80 ダイ対バラン戦2(5)

 

 ダイとバラン、二人の激突は凄まじい爆発を巻き起こしている。
 これはおそらく互いの竜闘気がぶつかり合い、反発することで巻き起こったのだと思われる。

 一瞬で大きなクレーターを作った激突の後、二人の姿が消えたことに仲間達は驚いているが、ヒュンケルだけは冷静に上だと指摘している。

 これはヒュンケルの視力が優れているせいか、それとも彼が戦いにおける抜群の推理力を発揮して居場所を当てたのかは不明だが、この時、ダイとバランが空中高くにいたことは事実だ。

 しかも、ダイの方が上にいる。
 しかし、この位置取りが完全にダイの意思によるものだったとは明言しにくい。

 独楽同士がぶつかり合った場合、勢いが弱い方や軽い方こそが遠くにはね飛ばされる。それと同じようにダイとバランの激突の際、軽量のダイの方が高い位置まで吹き飛ばされたのだとしても、不思議はない。

 それとも高い位置の方が有利と判断し、自分自身の意思で飛び上がったのか……だがどちらにせよ、この時のダイが飛翔呪文を使いこなしていることに注目したい。

 これまではダイが高い位置に飛び上がったり、逆に落下する時は、本人の自前の体力と運動神経で行っている行動なのか、それとも無意識に飛翔呪文を織り交ぜているのか、判断しかねた。

 だが、この戦いの中でダイは明らかに空中にとどまって停止したり、そこから急加速したりという動きを身につけている。

 まず、ダイは上の位置からバランへ、思いっきり殴りかかっている。重力も利用しての攻撃でバランを岩壁に叩きつけたダイは、飛翔呪文の加速に加えて拳に力を込めてすかさず追撃をかけた。

 バランの腹に打ち込んだ重い一撃は、さすがの彼にもダメージを与えたらしく、血を吐くほどのダメージを見せている。

 これを見てクロコダインがダイの有利を素直に喜んでいるのに対して、ヒュンケルは『まずい』と危機意識を見せている。戦いに関してはヒュンケルの洞察力は他のメンバーを引き離して抜きんでているが、その予測は正しかった。

 この直後、バランは反撃に打って出るのだが、その行動には迷いも手加減もありはしない。

 ダイの頭を鷲掴んで岩壁に叩きつけ、そのまま力ずくで押しつけ続けると言うとんでもない荒技を披露している。通常の人間ならば、そんな真似をされてば即座に頭が砕けてしまうだろうが、そこは竜の騎士の頑丈さと言うべきかなのか、ダイの場合は逆に岩壁の方が削れているのだから、途方もない防御力である。

 もっとも、さすがに頭で岩を削られる様な真似をされればダイでさえ痛みを感じているのか悲鳴を上げているが、バランが息子の苦痛の声に心を動かされた様子はない。

 彼はそのままダイを岩壁に押しつけつつ上空に一度舞い上がり、鋭い急回転で舞い戻ってダイをテラン城の壁に埋め込むように叩きつけている。その威力と来たら、壁の一部どころか尖塔まで崩している有様だ。

 城内にいても伝わってくる凄まじい戦いぶりに、テラン王や兵士達が怯えを見せているが、ここで真に恐れるべきなのはバランの冷静さだろう。
 これら一連の攻撃を見せる際、バランはひどく冷静だ。

 特にダイをテラン城の外壁に叩き混んだ後は、落ち着き払っていると行っていい態度で下を見下ろしている。

 あまりにも暴力的な攻撃なだけに、一見、怒りのままに力任せに暴れているだけのように見えるが、筆者はバランの――と言うよりは、竜の騎士の持つ戦いへの的確な判断力を評価したい。

 バランのこれらの攻撃には、感情任せの鬱憤晴らしの要素がない。
 例えばフレイザードやガルダンディーのように、人間を痛めつけることを好む余り、必要以上のダメージを与えて楽しんでいるという様子は全く見られない。

 代わりに感じられるのは、ダイを強敵と見定めて最大にして効果的な攻撃を仕掛けようとしてる、冷徹なまでの判断力だ。

 ダイと殴り合ったバランは、竜の紋章を拳に映したダイの方が一撃の攻撃力が上回っていることを悟った。つまり、接近戦でダイを戦うのは不利と断じたのだ。

 ならば、距離を取ってから呪文攻撃を仕掛けるのが常套手段だが、離脱の際に相手の抵抗力を削ごうとバランは考えたに違いない。

 ダイの頭を岩山に押しつけようが、そのまま岩山を削ろうが、決定的なダメージにならないことは、バランも承知していただろう。だが、いかに竜闘気で守られていようとも、頭はほぼ感覚器が集中した敏感な部分だ。そこに攻撃を受ければ、いくら何でもただでは済まない。

 決定的なダメージにはならなくても、目眩を誘う程度の目くらましにはなる……バランがそう考えていたとすれば、一度急上昇してから相手を叩きつけるのも納得がいく。

 なにより、バランはダイをテラン城へと叩きつけている。
 おそらく、これは偶然ではあるまい。

 テランは自然豊かで山に囲まれた国なだけに、付近に岩山がゴロゴロしている。実際にすぐ寸前に、バラン自身もダイの手によって岩山に叩きつけられているのだ、その仕返しをするつもりならば自分も同じことができたはずだ。

 相手にダメージを与えるのが目的ならば、人間の手で作られた城壁に叩きつけるよりも、自然そのままの岩山に叩きつけた方がダメージが大きい。

 ダイの頑丈さを考えれば、城壁など積み木細工のようなものだ。すぐに崩れるのでダメージは薄くとも、なまじ壊れやすいだけに瓦礫が動きを阻害し、一時的にも相手を止めることはできる。

 実際にダイは瓦礫に埋もれはしたし、よろめきはしたものの、すぐに起き上がってきている。
 だが、バランはそこまで計算済みだったのだろう。

 ダイが一時的とは言えめまいを起こし、動きが鈍る……その隙に自分の最大呪文を放つ――そこまで読み切って、迷いなく行動できるバランの冷静さには恐れ入る。

 ヒュンケルが指摘しているが、バランにはすでに息子やかつての仲間への手加減の意識などなくしている。
 これまでがダイの気を変えさせるための戦いだったとすれば、この時のバランは完全にダイを殺すつもりで戦いに挑んでいる。

 戦いには冷静だが、感情的な面ではバランは完全に自暴自棄になっているとも言える。

 バラン本来の望みは、息子を取り戻すことで妻を失った悲しみを補完することだったはずなのに、思い通りにならない息子に焦れる余り、彼は完全に我を失った。

 妻と息子を半ば同一視していたバランにとって、息子からの拒絶は妻からの拒絶と等しい。それだけは受け入れられないバランは、自分を拒絶する対象を滅することで妻との思い出だけは守ろうと考えたのではないだろうか。

 彼がソアラに対する拘りを捨てきれていないことは、ドルオーラの呪文を唱えようとした時の台詞からも窺える。

『……燃え尽きろ! この国と共に!!』

 ダイを殺すという目的を遂げると共に、妻が亡くなった時の再現を求めるバランの心の奥底には、やはりソアラの姿が色濃く残っている。
 狂気にも似た愛にここまで振り回されながら、戦いにはどこまでも冷静に、理性的な判断が下せる……その矛盾が、バランの戦いの姿勢の本質だ。

 どんなに感情的になったとしても、戦いにおいてはどこまでも冷徹に、もっとも目的に沿った行動を迷うことなく取ることができる……それが竜の騎士の特質だとしたら、気の毒としか言いようがない。
 神も、ずいぶんと酷な運命を竜の騎士に授けたものである。

81に進む
79に戻る
八章目次4に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system