79 ダイ対バラン戦2(4)

 

 防御の姿勢を見せるバランに、ダイは手加減抜きで全力攻撃をしかけている。バランの防御の手をかいくぐって彼の腹を狙っての一撃は、とんでもない破壊力を見せている。

 なにしろ、ダイの攻撃の余波が森を貫き、木や地面をえぐり取って一本道を作ってしまうという凄まじさだ。

 爆弾並みとも言える恐るべきこの破壊力は、今までのダイのパンチとは比べものにならない威力だ。この力はさすがのバランにも有効で、竜闘気を貫いてバランに直接のダメージを与えている。

 攻撃と防御を比べる単純な力比べで、ダイはバランの優位に立った。
 その事実を見て、クロコダインは単純に喜んでいるが、ヒュンケルは煮え切らない様子で心配そうに彼らの戦いを見つめている。
 ヒュンケルは、おそらく気がついていたのだろう。

 力比べに勝ったからと言って、ダイの方がバランより強いわけではない事実に。今、ダイの攻撃がバランの防御を上回れたのは、力を絞り込むコツを身につけただけにすぎない。

 ホースで水を出す際、放出口を絞れば絞るほど強い勢いで水を出せるように、ダイも自分の力を一点に集中させることで、相手により強いダメージを与えることに成功している。

 だが、それは絶対的な差を生み出しているわけではない。その証拠に、バランはダイの攻撃の直後にすぐ反撃している。この時、バランは手を開いたままでの攻撃を仕掛けている。

 バランの場合、竜魔人化に伴って爪が武器のように鋭く尖っているので、素手のままでも十分な殺傷力がありそうだ。実際、ダイは余裕を持ってその手を避けているにもかかわらず、着ていた服が風圧だけで裂けている。

 もし、ダイに当たったのならただでは済まなかっただろうが――バランのこの一撃は、脅しの可能性が高かったのではないかと思える。

 事実、この直後にバランは紋章閃を放つと、ダイに脅しをかけている。それもわざわざ溜めの時間を取り、全開で打てば山を砕く威力がある必要以上にその破壊力をアピールしているのだから、どう見ても脅しだ。

 脅して相手を怯ませ、ダメージを最小限に抑えて取り押さえる……つまり、この期に及んでもまだ、バランはダイを力尽くで連れていく望みを捨てていないのである。

 だが、そんな脅しにダイはびくともしない。
 全く怯む様子もなく、片手だけでバランの紋章閃を払いのけている。余談だが、軽く払われただけに見えるこの光弾は、先程のダイの全力の攻撃と同じように森の木々を薙ぎ払い、地面を抉って道を作るだけの威力があった。

 しかし、これ程の威力がありながら、この攻撃はバランにとって本気ではない。
 それを一番感じ取っているのは、バランと対決しているダイ自身だ。

 この手加減に対して、ダイは本気で腹を立てている。自分の本気を、相手に認めさせたい――その気持ちが何よりも強いのだろう。
 実際に、戦いに専念するつもりでいるのなら、バランが無意識に抱いている息子への侮りは好都合のはずだ。

 バラン本人が発言した、子供が親に勝てるはずがない……その考えがバランにある限り、彼はダイと本気で戦うまい。これ程の強敵が本気にならないまま戦ってくれるのなら、それは僥倖というものだ。

 言っては何だが、その思い込みや油断につけ込んで隙を突き、逆転を狙うのがダイにとってもっとも勝率の高い戦法だ。

 だが、この時のダイは冷静な計算など出来る状態ではないし、怒りの全てを相手にぶつけずにはいられない心境だった。もしかすると、その怒りの中には一人だけ安全圏で保護されてきた自分自身への怒りも含まれているのかも知れない。

『ポップや……みんなにはできて、おれにはできないのかあッ!!』

 バランに向かってそう叫ぶダイは、まるで自ら罰を望んでいるかのようだ。記憶が戻ったダイは、バランが容赦のない攻撃を仲間達に与えたことを理解してる。

 それに比べれば、ダイへの攻撃は十分に手加減したものだった。実力が桁違いだったため大きなダメージを受けたとはいえ、バランが息子に最大限気をつかってはいたことは間違いない。

 しかし、その手加減こそ、ダイにとっては我慢のならないものだ。
 ダイにとって、この戦いはポップの弔い合戦だ。決して手を抜いていい戦いではない。

 自分に代わって傷ついた仲間達の分まで戦い、相手をぶちのめさなければ気が済まないと考えている。

 アバンの敵討ちに拘ったヒュンケルが執拗にダイとの技量の違いを見せつけようとしたように、ダイもまた、バランの本気を引きずり出して勝たなければ意味がないと考えているのである。

 が、これはダイの考えだ。
 ダイにとっては譲れないこの思考は、バランにとっては腹立たしいにもほどがある。

 なんと言っても、ダイはバランの息子……しかも、まだたった12才の子供だ。文字通り、親子ほども年齢の離れた子供に互角の勝負を挑まれたのを笑い流せる肝要さは、バランにはない。

 プライドが傷つけられ、本気で腹を立てている様子が見て取れる。
 人間もそうだが、動物には同種族の子供に対しては寛容性を見せる種族が多い。動物の子供で幼児期には親とは全く違う毛色を見せる種類は、親や周囲の同族が幼体の間には保護意識を見せる例が多い。

 しかし、子供が成長してくると、保護者だったはずの同族は態度を変える。同性の場合、相手を子供としてではなく、同族の『敵』と見なすようになるのである。

 自分の縄張りを守るため、子供の域から脱した相手はたとえ我が子であっても本気で戦うのが、野生の掟だ。
 この時のバランも、その掟に近い行動を取っている。

 ダイの生意気な言動に本気で腹を立てたバランは、今度こそぶち切れた。額の紋章を光らせ、全身から竜闘気を漲らせた彼は、もはやダイに何も言おうとはしていない。

 ダイやダイの仲間達に対して、極力被害を避けようとしていた時にはうるさいほど警告していたのだが、本気で戦うと決めた途端、彼が無言になったのに注目して欲しい。

 彼は、ダイを我が子どころか子供扱いするのを辞めた。そうなってしまえば、目の前にいるのは自分に牙をむく敵にすぎない。自分の存在意義をかけて、全力で戦い、排除すべき相手として認識したのだ。

 そして、その本気さをダイも敏感に感じ取っているのか、彼も無言のまま竜闘気を高めている。

 皮肉な話ではあるが、本気で敵対し始めたこの時こそ、彼らはそっくり同じ行動を取っている。
 十分に気合いを高めてから殴りかかるタイミングなど、まるで打ち合わせでもし抜いたかのように、息がぴったりである。

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