90 魔王軍の情勢(13)

 ダイとバランの熾烈な戦い――実は、その一部始終を魔王軍の幹部達は見物していた。ダイどころか、気配に聡いはずのバランにさえ気がつかれないようにこっそりと様子を伺っているのである。

 しかも、ここで注目したいのはミストバーンとキルバーンの行動だ。彼ら二人は、わざわざテランを訪れてまで直接見物している。バランの動向を探るだけならば悪魔の目玉を通じて報告を受けるだけでも十分なはずなのに、この二人はちゃっかりと現場に赴いているのである。

 しかし、それでいてミストバーンもキルバーンもこの戦いには一切関与はしていない。

 ダイもバランも互いに互いのみに集中しきっていたこの時ならば、竜の騎士を二人揃って葬ることも難しくはなかったはずなのだが、彼らの行動はどこまでも傍観のみにとどめられている。

 一見、不可解な行動と思える観戦だが、これは本人達の意思と言うよりは、大魔王バーンの意思が反映されていると言えるだろう。

 そもそもバーンの真の望みは、二人の竜の騎士を自分の配下に納めることではない。

 そうなればいいとは発言してはいるものの、バーンが本気でそれを望んでいるとはとても思えない。なぜならば、バーンはバランの行動に一切の関与をしてないのだから。

 もし、本気でダイを配下に加えたいと望むのならば、バランに後押しする方法はいくらでもあった。まあ、プライドの高いバランがここで他人の手助けを望むとはとても思えないのだが、それでもバランに気づかれない形で密かに手を貸すぐらいは十分にできたはずだ。

 ミストバーンとキルバーンという移動力に長けた手駒を持つバーンならばは、バランと竜騎衆が別行動を取った際に竜騎衆に手を貸すのも可能だったし、最悪でも竜騎衆が全滅した後でヒュンケルとポップの合流を防ぐことはできた。

 が、ミストバーン達はそのような行動は一切取っていない。
 バランに手を貸すでも無く、かといって魔王軍に反抗的な態度を見せるバランやダイを抹殺するでもない。

 二人の戦いに一切手を出さない彼らは、どう決着がつくのかと成り行きを楽しんで眺めているとしか思えない行動を取っている。

 事実、後々のバーンの言動を見ていると、彼は他者の争いを見物して楽しむ傾向が見受けられるから、この時もそうだったとしか思えない。バーンは戦いの結果によって自分が得られる利益や損失以上に、興味深い戦いを見物することに重点を置いているのだろう。

 ハドラーの頭越しにヒュンケルを嗾けてアバンの弟子達と戦わせた時もそうだったが、バーンは明らかに『自分の好奇心>魔王軍の存在』と言うスタンスで戦いを楽しんでいる。
 そこに、ハドラーの悲劇がある。

 バーンがこの時にミストバーンとキルバーンに命じたのは、魔王軍……もっとはっきり言ってしまえば、ハドラーがこの戦いに関与するのを防げという命令だと推測する。

 以前にバーンは、バランがダイを配下にできるようならば、彼を魔軍司令にしてもよいと断言している。

 だが、この発言を現在の魔軍指令であるハドラーが喜ぶはずもない。なにしろ、ハドラーはダイとバランの血の繋がりを察していながらもそれを隠し通して、こっそりとダイを抹殺しようと企んだ男だ。

 総司令の座に拘る余り、ハドラーはダイの勝利すら祈る程に追い詰められた心境にあった。

 もし、状況が許すのであれば、ハドラーがダイとバランの戦いに関与していた可能性は高い。ハドラー自身が内心密かに祈っていた通り、ダイがバランを打ち倒せばバランの昇進話は消滅する。

 これまでもダイとバランを会わせないように画策していたハドラーならば、なんらかの手を打ったとしてもおかしくはないのが、竜騎衆との戦い寸前まではハドラーのすぐ側にはキルバーンがいたことを思い出して欲しい。

 キルバーンが何を考えてハドラーの側に居たのは定かではないが、ハドラーへの監視の意味合いも含んでいたと見ていいだろう。
 そして、バランの動きを掴んでからは直接ミストバーンとキルバーンを派遣して、戦いへの不干渉を徹底させたのではないだろうか。

 ずいぶんと魔王軍やひいてはその総指令であるハドラーをないがしろにした話だが、この時の彼は気の毒なことにバーンの悪意に気がつくどころではない。

 悪魔の目玉から報告を受けた際、ハドラーとザボエラはキルバーンと居たのと同じ部屋に居た。と言うよりも、おそらくはずっとその部屋に居続けるしかできなかったのだろう。
 この際、悪魔の目玉は簡潔に結果のみを報告してる。

『竜騎将バランは傷つき戦線を離脱。ダイ達一行は全員生き残った模様です』

 この報告を聞いて、ハドラーは最悪のケースだと戦いている。
 つまり、待機中にハドラーはどんなケースになるのかあれこれと考えていたのだろう。
 ざっと考えた限りでは、ダイとバランの戦いの結末は7通りある。






1 バラン勝利、ダイがバランの配下となる
 これは、ハドラーにとっては最も恐れているケースの一つだ。この場合、バーンはバランに総司令の座をすげ替える可能性が高い。つまり、ハドラーは自動的に降格されてしまうことになる。

2 バラン勝利、ダイ死亡
 この可能性も少なくはなかった。この場合、うまくいけばダイを配下にしそこねたのだからバランの昇格はないかもしれない。

 だが、この場合、息子を探すという人生の目的を失ったバランが魔王軍への興味もなくす可能性があるので、バランが魔王軍を離脱するかもしれないというリスクがある。

 その場合、バランを失った責任を追求されることになるので、ハドラーは処罰対象となりかねない。

3 バラン、ダイ、相打ちにより両者死亡
 実は、ハドラーにとってはこのパターンが一番都合がいい。

 目の上のこぶだった勇者ダイも居なくなるし、死人に口なしとばかりに、あの程度で死ぬような男など魔王軍には必要なかったとバーンを丸め込めれば、ハドラーの地位は安泰のままだ。

4 ダイ勝利、バラン死亡
 このパターンは、厄介ではあってもバーンに言い訳しやすくなる。少なくともバランに総司令の座を奪われる心配は無くなるので、後はダイ打倒に全力を注げば自分の地位を守れる。

 この場合も3と同じく、バーン内のバランの価値を暴落させる小細工と説得は必須事項だ。

5 ダイ勝利、バラン敗北して魔王軍に帰還
 この場合だとハドラーにとっては現状維持なので、悪くない結末の一つだ。実際、ハドラーが望んでいたのはこの結末だろう。

 実力的にダイがバランに勝つのは不可能と考えていたからこそ、相打ちは望んでいなかったとも言える。 自分に都合のよい予想を真っ先に考える傾向の強いザボエラと違い、ハドラーの思考はひどく現実的だ。
 
 このパターンだとバーンの機嫌を取り結びつつ時間稼ぎをしながら、いかに破れたバランに恩を売りつけられるかが勝負となる。バランに協力することで彼の優位に立って総司令の座を死守し、バーンの怒りも静める方向性である。
 ……一番気苦労しそうな結末ではあるのだが。 

6 ダイ勝利、バラン敗北して勇者一行に参加
 このパターンは、ハドラーにとっては嫌すぎるパターンだ。ヒュンケル、クロコダインも辿った道なのだから。

 この場合、バランに総司令の座を奪われはしないが、最大の敵が発生することになる。だが、このパターンだとバーンに対してはバランの裏切りを強く主張できるので、うまくすればハドラーのせいでバランを失ったという責任追及からは逃れられるかもしれない。
 ただし、勇者一行の力が倍増以上に膨れあがるというリスク付きだ。

7 ダイ勝利、バラン敗北して魔王軍より離脱
 これこそがハドラーにとっては最悪のケースであり、厳しい現実だった。
 ダイの実力をバーンにはっきりと知らしめ、しかも味方であったバランを失ってしまった。

 この場合、全責任がハドラーにかかることになる。さらに言うならば、バランを敵に回したも同然という、救われないパターンだ。
 





 この時、ハドラーの表情には焦りと怯えの色合いが強い。
 彼は、バーンがいかに高くバランを買っていたのか、熟知している。ダイの正体に気づいてからのバランの行動は独走に近いのだが、キルバーンの言動を通してハドラーはバーンの意思を実に正確に読み取っている。

 バーンがハドラーの独走に不満を感じるどころか、むしろ好意的に受け止めていること、逆にダイの正体をバランに伏せようと画策していたハドラーの行動を不快に感じていること……ハドラーの読みは、実に的確だ。

 次はバランに取り入ろうかなどと楽天的な視野しか持っていないザボエラよりも、よほど多角的で現実的な考え方ができるようだ。

 しかし、皮肉なことにそれだけはっきりと状況を認識する能力を持っているからこそ、ハドラーはバーンに呼び出される前から恐怖を感じ、恐れおののかずにはいられない。

 ミストバーンに声をかけられる前から、ハドラーはすでに自分が途方も無く危うい立場に立たされたことを自覚しているのである。

 

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