4 戦力強化(3)

 エイミの口からダイとポップがそのままロモスへ向かったと聞いたクロコダインは、至って寛大に受け止めている。

 この時、バダックやエイミには多少の動揺が感じられるが、クロコダインはさすがに肝が据わっている。連絡なしでいきなり飛び出した二人の無茶さを咎めることなく、むしろ肯定するような台詞を口にしている。

『まあ、考え込んでじっとしているよりはいいかも、なっ!』 

 この台詞はダイとポップへの肯定であると同時に、ヒュンケルへの軽い呼びかけとも言える。

 なにしろ、ヒュンケルは読書に専念して全く動こうとしていない。クロコダインの言うところの、『考え込んで動かないでいる』状態なのである。だが、クロコダインはヒュンケルに対しても実に好意的だ。

 仲間達に相談もせず、思いつきでいきなり行動に走るダイやポップを責めないで受け止めるように、クロコダインは読書に励むヒュンケルのことも責めてはいない。

 ヒュンケルへの呼びかけは、行動しろと呼びかけるものではない。
 自分は、じっとしているよりも行動した方がいいと考えているぞと言う、クロコダインなりの個人的感想を告げているだけだ。

 クロコダインなりに今のヒュンケルがらしくないと感じているからこそ、行動への促しはするが、強制する気はない――クロコダインの懐の広さと優しさを感じさせるシーンだ。

 そして、この呼びかけにヒュンケルは応じている。
 ヒュンケルはこの時、真っ先にエイミにレオナの思惑や予定を確認し、次いでクロコダインの予定も確認している。

 この時点では、レオナの計画については詳細不明、クロコダインは武器をバダックに修理してもらう予定だった。
 それを聞いた上で、ヒュンケルは自分はこの国の周辺で修行したい旨を告げている。

 この発言は、ヒュンケルが仲間としての立ち位置についたからこそ出てきた発言だ。これまで、ヒュンケルはダイ達の行動に口を差し挟むことは無かった。自分の過去を悔いるからこそ、ダイ達に助力することで罪滅ぼしになると考えていた感が強かった。

 だが、これまでダイ達と行動を共にしてきたことで、ヒュンケルの意識は明らかに変化している。周囲の意向を気にし、自分の所在を明らかにした上で別行動を取る――これは、今までのヒュンケルには考えられない配慮だ。

 言ってしまえば、バラン戦前までのヒュンケルの行動は自分勝手な物だった。

 フレイザード戦後、レオナを奪還した後にダイやポップにも何も言わないままその場を立ち去ったことを思い出して欲しい。

 敵の偵察に行くという目的があったとは言え、当時のヒュンケルにはそれを仲間に伝えておくべきことだとは考えていなかった。結果的にマァムに伝えたとは言え、状況的に言って彼女に会わなかったら無言のまま立ち去っていたに違いない。なにしろ、マァムがヒュンケルに会えたのは偶然に近かったのだから。

 客観的に見れば、この行動は失踪に等しい。
 レオナに許されたにもかかわらず、勇者一行として行動せずに逃げ出したと思われても、なんの不思議もない行動である。

 だが、当時のヒュンケルは自分がそう見られることになんの恐れも感じていなかったのだろう。レオナを初めとするパプニカ国民に対しても、また、ダイやポップに対しても自分の行動を弁明していない。それは、自分を理解してもらおうとする努力を一切していないと言うことだ。

 行動を共にしていたクロコダインを除いて、他の全ての人間に対して心を開いてはいなかったのである。唯一、心を開きかけていたマァムに対してでさえ、自分から話を打ち明ける所までいっていない。相手からの発言を拒絶せずに受け入れるのが、彼のスタンスだった。

 しかし、バラン戦を経て、ヒュンケルは明らかに思考を変化させている。
 仲間達で連絡を取り合うことの大切さ、協力し合うことの重要さを思い知ったのである。

 仲間達の行動を把握した上で、自分が別行動を取っても大丈夫かと問いかける……これは、各段の進歩だ。

 結論として、自分の力を高めて、自力で何とか出来るようになりたいと考えていることには変わりはないのだが、他人の思惑を気にしたり、許可を得ようとしているだけでも彼にとっては大きな進歩だ。

 ヒュンケルのこの心理の急成長には、やはりラーハルトやポップの死が大きく関与していると思える。

 これまでのヒュンケルは、戦いによる死を恐れはしなかった。
 人間を敵視し、魔王軍も全くと言って信用していなかったヒュンケルにとって、世界には敵しかいなかった。誰が死んだとしてもヒュンケルにはほとんど意味のないことだった。

 しかし、敵とは言え心を許し、理解し合える存在であるラーハルトの死や、後に生き返ったとは言え仲間であるポップの死は、ヒュンケルに強い衝撃を与えた。

 アバンの死を、間接的には知っていても、素直にそれを悲しむことも喜ぶことも出来なかったヒュンケルは、身近な存在を失う恐怖や後悔を知った。と言うよりは、その感情を思い出したと言った方がいいかもしれない。

 幼い頃、養父であるバルトスの死を受け止めきれずに復讐に走った少年は、死を現実と受け止めた上で打ちのめされずに立ち上がり、自分に出来ることはないかと探せる青年へと成長した。

 そして、ヒュンケルは自分の力の無さを痛感もした。
 ダイとバランの人智を越えた戦いを見て、今の自分ではその戦いに関与すらできないと悟った。相手構わずに不遜に戦いを挑んでいた彼は、単に戦いだけではどうしようもないこともあるのだと、ようやく実感したのだ。

 敵を倒すためではなく、いざという時の抑止力となるために力を欲する――ヒュンケルのこの急激な精神的成長には、アバンの書が大きく関与していると推察できる。

 アバンの書は、戦いに関することだけではなく、精神面についても書かれた本だ。暗記するほど読んだと言うのならば、ヒュンケルはアバンの精神論についても触れることができただろう。

 優れた哲学書が読み手の思考に影響を与えるように、アバンの書がヒュンケルの心に与えた影響は大きいと思える。

 そして、剣ではなく槍に拘ろうと決めたのは、紛れもなくラーハルトの影響だ。遺言で槍を託されたヒュンケルは、ラーハルトの意向を守りたいと言う意思を強く持っている。

 言うまでもないが、今まで修練を重ねた武器を変更するのは、戦士にとっては大きな選択になる。だが、敢えてそれを行う点に、ヒュンケルのラーハルトへの思いやりが見て取れる。

 ただ、これだけ成長しても、ヒュンケルはどこか後ろ向きな考えを持っているのは変わっていない。

 アバンの書を持って行けばいいという言葉に、自分にはその資格がないとばかりの態度を見せるヒュンケルは、必要以上に自分を卑下しているとしか言いようがない。

 そんなヒュンケルに対して、クロコダインはどこまでも大らかで肯定的だ。
 ヒュンケルが別行動に出るのなら、ダイやパプニカのことは自分に任せてくれと引き受けるクロコダインは、やはり一行の中で誰よりも大人だ。

 より強くなるために動きたがるダイ達と違って、守りを固める大切さも自覚し、控えめながら影から仲間を支える役目を密かにこなしている。目立たない大黒柱とも言うべき、精神的な支柱となる存在だ。

 

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