82 ダイ対バラン戦2(7)

 

 バランの放った超呪文の後、空にぽつんと浮かんでいる人影……ダイの姿を見て、バランは驚愕している。さすがに完全にノーダメージにはできなかったのか、多少は服が破けてしまっているが、ダイは無傷のまま宙に浮いていた。
 その姿が、バランに与えた驚きは大きい。

 バランにしてみれば、渾身の一撃を放った呪文だった。
 手加減もせず真っ向から放った己の最高の呪文を防がれた事実は、バランにこれまでで最大の衝撃を与えている。

 これまでは、バランはどうしてもダイを格下と見下しているというか、甘く見ている感じがあった。
 まあ、それも無理はない。実際に親子であり、大きく離れた年齢差の分、バランはダイよりも完成された戦士だ。

 その上、バランは純血の竜の騎士であり、ダイは人間との間に生まれた混血児――自然界の法則として、混血の子は親の特徴を両方とも受け継ぎはするものの、その特徴は親には及ばず、中途半端な物になりがちだ。

 その相手に自分の最強攻撃に耐えられるとは、バランは思ってもいなかったのだろう。バランにしては珍しく、驚きのあまり次の手も打てないほどの動揺を見せている。

 ところで、公平に考えるのなら竜闘気によるこの攻防は、どちらかと言えばダイの方が有利だったと言える。

 竜の騎士の力の特殊性は、バラン自身が語ったように竜闘気により身体の周囲を薄い膜で覆って抜群の防御力を獲得できるという点にある。つまり、竜闘気は本来は防御技……攻撃のための技ではないのである。

 竜闘気の力が莫大なものだけに攻撃にも応用出来るとは言え、本来の力の使い方での方が、より効率的に使えるのは当然の話だ。

 竜の騎士についての知識が薄いダイがそこまで知っていたとも、またそこまで考えていたとも思えないのだが、どちらにせよダイがバランに対して取った防御策は、この場において最善の行動だった。

 もし、ダイが防御ではなく攻撃のために竜闘気を使ったのだとすれば、彼はおそらくバランには勝てなかっただろう。だが、防御に全ての力を注いだことで、ダイはバランよりも竜闘気の強さで勝っていることを証明した。

 それも単に自分の身を防ぐだけでなく、決め技を防がれたと言う精神的ダメージを与えているし、そのことをダイ自身も強く意識している。
 ドルオーラに耐えきった直後、ダイは自信満々にバランに宣言している。

『……バラン。これであんたは、もう打つ手なしだ!!』

 気迫のこもったダイのこの言葉に、バランは言い返せない。その無言が、そのままダイの言葉を肯定している。驚愕の表情のまま冷や汗を流し、目をむいている姿は怯えを感じている様にさえ見える。
 バランのこの態度の変化に、是非注目して欲しい。

 初めてダイに会った時も、記憶を奪った後も、バランは理性を持った大人として我が子に接しようとしていた。まあ、致命的なまでにコミュニケーション能力が低いせいで一方的な命令になっていたのは否めないが、それでもバランがダイを我が子と思い、そう扱おうとしていたことは事実だ。

 だが、記憶を取り戻したダイが自分に反旗を翻した時、バランが見せた態度はとても我が子の反抗に対するものではなかった。あれはどう見ても、敵に対するものだ。
 それも、かなり格下に見た敵と言える。

 バランの言動には、敵対心があっても尊敬の気持ちは感じられない。クロコダインと戦った時に比べて、明らかに余裕がなくなっているし、相手と会話する気すらない。

 竜魔人化したバランはダイを息子ではなく、自分に刃向かう力もないくせに食い下がってくる敵と認識したのである。だからこそダイの言い分もろくに聞こうとせずうるさいと一喝して撥ね付け、さらにはドルオーラで力の差を見せつけて圧勝しようとした。

 だが、ダイはバランの最強呪文に耐えた。
 その事実が、バランの中でダイの評価を大きく変えさせている。
 バランがダイの力を認めて弱気になったその瞬間……それを見定めたように、ダイは攻撃に出ている。

 腰の後ろからパプニカのナイフを抜き、紋章の力に全ての力を注ぎ込みつつ、一気に間合いを詰めてアバンストラッシュを放っている。
 だが、この攻撃は失敗に終わる。

 バランに当たる寸前で、パプニカのナイフは柄を残してバラバラに砕け散ってしまったのだ。
 この砕け方が、実に面白い。

 まだ、バランにも触れていない内から、ナイフの先端から砕けている。実は、ダイの持つ竜闘気のパワーに耐えきれずに壊れてしまったのだが、柄はそのままなのに刀身から壊れているのである。

 竜闘気がどんな性質を持つエネルギーなのか作中では明らかにされていないが、現実世界でも金属は熱や電気などのエネルギーの伝導率が高く、硬度はなくとも電気を通さないゴムのように、物質によってエネルギーの伝わり方は違ってくる。

 防御の際、破けはしてもダイの服が保護されたことを考えれば、竜闘気とはなによりも金属に特に強く反応するエネルギーなのかも知れない。……確かに、武器や防具との相性は悪そうだ。

 いきなりナイフが砕けたことについて、ダイは戸惑っているだけだが、バランは何が起こったかを本人よりも早く察知してニヤリと笑っている。

 次の瞬間、ダイの腹に蹴りを入れて突き放し、得意げに並の武器や防具では竜闘気に耐えきれないという説明をしている。何も、敵に対してわざわざ知識を教える必要はないのだが、この時のバランはそう思うだけの余裕がない。

 最初の頃、質問に律儀に答えていたのとは明らかに動機が違っている。最初の頃、ダイのみならずレオナやポップ達の問いにもいちいち答えていたのは、聞かれたことには答えるという律儀さから生まれたものだった。

 だが、この時のバランは誰にも、何も聞かれてはいない。
 しかし、聞かれなくても語らずにはいられないほど、バランはダイが武器を失った事実を指摘せずにはいられない。その上で、バランはわざわざ地上に舞い降りて、自分の真魔剛竜剣を手にしている。

 全力の竜闘気に耐えられる唯一の武器だと、誇らしげに見せつけているバランは、自分の力を誇示することに必死だ。ダイの不利さを指摘し、自分の方が有利だと宣言する態度は、つい先程ダイがバランに対して見せた態度とそっくりだ。

 戦いの上だけでなく、精神面でもバランはダイの優位に立とうとしている。
 すでにこの親子の脳裏には、互いに自分の力を相手に知らしめ、相手に勝つことしかない。

 この時、バランはダイを格下の敵でもただの敵でもなく、強敵と見定めた。
 相手が素手だというのに、自分の方は剣を手にして戦うことに躊躇いを持たないほど、ダイを高く評価している。そうまでしなければ勝てない相手だと、バランは認識し直したのだ。

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