものなのか、普段からよほど拘って考えていなければ、いざという時にすぐに思考がまとまるものではない。

 この時のヒュンケルは、ダイが竜の紋章の力を人間の心で抑えつけ、支配したと推理している。
 この推理に、ヒュンケルの願望というか理想が垣間見えるのが面白い。

 ダイとヒュンケルは、アバンの教えと技を受け継いだと言う意味では同類だが、ダイにはヒュンケルにはない不思議な力を備えている。それが、人外の力だとはダイをよく知らない者でも察することは出来る。

 しかし、ヒュンケルはダイの力の源を、竜の紋章の力――未知の力に寄るものだとはと解釈してはいない。ヒュンケルは、決してダイの持つ潜在的な力に敗北したとは思っていないし、そう望んでもいない。

 ヒュンケルの中に根深く存在するのは、人間への強い憧れだ。
 魔族が生まれ持つ強大な力よりも、人間の心の方が強く、尊いものだとヒュンケルは信じたいのである。

 このヒュンケルの推理は、バランの推理と見事に重なっている。つまり、バランもまたヒュンケルと同じように、人間の心を賛美する心を供えているのである。

 拳に紋章を輝かせているダイを見て、バランが心の中でこう問いかけるシーンがあるのが印象深い。

『ソ……ソアラよ! おまえまでが……私が間違っているというのか……!?』

 あれだけ強引に自分の意思を息子に押しつけていたバランが、動揺を感じているのがよく分かる。

 この時になってから、バランはダイの反抗が子供のわがままではなく、本心からの拒絶だとやっと理解しているのである。それだけではなく、死んだソアラまでもがダイに同意している様に感じているのだから、相当に動揺していると言っていい。

 言うまでもないことだが、すでに死亡しているソアラがバランの行動の是非に発言するはずもない。なのに、ダイの言動にソアラの意思が働いているように見てしまうのは、明らかにバランの心情によるものだ。

 だが、いくらバランがダイにソアラの姿を重ねて見つめようとも、ダイはソアラではない。
 怒りに燃えたダイの言動に対しての、バランの反応に注意して欲しい。

ダイ『……覚悟しろ、バラン……!!』

バラン『なっ、なにィッ!?』

 この時、バランはひどく驚いた様子を見せている。だが、本来ならこれは驚くような発言ではない。
 大切で身近な存在を殺された者が、その怒りを殺害者へとぶつけようとするのは、ごくあたりまえの話だ。

 しかし、この時のバランはダイからなぜ敵意を向けられるか分からないとばかりに、問い返してさえいる。
 戦いの中で部下の死や変心すら平然と受け止めた男が、息子からの敵意を受け止めきれていないのだ。

 というよりも、息子を通して見えるソアラへの幻想から抜けきれていないと言った方がいいのかもしれない。

 ダイの抵抗にさえソアラの影を感じ取りたいと願っているバランは、無意識だろうが息子に妻の面影を求めている。バランは、ダイの発言にソアラの意思が宿っていると思いたい――だが、実際のダイはソアラを連想させるどころか、バランをぶちのめすとさえ宣言している。

 生意気な口をきくなと、バランが激昂して殴りかかるのも無理はない。
 息子とはソアラを強く意識させる存在だったのに、これでは逆にソアラのイメージを大幅に損ねてしまう。力尽くでも止めたいが、それでもやはりダイはソアラの忘れ形見でもある。

 手加減しながらのダイへの攻撃は、感情任せでかなり雑なものだ。
 悲しみの感情を怒りへと変えているダイとは、集中力が段違いだ。ダイは大ぶりに殴ってくるバランの腕を、実に冷静に捉えている。

 相手が殴りかかってくる方向に逆らわず、内側から巻き込むような形で相手の手首を掴み、その動きを止めている。

 余談だが、これは殴りかかってくる暴漢からの護身術の方法に近い。
 殴りかかろうとする手をそのまま掴み、自分の懐に引っ張り込む形で相手の姿勢を崩させるというのは、自分よりも力の強い相手に対しても有効な戦法だ。

 が、ここでバランは足で蹴ってダイを逆に吹っ飛ばしている。力や体格の差が、各段に違うから出来る技だ。
 しかし、この蹴りはかなり手加減したものだ。

 攻撃のための蹴りではなく、相手を遠ざけるための攻撃であったことは明らかだろう。なにしろ、ダイは蹴られても空中で見事にとんぼを切って、足から着地をするという余裕をみせているのだから。

 間髪入れずに再び殴りかかってくるダイに対して、バランが取ったのは竜闘気を張り巡らせての防御だ。しかも、この時の防御の姿勢は両手を自分の前で交差させているという形で、防御力は増しているかも知れないがその分攻撃に転じるのは難しそうな姿勢である。

 思い通りにならないダイへの怒りを感じつつも、それでもまだこの時のバランは、息子と本気で戦う気まではない。極力自分を抑え、息子へのダメージを最低限に抑えようとしているのである。

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