94 森の小屋での攻防(3)

 小屋を出たポップはふらついて木に寄り掛かってやっと立っている様な有様だし、苦しそうに胸を抑えている。

 ダイ達の前では元気に振る舞ってはいたが、はっきり言ってそれは空元気に近かったようだ。外に出た途端、取り繕うこともできずに弱みを見せているのだが、ゴメちゃんに対しては本音を零しているのが面白い。

 ダイ達に弱みを見せまいと気を張っていたのに、ゴメちゃんに対しては例外的に警戒心を緩めているのである。ポップがゴメちゃんに対して、親しみを強めているのがよく分かるシーンだ。
 そんなポップを心配するゴメちゃんとのやりとりが、なんとも微笑ましい。

 ポップがゴメちゃんへの信頼を強めたきっかけは、なんといっても『あの世』での体験だろう。

 自己犠牲呪文直後に不思議な場所に行った記憶を、ポップは夢ではなく現実と受け止めている。どう見ても臨死体験に近いのだが、ポップはその時の出来事を実に肯定的に受け止めているようだ。自分の決意をはっきりと自覚し、また、ゴメちゃんが自分に話しかけてきたのだと確信している。

 ゴメちゃん自身はポップに言われたことに心当たりがないようにきょとんとしているので、単に夢を見ていただけだとも解釈できるのだが、ポップはゴメちゃんはそのことは覚えていないだけだと考えている。

 以前も、ゴメちゃんのおかげでダイの体力が回復したところを目撃しているだけに、ポップはこの小さなスライムの特殊性に気がついている様子だ。

 もしかしたらおれ達の守り神なのかも知れないと発言しているポップの勘は実は大当たりだったりするのだが、しかしポップの一番の長所はこの勘の良さではない。

 ポップの最大の長所は、相手の価値を見定めながらもそれに頼ろうとしない点の方だ。

 ダイが人間離れした力を持っていると知っていながら、それでもダイに友達と接することの出来るポップは、不思議な力を持った守り神的な存在も友達として扱っている。

 なにしろゴメちゃんが守り神かも知れないなどといいながら、その直後にゴメちゃんを掴んでぐに〜と引っ張って遊んでいたりするのだから、信仰心の欠片も感じられない。

 神にすがるよりも、自分の意思や行動を優先する――ポップのその前向きさは称賛すべき長所だし、素晴らしいものだとも思う。

 ……が、その意志の強さはいい方向だけに発揮されているとは限らない。
 バランに情けをかけられて奇跡的にも命拾いした直後だというのに、ポップときたら自己犠牲呪文失敗を悔しがり、

『……次は……外さねえ……!!』

 などと、発言している。
 ゴメちゃんに驚かれて、また自己犠牲呪文をかけるという意味じゃないと言い訳はしているものの、この言い訳は信用しない方がいい。
 ポップには、根本的に自分の方針を変える気はないのだから。

 ポップが悔いているのは自己犠牲呪文を外してしまったことであり、あの時に違う手段をとっておけばよかったと悔いているわけではない。生還後、バランから助けられた話を聞いたにも関わらず、ポップは戦わずにバランを説得しておけばよかったとは考えてはいない。

 言い訳の中でさえ『次に戦う時』と無意識に言っているポップは、一度戦うと決めたのならば徹底抗戦を貫くという意思に変化はないのだ。
 そのためになら、ポップは自己犠牲も厭わないだろう。

 実際、体調が悪いにもかかわらず自ら見張り役を買ってでているのだから、自分の身体を大切にする気配すら感じられない。また、これだけの利口さを持っているにポップは、唯一の移動手段を持つ魔法使いを温存する大切さも意識していない。

 マトリフとの初修行の際、叱責された言葉が全く身についていないのだ。
 自分の身を守るよりも、仲間の危機を払うよりも、ポップは何よりも自分の意思を優先させている。

 さっきの戦いで役に立たなかった(と、本人は思っている)分、その借りをすぐにでも返したいと望む自分の意思が最優先なのである。

 実際には仲間達は誰もポップが役に立たなかったなんて思ってもいないし、むしろ奮闘した彼を心配しているのだが、心配している人を安心させるために安静にしておこうなんて殊勝さなどポップにはない。

 みんなが自分を心配しているのなら、心配なんか必要ないとばかりに元気に振る舞って誤魔化そうとするポップのやり方だ。

 ダイやヒュンケル達はまんまと騙されてしまっているが、一人だけポップのその強がりを看破した人物がいる。
 木の陰からそっとポップを見つめている少女――メルルだ。

 小屋の外にいたはずのメルルが、小屋の内部のやりとりを知っていることに注目したい。

 要は、彼女は小屋の外から内部の様子を見聞きしていたのだろう。おそらくは物理的に覗き見していたのではなく精神感応の力で見ていたのだろうが、結果としてやっていることは同じだ。

 彼女が小屋に入らなかった理由は、ポップが竜騎衆の所に行く寸前のやりとりのせいだと推測できる。
 ポップを嫌いだと言ってしまった事実が、メルルの心に大きくのし掛かっているのである。

 見たところ、メルルは人付き合いに慣れてはいない。
 人との付き合いに慣れていない人間は、仲直りにも慣れていないと言うことだ。

 ポップは自分を引っぱたいたレオナともあっさりと和解しているので、メルルが小屋の中に入ってきたとしても気にしなかったと思えるのだが、内気な彼女には自分から働きかける勇気はない。

 だからこそナバラのように一行に直接手を貸すことも出来ず、かといって完全に離れた場所にいくほど放置することもできず、小屋の周辺でこっそりとポップの様子を伺うという中途半端なことしかできない。

 もし、メルルがポップのために力を貸したいのであれば、まずポップへ謝罪なり仲直りの申し入れをしてから、勇者一行に力を貸したいと申し込むのが筋というものだ。

 そうすることでポップ自身の助けに繋がるのだし、彼と和解するのはメルルにとっても望むところだろう。

 勇気を出してポップに話しかければ、全てはうまくいく――と、第三者の視点からそう見えるのだが、本人の主観は別物だ。内気で、自分に自信を持てないメルルは、なかなか一歩を踏み出せない。

 物陰からポップの身を案じているメルルが、彼を見ているだけで満足していたのか、それとも勇気を振り絞って声をかけるつもりがあったのか……残念ながらそれは分からない。

 ここでもう少し時間があったのならと思わずにはいられない。メルルが勇気を出してポップに話しかけるのが早かったのなら、この先の展開はちがったのではないか――そう思えてならないからだ。

 しかし、結果としてメルルの内心がどうであれ、彼女は話しかけるきっかけを掴むよりも誰かが近づいてくる気配の方が早かった。
 気配察知力に長けているはずのメルルの方が先に気がついたとはいえ、それはポップが第三者に気がつくのとほぼ同時だった。

 並外れた力を持つメルルにしては、他者の接近にこれ程まで気がつかないのも珍しいと言える。それだけ彼女がポップに気を取られ、他のことなど眼中になかったのがよく分かるシーンだ。

 

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