81 ダイ対バラン戦2(6)

 

 バランがドルオーラを放とうとしている時、ダイは不思議なぐらいその危機に気がつくのが遅れている。城壁に叩きこまれてダメージを受け、さらには運悪くバランに背を向けていたという前提を差し引いて考えても反応が鈍い。

 その点、周囲で見物しているレオナ達の方が、呪文の特異性や恐ろしさに早くから気がついている。

 それは、レオナ達がこの呪文を見るのが二度目だというのも関係しているだろう。途中で放つのをやめたとは言え、レオナ達はバランがドルオーラを放つ寸前までは一度は見ているのだから。

 その経験があるせいか、全員の分析や観察力のレベルが非常に高い。
 エネルギー量の凄まじさを感じ取っているクロコダインや、ドルオーラが竜闘気を圧縮して打ち出す呪文だと見抜いているヒュンケルは言うまでもなく、メルルまでもが術を放つバランの独特の手の形にまで注目している。

 ヒュンケルによけろとアドバイスされてから、ダイは咄嗟に瞬間移動呪文でその場から逃げ出している。

 この時ダイは、バランのいる空へと飛び上がっている。バランから遠ざかる方向に飛ぶのではなく、向かって左の方角に斜めに飛び上がるように移動しているダイは、やはり優れた戦闘センスの持ち主だと言える。

 人間はそもそも、逃げろと言われても咄嗟に逃げ出せるものではない。大半の人間は呼びかけに驚き、まずは状況を把握しようとするだろう。
 余談だが、この状況把握にかける時間というのが曲者だ。

 現実でも道路で道を歩いている際、クラクションなり危ないと言う呼びかけの言葉がかかった場合、大半の人間は避けるよりも先に、その場に立ち止まって後ろを振り向こうとする。危険を避けるどころか、真逆の行動を取っているのである。

 平和な世界だからいいようなものの、戦地でこんな悠長な行動を取っていたのならば、命が幾つあっても足りない。

 兵士などの基礎訓練では、危険だと判断する音が聞こえた瞬間に伏せる、もしくは遮蔽物に身を隠すという訓練を徹底的に受ける。まずは身の安全を確保し、状況把握はその後で行うという発想だ。

 ダイは無意識だろうが、この発想がすでに身に染みついている。
 それもただ反射的に隠れるのではなく、その場で一番生存率が高いと思われる行動を咄嗟にとれるのがすごいところだ。

 さらに言うのであれば、普通の人間ならば何か恐ろしいものと接する時、ついつい後ろに逃げてしまいがちだ。相手を恐れる余り、相手から最大の距離を取ろうとする意識が働くのである。

 しかし、遠距離攻撃できる相手にまっすぐ背を向けて逃げ出すのは、自殺行為だ。自ら的にしてくれと言わんばかりの行動である。
 その場から撤退するのであれば左右に狙いを逸らしつつ、狙いを絞らせないように逃げ出すのがセオリーだが、ダイはバランの方へを向かっていった。

 相手の真正面に向かわなかったのだから、ダイにはバランに攻撃するつもりで空に飛んだのではない。相手の狙いを、少しでも逸らしたいと思っての行動だったのではないかと予想する。

 だが、これはバランの攻撃を避けるためだけの行動とも思えない。
 向かって左へと飛んだと言うことは、ダイにとっては利き手であり、竜の紋章の宿った右腕を存分に活かせる絶好の位置取りだ。

 ついさっきダイがそうした様に、紋章のこもった腕ならば呪文を払いのけることができるかもしれない。そして、バランの攻撃を避けた後ならば、今度はダイの攻撃のチャンスとなる。
 ための大きな呪文の直後には、隙が出来るとダイは踏んでいたのだろう。

 つまり、ダイのこの行動はただの回避だけではなく、その次の攻撃に繋げるための一手だった可能性は高い。

 もし、バランの攻撃が先程の竜閃紋と同程度のものならば、この直後からダイの猛反撃が始まったかも知れない。しかし、惜しむらくはバランのドルオーラはダイの予測を遙かに上回っていた。

 まず、ドルオーラは効果範囲が並の呪文とは桁外れだ。
 ダイの全身をすっぽりと覆うどころか、ダイを中心にした数メートル、ヘタをすれば十数メートルぐらいの範囲に及びかねないほどのエネルギーの固まりをぶつけ、大爆発を引き起こしている。

 この呪文の威力にさすがのダイも驚いたのか、大きく目を見開いているのに注目して欲しい。

 ダイの動きに合わせて攻撃が空に向けられていたため、地上には被害は及ばなかったというものの、空中に描き出された呪文の余波による噴煙を見るだけでも、その威力が察せられる。

 この時点でダイ大で使われた呪文の中では、文句なしに最強の効力と言えよう。

 この超呪文を、ダイは瞬間移動呪文で避けている。
 元々飛翔呪文で空に飛び上がっていたダイは、今度は瞬間移動呪文を使ってバランの攻撃を避けている。

 本来、瞬間移動呪文は術者のイメージにより遠方まで移動する呪文なのだが、ごく短距離を高速で移動するためにも有効な呪文のようだ。ただ、これはコントロールが難しいのか、ダイは地面に思いっきり激突してしまっている。

 地面に大きくクレーターを作る程の衝突は、ダイにもずいぶんとダメージを与えている。
 正直言えば、バランに城壁に叩きつけられた時よりも自分自身での移動呪文での自爆の方がダメージが大きいように見えるぐらいだ。

 そんなダイに対して、バランはすかさずに2発目のドルオーラの姿勢に入っている。もはや彼は息子を取り戻したいという当初の動機ではなく、全力を持って敵を倒そうとする意識に凝り固まっている。

 ここで見事なのは、ダイの判断力だ。
 術を放とうしているバランと、まだ地面に倒れたままの仲間達を見比べたダイは、飛翔呪文で空へと飛び上がっている。

 クロコダインやメルルが危惧している通り、これは自殺行為もいいところだ。

 飛翔呪文を使えるようになったとは言え、バランには文字通り翼がある。飛行力では、ダイはバランにはまず勝てないだろう。まだ、地上で足を踏ん張って戦った方が勝ち目があるように思える。

 しかし、ダイはバランの攻撃目標が自分であると、知っている。
 バランはダイ以外の人間や建物への被害など、まるで気にかけていない。自分がここにいれば仲間達も巻き添えにしてしまうと思ったからこそ、ダイは自分から進んで空中へと飛んだ。

 父であるバランが怒りまくっていても、冷めて冷静な部分を持ち合わせているように、ダイもまた怒りの中でも冷静さを保てるようだ。
 この時のダイは怒りのままに相手に殴りかかること以上に、仲間も、自分も助かる方法を最優先して選んでいる。

 ダイの選んだ戦法は、空中でしっかりと身構えてバランの攻撃を待ち受けることだった。
 2発目のドルオーラにさえ耐えきれば、3発目はないと踏んだ判断は、非常に冷静だ。

 バランのとてつもない力を目の当たりにしながら、ダイはそれに気圧されることなく、大呪文は魔法力を多大に消費するという原則を見失わなかった。個人的な考えだが、ダイは常にポップと一緒に居ただけに、ポップが魔法力を使い切ってヘロヘロになるところをよく見ていた。その記憶が残っているからこそ、耐久作戦を思いついたのではないか……そう思えてならない。

 迂闊に逃げて回避に失敗したり周囲に被害を広げるよりも、全力を振り絞って竜闘気で防御に徹する――この戦法は、理にはかなっているもののかなりの大博打だ。

 読み通りならばバランの力を削ぎ落とし、反撃のきっかけを掴めるが、ダイの竜闘気がバランの竜闘気に劣れば、何一つ抵抗できないまま即死する羽目になる。

 だが、ダイはまるで恐怖など感じていないかのように、挑発的にバランに挑んでいる。

 事実、この時、ダイに恐れる理由はない。
 防御に全てを賭けるダイの後ろには、誰もいないのだから。もし、これが地上で後ろにいる仲間達を庇っていたのならば、ダイにももっと躊躇いや迷いが生まれたかも知れない。

 だが、空にいるダイの後ろには誰もいない。そして、ダイは元々戦いの中で自分の身を案じるような性格ではない。いつにない怒りでテンションが上がっているダイは、自分の心配をするよりもバランを倒したいという気持ちで頭がいっぱいになり、がむしゃらに敵に向かっているのである。

 しかし、その態度はバランにとっては我慢のならないものとして映ったようだ。

 バランにしてみれば、ドルオーラは最強の決め技だ。
 それを躱されただけでもプライドに触るのに、ダイはその技を受けきってみせると宣言している。1発目のドルオーラの時からダイを殺すつもりだったバランは、2発目にはさらにその殺意を明確にしている。

 人間の国と共にではなく、ダイ単体を消し飛ばそうとしてドルオーラを放っている。
 この時のバランは、平常心を失っているとしか思えない。

 自分の手で息子を消滅させたと確信を抱きながら、爆煙を見つめながら笑いを隠せないでいる。それもただ笑っているというレベルではなく、高笑いしてさえいる。

 この時のバランを支配しているのは、息子を失ったという正しい認識ではない。

 バランの中にはあるのは、原始的な闘争本能だ。
 自分の神経を逆撫でしてやまない敵を倒したという満足感だけを強く感じ、勝ち誇っているバランは、一時的に理性を飛ばしていると言っていい。

 皮肉な話だが、ダイを力任せに倒したことで、バランは初めて彼を認めたと言える。

 これまでのバランの戦いを思い出して欲しいが、リンガイアでの戦いでも、クロコダインやポップと最初に戦った時も、バランは常に冷静だった。と言うよりも、相手を自分以下の存在と見下している感が否めない。

 まあ、それだけの実力を持っていると言ってしまえばその通りなのだが、バランにとってこれまでの戦いの相手は戦力的には歯牙にもかけない上に本気になる気もない相手ばかりだった。

 ヒュンケルがバランに人としての道を説いた時でさえ、怒り狂いはしてもバランの怒りの対象は『人間』全部に向かっていた。
 だが、バランは今、初めてダイという個人に対して怒りや感情を露わにしている。

 ソアラの身代わりでも自分の思い通りになる存在としてではなく、ダイという個人として認識し、自分が彼に勝利したことに歓喜せずにはいられないほど、強く認めているのである。

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