98 森の小屋での攻防(7)

 

 マトリフとハドラーの真っ向からの魔法勝負は、見ていてなかなか興味深い。

 ダイ大では同じ種類の魔法をぶつけ合った場合、両者の間で威力がせめぎ合うという設定になっている。剣で鍔迫り合いが発生するように、両者の間で力比べが発生するのである。

 この力比べの肝は、技術と魔法力の高さだろうか。
 マトリフはこの間法力の勝負で、明らかにハドラーを押している。アバンの使徒達以外のメンバーのパラメーターは未公開なため、具体的な数値として比べることはできないのだが、これは単純にマトリフの方がハドラーよりも魔法力が上だと言い切れないだろう。

 たとえば腕相撲でも、コツというものが存在する。
 純粋な力だけでなく、力を入れるタイミングや駆け引きも大きく勝負を左右する。

 マトリフは以前、魔法での勝負ならば1分以内ならば誰にも負けないとポップに向かって豪語していたが、それは大言壮語ではなかったようだ。

 ここで面白いのは、ハドラーの反応だ。
 ハドラーはマトリフに押されているのを自覚し、焦りを感じている。以前、ポップとのベギラマ合戦で押し負けた時とは、明らかに違う反応だ。

 あの時は、ハドラーはポップを初めとするアバンの使徒全員を見下していた。その油断があったからこそ、負けた――そう解釈していたはずだ。自分だって最高の魔法を使ったわけでも無いし、本気でも無かったと言い訳し、自分を宥める余地があった。

 しかし、マトリフとの魔法合戦ではハドラーには言い訳がない。
 これまでと違い、バーンの脅迫じみた命令を受け、何が何でもダイ達を抹殺しようと考えてやってきたハドラーは、この上なく本気だった。

 自分に使うことのできる最大の呪文を使い、全力を尽くした上で魔法合戦に負けたことを認めているのである。

 この思考は、今までとは変化が見られる。
 これまで、ハドラーがダイ達に負け続けていた一番の理由は、自分の負けを認められなかったからこそだ。

 ハドラーはダイ達に敗北しても、それを心から受け入れることができなかった。
 負けたこと自体に腹を立て、勝負をそこで取りやめてしまうのだから。

 ハドラーの意思で戦場を撤退するにせよ、不本意ながら周囲の状況に流されるにせよ、彼は自分の望む通りの戦果や状況を取得できなければ、その場を流してしまう傾向が強い。

 魔王のプライドに拘り、敗北に腹を立てるハドラーは、そこで思考を停止させてしまっているも同然だ。自分の感情に振り回され、そこから先に進めなくなる。

 望めば、いくらでも次のチャンスがあると思っているような甘さが、ハドラーにはあったのだ。そこには、本気で勝ちたいという覚悟が見られない。気に入らないゲームをリセットして、やり直す感覚に等しい。

 だが、マトリフに魔法勝負で負けた際、ハドラーは敗北を即座に受け入れている。
 そして、今度ばかりは次のチャンスがないと、嫌と言うほど痛感していた。

 だからこそ怒りや屈辱の感情よりも早く、勝利を求めた。
 この時、ハドラーはザボエラに加勢を呼びかけている。この判断は、ハドラーの成長の証とも言える。

 これまで、ハドラーは単独で戦うことに拘っていた。周囲にいる部下を盾として使うことはあっても、協力を要請することはなかった。しかし、ハドラーはこの時、自分以外の力を求めた。

 この判断が、ある意味でハドラーのターニングポイントとなっている。
 ここまで強力な魔法での鍔迫り合いを仕掛けている以上、今更魔法を取りやめて物理攻撃に移るのは困難だ。それよりは同種の魔法で加勢をもらい、押し切った方がいい。

 そのために、一番近くにいる味方の力を借りるのは、実にまっとうな思考だ。実際、ハドラーはザボエラの助力を得て、マトリフの魔法を上回るのに成功している。

 マトリフも応戦はしているのだが、卓越した技術と駆け引きで魔王すらも上回る魔法を放てても、老齢の彼には体力や持久力は無い。じりじりと押されるだけでなく、喀血するマトリフを見てポップは師匠の不利を悟ったが、まだ身体が動かせず、大きな声も出せない状態では助けを呼ぶことすらできない。

 この時、ポップが一番強く望んでいるのは、仲間達の目覚めだ。
 初期の頃のように自分だけが助かりたいと考えなくなったポップは、現状打破を強く意識するようになっている点が面白い。

 何でもいいから助かりたい、ではなく、具体的に『この場ではどうなれば助かる可能性が高いのか』を考え、それに適した方法を望むのがポップの思考だ。

 現実認識能力の高いポップは、マトリフの勝機はほぼないと判断している。
 現在戦っている師匠では、この危機は脱せないと考えているのだろう、ポップはマトリフの応援を心に思い浮かべてさえいない。

 師匠への過剰な期待を望むよりも、仲間の誰かが目覚めてくれることを望んでいるポップは、至って現実的で冷静な状況分析力を持っていると言える。

 仲間達の名を心の中で呼ぶポップは、誰よりも強くダイを呼んでいるが、それが戦力的な思考から生まれたものなのか、それとも単に感情から親友を求めているのか、判断がつきにくい。

 驚く程の冷静さと、年相応の感情的な部分を併せ持っているのが、ポップの特徴だ。
 この時、ポップは言葉にしてはダイを呼んではいない。

 その上、この時のポップはゴメちゃんと接触してもいない。今までの例から見ると、ゴメちゃんはその力を接触している相手に対してしか使えないように思えるのだが、不思議なことにこの時、ダイはポップを助けにやってきている。

『……ポップが……おれを呼ぶ声がした…!』

 口にはしていなかったはずのポップの心の叫びを聞きつけ、仲間を絶対に殺させないと宣言するダイの登場シーンは、ダイとポップの絆の強さをひしひしと感じさせる名シーンである。  


《余談・ザボエラの肉体能力》

 腕を切り落とされたザボエラは一見戦力外のように見えるのだが、実際にはそんなことはない。腕を切られた痛みとショックで転げ回っているだけで、命には全く別状はないのである。
 と言うよりも、ダメージとしてはそう重くはなさそうだ。

 人間ならば四肢のどれかを切断されれば、致命傷とまでは言えなくとも再起不能に近い重傷になる。手足自体は失ったとしても生命活動に問題はないが、四肢にもれなく存在する大動脈や痛覚神経が命を危うくする。

 運が悪ければ痛みによるショック死、激痛に耐えたとしても適切な止血を施さない限り、失血死してもおかしくはない。ハドラーの叱責であっさりと立ち上がっている。

 回復魔法を密かにかけて、体力回復を図っていたのかとも思ったが、マトリフの最初の不意打ち時から腕を切り落とされたにしては出血量自体が少なかったので、魔族と人間では根本的に身体の構造が違う可能性が高い。

 もしくは、ザボエラ自身が魔法研究によって強い再生能力を持っている可能性も考えられる。

 その根拠として、ザボエラが再登場した時に腕がちゃんと戻っていた点をあげておきたい。クロコダインの場合は片眼の傷は治らなかったが、ザボエラは腕はしっかり再生されている。

 貧弱な体格のように見えて、ザボエラはなかなか侮れない肉体能力を有しているのである。

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