99 森の小屋での攻防(8)

 

 突然登場したダイは、迷わずにマトリフの前に立ってハドラーとザボエラの閃光呪文を受け止めている。

 竜の紋章の宿る手で魔法エネルギーを一旦受け止め、更には自分も同種の呪文を放つことで威力を上乗せして相手にぶつけている。この威力は通常の魔法よりも数倍上のようで、地面を抉る効力を見せている。合計4人分の閃光呪文をぶつけられたハドラーとザボエラは、ひとたまりも無く吹き飛ばされた。

 ここで何よりも特筆すべきは、ダイの瞬間的な判断の高さだ。
 ダイは考えた上で行動するのはあまり得意とは言えないが、反射的な思考に関してはメンバーの中でも1,2を争う早さと的確さがある。

 見張りのはずのポップからの知らせも全くなく、更には寝起きの状態で外に出たにもかかわらず、敵との戦いで仲間が危機に陥っていると気づいた途端、ダイは速攻で行動に移っている。仲間であるはずのポップやマトリフに声をかけたり、助け手を差し伸べるよりも早く、ハドラーに戦いを挑んでいる。

 これは、簡単そうでいてなかなか出来ない選択だ。
 言うまでもないことだが、親しい人間が倒れている姿を見れば誰だって動揺するし、助けたいと思うものだ。実際に助ける術を持っているにせよ、いないにせよ、仲間の側に駆けつけたいと考えるのが自然な発想だ。

 しかし、戦場でのダイは情に流されず、戦いを最優先する思考をすでに身につけている。ハドラーと戦いながら、ポップの呼ぶ声が聞こえたと言い、もう仲間を殺させないと強く宣言したダイが、仲間への想いが薄いはずもない。

 だが、悲しいかな回復能力を持ち合わせていないダイは、自分が戦うことで仲間の安全確保を優先し、救助するのが一番良いと考えているようだ。だからこそダイは、全力で戦うことに迷いが無い。

 自分にとっては、戦いこそが仲間を守ることに繋がると心の深い部分で納得しているからだろう。
 実際にダイは、この戦闘ではポップとマトリフの救命を優先して戦っている。

 基本的に、ダイは魔法よりも剣の方が得意だ。
 だが、ダイの最大の強みは柔軟な思考性にある。戦いにおいて、ダイは拘りをほぼ持たない。一番得意とする戦闘スタイルを選ぶのでは無く、その場その場でもっとも適していると思える戦法を優先するのである。

 この場合は剣で攻撃するよりも魔法で攻撃した方が、仲間の無事を優先できると考えたのだろう。

 確かにこの状況で、横から剣で攻撃すればハドラーにとっては不意打ちになっただろうし、より強いダメージを与えられた可能性が高い。だが、それはマトリフとポップを囮として犠牲にするも同義だ。

 強敵であるハドラーを確実にここで倒すことよりも、仲間の命を守ることをダイは選択している。

 その判断が甘いとは、この場では断言しにくい。
 ダイ自身、万全の体調では無かった上に、魔法を跳ね返した時点で力尽きたのか地べたに座り込んでいる様子では、追撃できる状態とも思えない。敵を撤退に追い込んだだけでも僥倖というものだ。

 ダイ達にとっては幸運なことに、ハドラーは数による力押しの戦いをしかけてはこなかった。

 ハドラー達が姿を消した後、ダイ達は一気にリラックスしている。
 戦いの後でポップは珍しいほど素直に、ダイに謝罪と感謝の言葉を告げている。

 普段は意地を張ったり、おちゃらけて本心を隠したがるポップのストレートな感謝を、ダイも笑顔で受け止めている。
 『甘ちゃんめ』と憎まれ口を叩きながらも、笑い合う少年達を見守るマトリフの目は優しい。

 実は、この時点でマトリフの目的は達成されている。
 元々、マトリフがダイ達の所にやってきた一番の理由は、戦いへの手助けのためでは無い。ポップのピンチを救ったのは、行きがけの駄賃に近い。

 ポップに以前忠告した様に、マトリフはダイの精神的ケアに最大限の注意を払っている。ポップから話を聞いた時点でダイの正体が竜の騎士だと察したマトリフは、ダイが自分の正体を知ればショックを受けると確信していた。

 また、竜の騎士の知識があるのであれば、精神的な衝撃を受けた戦神がいかに危険なものかも知っていたに違いない。戦いへの戦力増強以前に、まずは勇者ダイの精神安定を考え、そのためにどうすればいいのか、マトリフは最初から考えていた。

 その際、現状でもっともダイの心を支えてやれるのはポップだとも考えていた。

 だが、ダイもそうだが、ポップもまた未熟な少年に過ぎない。ダイを支えるどころか自分の方が精神的ダメージを受け、親友を助けるどころではなくなる可能性もマトリフは危惧していたに違いない。

 だからこそ、マトリフは数日を要してカール王国へ行ってアバンの形見の文献を探してきた。

 アバンの教えこそが、弟子達にとっては何よりの精神的支柱になると考えたのである。この辺りに、マトリフの客観性の高さと自分の力を過信しない冷静さが見て取れる。

 一連の行動を見る限り、マトリフはダイの正体や精神状態、更にはダイを巡る人間関係を誰よりも的確に理解し、分析している。

 しかし、それでいてマトリフは自分が相談相手として直接手を差し伸べようとはしていない。マトリフのしていることはあくまでもサポートであり、ダイやポップ……つまり、次世代の勇者と魔法使いへ全てを託している。

 その信頼は、ダイとポップ個人に対するものだけではない。
 二人の師匠であり、マトリフにとっては仲間である先代勇者――アバンへの強い信頼があってこそだ。死してもなお、ダイとポップを救い、助けるのはアバンの役割だとマトリフは信じているのだろう。

 戦いの後で目を覚ましたヒュンケル達と合流し事情を聞き終わった後で、マトリフは彼らにアバンの書を渡している。……この時、ダイが難しい字は読めないことが判明するお茶目なシーンがあったりするが、それは割愛しよう。

 その際、マトリフは現在の彼らにもっとも適したアドバイスの載った頁を選択し、渡しているのに注目したい。

 かつて、弟子達に贈る言葉を用意したのはアバンかも知れないが、その言葉の中から現在の彼らに適した言葉を選択して伝えたのは、紛れもなくマトリフ自身だ。

 運良く生き延びたとは言え、ダイ達の現状は決して勝利したとは言えない。厳しく言ってしまえば、彼らは手ひどい敗北を喫しているのだ。

 ダイが魔王軍に連れ攫われずにすみ、ポップが生還したのは、バランに父親としての情が残っていたからに過ぎない。全員の無事を喜ぶあまり、ヒュンケル達でさえ見逃している戦況も、マトリフは見逃していない。

 その事実を冷静に見据えたマトリフは、敗北者に対するアドバイスをアバンの優しさに任せた。
 敗北した人間に対して、再起を促すアバンのメッセージはアバンの使徒達の心に強く響いている。

 しかし、おそらくはマトリフにとっても予想外だっただろうが、この時、この場にいたメンバーの中でもっともこのメッセージを強く受け止めたのは、レオナだった。

 それは、ある意味では当然の帰結だ。
 同じ様に敗北したとは言え、自分の意思のままに全力で戦いに挑んだポップやヒュンケル、クロコダインの方が悔いは少ないだろう。そして、曲がりなりにも父と互角に引き分けたダイに、敗北感はない。

 本来なら味わうはずだった、自分が人外だったというショックはポップが癒してくれたし、そのポップを失った悲しみはバランが癒してくれた。

 だが、全員の中で戦いへの貢献が最も少なく、蘇生呪文も失敗したレオナは、メンバー全員の中でもっとも強い敗北感を味わったはずだ。敗北を誰よりも痛感したからこそ、レオナはそこから立ち直りたいと想う気持ちも人一倍強かった。

 戦いの中で自分の無力さを嘆いていた少女は、強くなるための指南を素直に受け入れ、自分の力を冷静に見つめ直した。
 アバンの書を強く閉じた時には、すでにレオナは自分がどうすることが勇者一行のためになるかを自覚し、決意している。

 レオナが単に勇者に肩入れするだけの王女ではなく、勇者一行の実質的貢献者として目覚めた瞬間である。



《変なベルト・秘話》

 原作でとうとう最後まで語られなかった伏線は幾つもあるが、その中でも筆者が気になっているのがこのベルトの効果だ。

 連載中は自己犠牲呪文に対する対抗アイテムかと疑っていたが、ゴメちゃんの正体が分かった後で考えてみると、単に使用者の居場所を特定するアイテムなのではないかと思える。

 そうでも考えない限り、ベンガーナに行くと言っていたダイ達の後を追ってきたにしては、テランの森の奥に突然現れたマトリフの行動は不自然だ。

 マトリフ本人が後に自分は占い師では無いと言っていたし、他人の居場所を随時察知する能力が彼にあるとは思えない。もし、それが出来るのであれば、アバンの生存をとっくに察知して連絡をつけることができただろう。

 物語上、ポップの居場所を特定しなければならないイベントは再度は起こらなかったため真相は闇の中だが、ベルトは最終戦でも辛うじて壊れずに残っていたので、続編や番外編で真相が明かされて欲しいものである。いや、まじで。

 なお、このベルトは後にダイ大のコンビニ総集本の特集記事で、一度装備すると外せない呪いつきベルトとして定価250Gで紹介されていた(笑)
 ちなみに同企画でゴースト君の服が500G、マァムのグラビア集が100000Gと評価されていたことも、追記しておこう。

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