7 武術大会(2) |
仲間との思いがけない再会に、ダイとマァムは手放しで喜んでいる。 ダイとマァムはがっしりと両手を握り占め再会を喜び合っているが、この固い握手が二人の間の距離と言うべきか。 お互いに抱きつき合うほど熱烈ではなく、しかし、言葉だけで再会を済ませるほど淡泊でもない。 が、ここでポップはマァムに対して最大限に警戒している。 だが、この疑惑は正直、的外れもいいところだ。 武闘家になると言って旅立った彼女が、武闘家に転職を果たしていることも、本人の証明となるだろう。何しろ、この情報は仲間しか知らないはずの情報だ、以前の僧侶戦士の姿のままだったザボエラよりも信憑性が高い。 ついでに言うのであれば、ここで魔王軍がダイとポップに対して罠を張るのには無理がある。 なにしろ、ダイとポップがこの場を訪れたのは気まぐれに近い。 だいたい知り合いを装って騙しうちにするという罠は、仕掛ける相手が少なければ少ないほど成功率が高い。前回のポップのように、一人、孤立している人を狙うのならば兎も角、これ程多くの人の前で罠を張る理由などあるまい。 論理的に考えるのならば、こんな場所で偽物が出現するはずがない。 信じていた相手に裏切られるのは、人にとって苦痛だ。その信頼が大きければ大きいほど、与えられるダメージは大きくなる。たとえ騙した相手がマァム本人ではないと分かっていたとしても、マァムの姿をした偽物に騙されるのは嫌だとポップは過剰に反応してしまっている。 ポップの偽マァムの拒否反応は、本気で疑っていると言うよりは一番恐れている感情のままに振る舞ってしまっただけのように見える。 恋人や夫婦などによく見られる現象だが、喧嘩をすると決まって『相手が浮気しているに違いない』などと勝手に決めつけ、一人で疑心暗鬼に陥る人間は良くいる。 これは本人が一番恐れていること、一番現実になって欲しくないことを意識するあまり、自分からそれを口にしてしまうという意識が働くせいだ。心の底からそうだと思っているのでは無く、心に浮かんだ疑惑を打ち消して欲しいと望んでいるからこそ、真っ先に反応してしまうのである。 もし、相手が本当に偽物ならば、相手の意図が見えるまで調子を合わせつつ泳がせるのがセオリーなのだが、ポップにはそんな余裕がない。マァム=偽物という図式を打ち壊したい一心で、無言のまま彼女の胸をつついている。 マァムかどうか分からない相手の反応を見ようとしたのだろうが……反応を見定めるだけならば、他にもいくらでもマシな方法がありそうに思えるのだが(笑) 胸をつつかれたマァムは一瞬戸惑って顔を赤らめた後、怒ってポップを引っぱたいている。 マァムが自分に対しては容赦なく厳しく、遠慮なく手を出してくる少女だと認識しているのである。裏を返せば自分に対してやけに優しく、色っぽくしなだれかかってくるマァムは本物らしくないと分かっているはずなのだが、それでも偽物の擬態にまんまと騙されたのは恋は盲目と言う奴なのか。 しかし、マァムの怒りに安堵したポップは、彼女の一瞬の戸惑いを見逃している。 以前もポップは何度か彼女の胸に触って怒らせたことがあるが、その反応は実に手厳しい。 初対面の時、ポップがマァムが女とは気づかずに偶然触れてしまった時も即座に殴り返しているし、二回目に会った時も同じだ。この時もポップは悪意はほぼなさそうだが、最初から痴漢並に扱い、遠慮なしに引っぱたいたり、罵ったりしている。 恋愛に疎いマァムは、異性からのスキンシップに対して拒絶感が強いようだ。まあ、年若い少女としては珍しい反応ではないし、一番スケベそうに見えるポップに対してだけ警戒し、自分が認めた相手……ダイやヒュンケルなどには自分から触れる分には抵抗がないというのが、彼女の最初のスタンスだった。 だが、彼らと一緒に冒険する内に、マァムのこのスタンスは微妙に変わっている。ダイに対しての距離間は初期からほぼ変化がないが、ポップへ対しての変化は顕著だ。 ポップの成長に伴って彼を見直す気持ちが生まれたせいか、ポップに対する警戒心や拒絶が薄れてきているのだ。いい例がマァムをロモスに送る際、ポップは彼女の肩を抱いているが嫌がる素振りを見せていない。 魔の森で、ポップの手当てをすることすら拒んで薬草を投げつけていたことを思えば、ずいぶんな進歩である。 再会した時も、マァムはポップの様子が変なのに気を取られていて警戒心が薄かったのだろう。 そして、この時点でマァムが真っ先に感じたのが怒りではなく、恥じらいなのに注目してほしい。怒りは、その後で湧いているのだ。 マァムにとってポップは、問答無用で痴漢として殴り飛ばす相手ではなくなっている。マイナス印象の初対面からスタートした関係は、微々たる速度ながら距離を詰めてきてはいるのである。 が、残念なことにポップは一向にそのことに気がついていない。――誠に鈍感というか、実に前途多難な二人である。
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