92 森の小屋での攻防(1)

 

 バラン戦の後、勇者一行はテラン城ではなく森の中の小屋に戻って休息を取っている。この小屋は、ダイが記憶喪失になった際も休息場として使用していた小屋のようだ。

 直前までテラン城にいたはずの彼らが、わざわざこのタイミングで拠点を移動させた事情については作中では説明されてはいない。

 元々魔王軍の襲撃を予想していたからこそ少しでも防御となる拠点を欲してテラン城に協力を要請したのだから、こんな時こそ回復までお世話になった方が得策と思えるのだが、よくよく考えてみればテラン王はこの時、パプニカ王女と正式に同盟を組んだわけではない。

 そもそもレオナはパプニカ王女として身の証を立てたのは飽くまで王に面会を申し込むためであり、国家として正式に頼み事を行ったわけではない。
 言ってしまえばレオナの個人的な頼みに応じる形で、協力してくれただけの話だ。

 善意の協力者に多大な被害をかけてしまった――それを気にして辞去しようとしたと考えられるのだが、ここで気になるのは移動の際に彼らの意識がどこまで統一されていたのかどうか、という点だ。

 勇者一行と言えば聞こえはいいが、実際の話、戦い以外の行動を決める際にリーダーシップをとるのはダイよりもレオナの場合が多いので、この時の場所移動にもレオナの考えに沿ったもののような気がする。

 この場合最善の道は、もちろんパプニカ城への帰還だろう。
 瞬間移動呪文を使えば、彼らは一瞬でパプニカへ戻ることができたはずだ。 そうすれば三賢者や兵士などの人手も確保できるし、守りを固める点でも体力を回復させるという点でも、安心して行うことができたはずだ。

 だが、残念なことにこの時はポップは蘇生直後だった。そうでなくとも、魔法力を使い切った直後ではあったし、移動呪文は使えない状態だったのだろう。

 ゲームでは仲間が何人居ようとも移動呪文で全員移動できるのだが、ダイ大の作品中では移動呪文の最大移動人数は表記されていない。

 だが、ポップが後に死の大地で自分、ヒュンケル、クロコダイン、チウ、ゴメちゃん、パピラス、マリンスライムぐらいなら一緒でも大丈夫だと発言しているので、一度に移動できる人数には限界がありそうな雰囲気はある。

 少なくとも何往復かしなければならないのであれば、ポップの魔法力が完全に回復するまでは移動できない。

 魔法が使えないのなら乗り物を利用するしかないが、レオナがベンガーナに来た時に気球船に乗ってきたとは言え、小回りの利かない気球船はベンガーナの港に預けてある。

 そこまで戻る余裕も、この時の彼らにはなかった。公式ガイドブックではベンガーナデパートの戦いが44日目、バランとの戦いが開始されたのが46日目となっているのだ。

 女子供、年寄りを含んで徒歩で旅をしたと言う悪条件だったとは言え、ベンガーナからテランまでは最低でも移動に丸一日を要すると推測出来る。激戦の後に丸一日の移動はどう考えたって現実的じゃない。

 ポップを初めとする仲間達のダメージや消耗度を鑑み、まず体力を回復させるために休憩を取ることを優先する――この判断自体は実に妥当だ。また、体力を回復させるだけならば、その場所が小屋であっても問題はない。

 肉体的な怪我はレオナの回復魔法で治療できるし、一晩休息すれば魔法力や疲労は回復する。
 リーダーシップを持つパプニカ王女としてではなく、単に勇者一行の賢者の少女としての判断としてなら、この判断は悪くない。

 だが、リーダーとしては甘すぎる。
 リーダーが真っ先に考えなければならないのは、仲間達の安全確保だ。

 しかし、レオナは体力回復に対してはきちんと思考を働かせて細かな部分にまで配慮しているのに、敵の追撃や強襲に対しては無防備に近い。

 バランがダイを狙っている時には敵の襲撃に備えてテラン城を利用していたのに、バランが去った後は彼女は敵に対しての警戒心をなくしてしまっているのである。

 仲間達の回復を済ませた後はそのまま寝入ってしまったレオナは、厳しく言ってしまえば戦場にいると言う自覚に欠けている。

 寝てしまうこと自体は、別に問題ではない。どんな人間であれ24時間ずっと戦い続けることなど不可能なのだし、休息は必要だ。だが、休む前に今後の方針について仲間達で最低限の意見をすりあわせて置くべきだった。

 回復が一段落つき、全員が休息に入った時になってからヒュンケルは自分が見張りに立つと言い出している。
 レオナはもちろん、クロコダインやダイはそこまで考えていなかったようだが、このヒュンケルの思考は戦場では至って当然の話だ。

 バランは退いたものの魔王軍の他のメンバーが生存していることを考えれば追撃がいつ来てもおかしくはないのだし、危険が想定されるのなら見張りを立てるのは常識と言っていい。

 しかし、それを全員の前でリーダー格に提案しようともせず、後になってから自分だけで対処しようと考える辺りがヒュンケルの甘さだ。

 ヒュンケルには仲間達と協力し合うという観点に欠けている。
 今までの境遇や上下関係も横の繋がりの薄い魔王軍に在任していたことを考えれば無理もないのだが、ヒュンケルには自分の考えを他者に伝えるという概念が薄いようだ。

 最初から敵襲を心配していたのならば、テラン城にとどまるように進言するなり、見張り当番について提案した方がよかった。レオナは戦闘においては甘さが目立つが、問題点が明確になりさえすれば優れた対処力を持つ指導者だ。

 最初から仲間達に相談しておけば、誰が見張りをするのか、また交替はどれぐらいでするのかを決めることができるし、そうなれば見張りに対する負担も軽減できる。

 だいたい、この時もっとも見張りに適していた人材は他にいる。
 メルルとナバラ――この二人ならば、見張りとして申し分ない。戦いに参加していないこの二人なら、怪我もない。それに室内にいても遠方の気配を察知できる占い師達だ、小屋の外にでる必要すらない。

 小屋の隅で椅子に座りながら交替で見張っていてもらえば負担も少なくてすむし、もし何か察知したのならヒュンケル達を起こせばいいだけの話だ。

 しかし、これまで孤独に生きてきたヒュンケルには他人に頼るという発想がない。どうやらヒュンケルには見張り=戦闘員という考えが根柢にあるようだが、見張りは必ずしも戦う必要などない。危険を察知し、仲間に知らせるのが役目なのだから。

 だが、ヒュンケルはこの時点ではメルルやナバラ達を行動を共にしている非戦闘員と見なしている節がある。

 ……と言うよりも、ちゃんと彼女達の能力について理解しているのか疑問ではあるのだが。クロコダインはまだしも、途中から合流したヒュンケルはメルルの特種能力を見てはいない。

 メルルのことを弱い回復魔法を使える少女――つまり、低レベルの僧侶だと誤解していても、驚きはしない。

 残念ながらメルルにもナバラにも積極的に自分の力をアピールし、協力を申し出る積極性がない。ナバラの場合は本心から戦いや厄介ごとに巻き込まれたくないのだから申し出る理由がないのだが、メルルの場合は違う。

 彼女には勇気がないのだ。
 ポップを好きで、ポップの力になりたいと思い、勇者一向に対しても好意的な感情を持って協力したいと思いながらも、それを提案する勇気が彼女に欠けている。

 実際、メルルはダイ達の看病を申し出る勇気さえなかったのか、小屋の中にさえいない。水の入った洗面器を運んでいるのは、ナバラの方だったりする。

 レオナのリーダーとしての戦闘経験の薄さ、ヒュンケルの仲間への相談意識の薄さ、メルルの仲間に対しての消極性――この三点が重ならなければ、この夜の戦いは別の形で決着がついていたのかもしれない。

 最悪の場合、ハドラー達の奇襲が成功していたかもしれないことを考えれば、まだ結束力が弱い勇者一行の弱点が窺えるシーンでもある。

93に進む
91に戻る
八章目次4に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system