97 森の小屋での攻防(6)

 

 ろくに身動きも出来ない状態でハドラーへ反論していたポップだが、当たり前の話だがこれ以上無謀な行動もない。本人の気分的にはスッとするかも知れないが、必要以上に相手を刺激するのはあまりにも代償の大きい危険行為だ。

 ハドラーは精神的に痛い点を突かれたショックで何もしなかったものの、それを補うようにザボエラはポップの生意気さに腹を立て、情け容赦ない蹴りを叩きこんでいる。

 この時、ザボエラがやたらとハドラーの名前を口にしているのが面白い。
 『ハドラー様に説教をたれる気か!!』とか『ハドラー様に代わってとどめを刺す』などと理屈をつけてポップに攻撃してはいるが、口で言うほどザボエラはハドラーを尊敬してはいない。

 ザボエラはハドラーが聞いていないところでは平気で彼を呼び捨てにしているし、影でこそこそとハドラーの利害や意思に反する行動を取ることが多い。ハドラーのためだという大義名分を口にしてはいるものの、ザボエラは本心では彼に忠誠は感じていないのは明らかだ。

 しかし、内心はどうであれザボエラは本人の前では徹底して胡麻をする主義のようだ。

 ハドラーに先んじてポップを痛めつけ、始末することで機嫌を取ろうと考えている。ついでに言うのならば、他者に対して優越感を持ちたいと考えるザボエラは他人を痛めつけること、そのものを好んでいる可能性が高い。

 すでに身動きも出来ず、大声も出せない上に放置していても死ぬと分かっている相手にわざわざとどめを刺そうと考える辺り、弱者をより痛めつけたいというサディスティックな趣向がありそうだ。

 だが、ポップにとどめを刺そうとザボエラが腕を振り上げた際、一陣の風と共にその腕が切り落とされる。

 痛みに転げ回るザボエラや驚くハドラーを前にして、空中に悠然と登場するのはマトリフ――大魔道士の名に恥じない粋な登場シーンだ。
 すっぱりとしか言いようのない切れ味の良いこの魔法は、作中では説明がないがおそらく真空(バギ)系呪文だろう。

 ドラクエでは、この魔法を使えるのは僧侶、賢者だけだ。
 つまり、登場時からマトリフは自分がただの魔法使いではないと知らしめているようなものだ。

 この時のマトリフは、驚く程の冷静な観察眼を発揮している。
 普通の人間ならば親しい人間が攻撃されたり、倒れているのを見るだけでも動揺しそうなものだが、マトリフは動揺など欠片も見せずに現状の把握を最優先している。

 マトリフがまず注目したのは、ザボエラだ。
 転げ回るザボエラを、マトリフはじっと見下ろしている。
 マトリフはポップが騙しうちを受けたことを承知していた……つまり、マァムに化けたザボエラに騙されていたところを見ていたのだろう。

 どの時点から観察していたかは定かではないが、マトリフが登場したタイミングよりも前からこの場に潜んでいたことは間違いない。
 状況の異常に気がついても、すぐに行動を起こさないのがマトリフの冷静さの凄みだ。

 現状を把握しその場で最適な行動を選択する冷静さ、最適なタイミングを待てる忍耐力を身に供えている。感情のままに行動するポップでは、足下にも及ばない老練さだ。

 この状況で一番厄介なのは、ポップに接近しているザボエラの存在だ。ポップを人質に取られれば、マトリフは行動に大幅な制限を受けてしまう。
 さらに言うのであれば、ザボエラとハドラーが組んで攻撃するようならば厄介極まりない。

 よって、ザボエラをポップから引き離すと同時に戦力外へ追い込む必要がある。そのタイミングを、マトリフは虎視眈々と狙っていたに違いない。
 だが、さっきも言ったようにザボエラはポップに接近していた。

 強力な魔法をしかければ、ポップまで巻き添えにしてしまう危険性がある。だからこそマトリフは威力を抑えた真空呪文でザボエラの片手を切り落とす程度の攻撃だけにとどめた。

 そして、ザボエラが反撃も、自身で体力回復もしないのを確認してから、次の行動に出ている。

 この時、ハドラーがマトリフに何者かと問いかけているのだが、彼は見事なまでに魔王の存在を無視している。短距離の瞬間移動呪文でポップとその後ろの小屋を庇う位置へ移動し、自分に有利なポジションを確保した。

 何の説明もなくても、マトリフは小屋の中にいるのがダイ達だと確信しているのである。だからこそ弟子だけを連れて逃げるのではなく、この場に留まってポップを回復させ、ダイ達を助ける方針を定めた。

 正直な話、これは危険にも程がある決断だ。
 いくら卓越した技術を誇る魔法使いであったとしても、本来魔法使いは単独での戦いには向かない。戦士が前衛を引き受け、後方支援として戦うのが最良の戦法だ。

 魔法使いが単独で戦わなければならないという時点で、すでに戦況的には最悪だ。
 しかも、ポップは致命的な毒を受けて倒れている。一刻も早く手を打たなければ、死んでしまいかねない。

 だが、これ程の悪条件の状況にもかかわらず、マトリフは微塵も焦っている所を見せはしない。

 敵であるハドラーはもちろん、弟子であるポップに対してでさえ自信たっぷりの態度を貫いている。魔王を無視して、弟子へ助言を与えてさえいるのだから余裕たっぷりとしか思えない態度だ。

 特に、ハドラーへの態度は驚く程に挑発的だ。
 三流魔王と呼びかけ、アバンの名を出して彼への敵討ちとしてハドラーを殺すと宣言している。

 しかし、これはおそらくマトリフの本心からは遠い。
 マトリフがアバンやロカに仲間意識を感じているのは、疑う余地はない。だが、ハドラーへの恨みや復讐の念は本人が言う程には強くなさそうだ。

 もし、マトリフがハドラーへの復讐を最重視するのであれば、ザボエラに攻撃した瞬間は、実は最大のチャンスだった。復讐に全てを賭けるのであれば、マトリフはあの隙を逃さなかっただろう。

 だが、マトリフはダイやポップ達を守ることを重視している。
 ついでに言うのならば、マトリフは口先で貶してはいるがハドラーを決して見くびってはいない。

 戦場に現れてからのマトリフの動きに注目するとすぐに分かるが、彼の視線はポップを治療した僅かな時間を除けば、常にハドラーに向けられている。

 瀕死のポップに助言する時でさえ、マトリフは弟子の様子を確かめようとはしていない。軽い口調とは裏腹に、敵から一瞬でも目を離すことないその態度こそがマトリフの警戒心と細心さを表している。

 本心を悟らせぬまま、マトリフが口先でハドラーを手玉にとっているのはさすがと言うべきか。
 アバンに拘るハドラーの執着心を見抜き、彼の名を出しながら挑発して怒りを誘い魔法勝負へと導いている。

 ここで見事なのは、マトリフが自分から魔法勝負をしかけていない点だ。
 マトリフの挑発のままに苛立ったハドラーは、短絡的にダイ達ごと全員を吹き飛ばそうと考えた。――が、それこそがマトリフの誘導だ。

 ハドラーは格闘技と魔法を得意としているが、マトリフから見れば格闘技で襲ってこられた方が遙かに厄介だ。武闘家並の動きの素早さを持つハドラーが肉弾戦を挑んできたのならば、老齢のマトリフに捌ききれるとは思えない。

 少なくとも、この場で足手まといのポップを庇いながら戦うことなど不可能だ。
 ついでに言うのであれば、ポップやダイを先に狙われたしても不利は否めない。

 しかし、マトリフの挑発でハドラーの怒りの焦点はマトリフに絞られた。しかも魔王のプライドを刺激され、魔法でこの生意気な魔法使いを上回ってみせると決意した。

 マトリフの思惑通りに動かされているとも気がつかぬまま、ハドラーは自分の意思でマトリフのしかけた勝負に乗った。

 得意の閃熱呪文(ベギラマ)をしかけてきたハドラーに対して、マトリフは片手で同じ呪文を打ち返している。ここで相手よりも強い呪文ではなく、相手と同格の呪文を使って見せたのは明らかに意図的な物だ。

 マトリフが待っていた第二のチャンスは、まさにここにある。
 ハドラーの呪文を相殺しつつ、マトリフはポップに杖を向けて解毒呪文をかけている。

 この瞬間を、マトリフは一番最初から狙っていた。
 ハドラーやザボエラに邪魔されない形でポップの回復を行うために、マトリフは策略を練っていたようなものだ。もし、先にポップの回復をするようならば、ハドラーの攻撃の矛先はポップに向かっただろうから。

 だが、残念ながらと言うべきか、ポップに盛られた毒は並のものではなかった。解毒呪文はほぼ一瞬で効果があるものだが、この時のポップは魔法をかけられてもすぐに全快はしなかった。

 しかし、とりあえずこの呪文でポップは命を取り留めた。
 同時に二つの、しかも攻撃系と回復系の魔法を使って見せたマトリフの技術にハドラーすらも驚きを隠せない。

 魔族から見ても、二種類の魔法を使って見せるというのは例外的なようだ。
 自分を上回る魔法技術を見せつけられたハドラーは、極大閃熱呪文(ベギラゴン)を放とうとする。

 技術ではなく、圧倒的な魔法力の差を見せつけて押し切ろうと考えたのだろう。ここでも、ハドラーの負けず嫌いさが発揮されている。
 魔法でかなわないのであれば、肉弾戦に持ち込もうとは彼は考えない。同じ土俵で屈辱を返さなければ気が済まないのだ。

 それを見たマトリフの判断は、早い。
 ポップの回復を中断し、自身も全力を使って極大閃熱呪文を唱えている。

 ハドラーよりも後から呪文を発動させたにもかかわらず、マトリフは彼よりも早く、しかも彼よりも強い威力で魔法を放っているのには是非注目して欲しい。

 敵との駆け引きでも、魔法の技術でも、また魔法力の高さそのものでも、マトリフはハドラーを圧倒して見せた。
 大魔道士の面目躍如と言うべき、見事な戦いっぷりである。

98に進む
96に戻る
八章目次4に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system