8 武術大会(3)

 

 ポップがマァムを本物だと認めた直後、地べたに転がったままのポップの頭をいきなり踏んづけてきた空手ネズミ――それがチウの登場シーンだ。
 攻撃されたこと以上に、なぜ怪物がここにいるのかと驚くダイやポップに対して、チウの態度は最初から挑戦的だ。

『……文句があるのか? ”怪物が参加できない”なんてルールはなかったぞ!!』

 この台詞を聞いて、ダイやポップどころかゴメちゃんまでもが『怪物』がしゃべったことに驚いている。話した内容そのものよりも、本来なら喋らないはずの生き物が喋った事実に驚いたと考えていいだろう。

 現実世界で言えば、犬などの動物にいきなり話しかけられた驚きに匹敵するかも知れない。

 そのせいでダイもポップもチウの言葉にはほぼ注意を払ってはいないが、この台詞で注目したいのは、チウが自分が怪物であるという自覚を持っていること、そしてそのことに全く引け目を感じていないことだ。

 チウのスムーズな反論から見て、他の出場者、もしくは見物客からなぜ怪物がいるのかと驚かれたのはこれが初めてではなさそうだ。きつい言い方をしてしまえば、チウはこの場所では異分子だ。

 魔王軍と戦うための人材捜しを目的とするこの武術大会は、言ってしまえば人間の味方になる戦士を求めている。魔王軍とは無縁とは言え、魔王の思念波の影響で狂暴化する怪物は、人間にとって敵の分類に入る。

 人によっては、チウを嫌な目で見たり、疎んじるなどの反応を見せても少しもおかしくない。

 だが、チウは自分がここにいるのは正当な権利だとばかりに、堂々としている。
 救国の勇者であるダイとポップを贔屓しなかった受付担当者は、相手が怪物でも毛嫌いはしなかったようだ。

 勇者一行の一員であるマァムが口添えしたからこそ受け入れてもらえた可能性が大きいとは言え、受付の公平さは特筆すべきだ。そして、チウの自己肯定力の強さも並外れている。

 当たり前の話だが、異端の存在として扱われることを人は好まない。少数派として弾圧され、心ないいじめを受けたせいで心に多大な傷を負う話は、いくらでも存在する。実際、主人公であるダイもそんな哀しみを味わったばかりである。

 だが、チウに限ってはそれが見られない。
 喋る怪物にちょっと怯えたような視線を向けるポップに対し、チウはいきなりポカスカと彼を殴りつけているが、これは怪物呼ばわりされた怒りのためではない。

 チウが怒っているのは、ひたすらマァムのためだ。
 ポップがマァムの胸に触ったことを憤慨し、その制裁として殴っているのである。憧れの女性に触れた相手に対する嫉妬も少なからずありそうだが、動機はともあれその正義感と勇気は立派な物だ。

 それに、チウは単に感情任せに行動しているわけではない。
 ポップの言い訳も聞かずに殴っている割には、彼はマァムにやめろと言われた瞬間、ぴたりと行動を止めている。マァムを特別視し、彼女の命令には無条件で従っているところを見ると、チウはなかなか冷静だ。

 ポップが殴られるままだった時はかさにかかって責め立てていたのに、ポップが怒り出した途端にマァムの後ろにさっと隠れてみせる辺り、ちゃっかりした面も持っている。

 マァムへの従順ぶりといい、勇者のことを『勇者様』と呼んだ点と言い、チウは上下関係について区別をつけたがる性質のようだ。

 だが、上下関係には厳しいが、チウの基準は見事なまでに自分が中心だ。
 自分が相手を認められるか、どうか――それで、相手への態度が思いっきり違ってくる。

 マァムからダイとポップが彼女の仲間であり、勇者一行だと知った時も真っ先に嘘だと疑いの目を向けているし、自分の身長の低さを棚に上げてダイが思ったよりも小さいなどと言っていたりする。
 客観的な事実よりも、主観を重視しているのがはっきりと分かる。

 チウの主観がもっとも強く向けられているのは、やはりマァムに対してだ。
 チウは元々は暴れて周囲に迷惑をかけていたところをブロキーナ老師に捕まり、徹底した修行を受けて体質改善した怪物だという。

 ダイの仲間であるデルムリン島の怪物達が、ハドラーが復活すると同時に正気を失って暴れ出したことを考えれば、チウの努力や精神力は確かにたいしたものだ。

 同門とは言え修行期間や入門の時期から言えば、後から老師に弟子入りしたマァムは明らかにチウの妹弟子にあたる。だが、チウのマァムに対する態度は、どう見ても後輩に対するものではない。

 基本的に敬語で話しかけているし、彼女の言葉には素直に従うし、さらに言うのならばマァムへの憧れを隠そうともしていない。

 マァムにいいところを見せようと張り切るチウは、武術大会での戦いを前にしても自信満々だ。軽く相手をやっつけてくると豪語しているチウは、もしかしたら自分が負けるかも知れないなんて危機感はまるっきり感じていない。

 傲慢とも言えるチウのこの態度は、まだ社会経験が未熟な幼児ならではの全能感が基になっていると考えていいだろう。

 言ってしまえば、チウのマァムへの態度は、幼稚園児が憧れの保母さんなどに寄せる恋心に等しい。幼稚園児が母親以外に出会った異性を意識して、結婚したいと言ったり、いいところを見せようと張り切るのはごく自然な反応だ。

 相手が自分に優しくしてくれるのが異性に対する好意などではなく、幼児だからこそ甘やかしてくれているなどと考えもせず、プロポーズが断られるだなんて思いもしない。

 思考がまだ幼い子供と同じだからこそ、チウの考えは自己中心的だ。
 自分が世界の中心であり、相手が自分を認めてくれるかどうかはほとんど問題としていない。

 勇者であるダイに対しては『どうしてもと言うなら、仲間入りしてやってもいいよ』と言ってのけるチウは、自分は求められて当然の人材だと考えているのがよく分かる。拒否されるかも知れない、なんてマイナス思考は彼には微塵もない。

 自分から勇者一行に入りたいと意思表示するより、相手から望まれてマァムと共にパーティに入る方が格好がいい、と考えているのだろう。この思考は、ある意味でマァムに対しても同じだ。

 自分からマァムが好きだと告白するのではなく、格好いいところを見せてマァムから自分を好きになってもらいたいと考えている。

 そして、変質者だと決めつけたポップに対しては、やたらと強気で指導的な態度に出ている。後で話があるから逃げるな、なんて言い回しは立場が上の者が使うものだが、チウ的にはまさにそう思っているのだろう。

 チウの脳内では、彼は生まれて初めて参加する武術大会で優勝して一気にマァムの心を奪って親しくなり、勇者であるダイに切望される形で一行入りを果たす。

 その際、変態魔法使いがもう二度とマァムに変なことをしないように、きっちり釘を刺しておかねば――チウの考えていた未来予想図は、だいたいこんなものだろう。

 チウにとって、この武術大会は自分の望み通りになる輝かしい未来への第一歩なのである。

9に進む
 ☆7に戻る
九章目次1に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system