18 ダイVSザムザ戦(5)

 

 ダイとザムザの戦いを、ポップは至って冷静に見つめている。
 良くも悪くも感情の起伏が激しく、つい感情的になってしまうのがポップの欠点の一つだが、この時のポップはロモス王達の避難誘導をしつつも意外なぐらいに冷静さを保っている。

 冷静なポップは、この戦いに違和感をi抱いている。
 この時のザムザは、全くと言っていいほど反撃していない。多少、手で顔を庇う素振りを見せる程度で、ほぼ殴られるがままだ。防戦一方と言うよりも、守る必要などないとばかりの態度である。

 猛攻のせいで血が流れ、汚れを負っているが、身体そのものは無傷だと気がついたポップの観察眼は、確かだ。

 普通、人はパッと見た時に一番強い印象を受けることで物事を判断しがちだ。流血を見れば、怪我をしていると解釈するのは自然な話だし、一方的に攻撃されている方が負けていると思うロモス王達の判断は至って常識的だ。

 だが、ポップは出血量と怪我の有無の不自然さに気がついた。それだけでなく、ザムザの不気味な余裕や、ダイの緊張状態も見逃してはいない。ついでに言うのなら、怯えてシッポの先まで震えているチウの様子にまで目を配る余裕を残している。

 ダイに備わっているのが竜の騎士のみに与えられる直感力だとしたら、ポップに備わっているのがこの観察力の高さだ。

 今、何が起こっているのか、そしてそれに対して誰がどんな感情を抱いているかを判断する力が、極めて高い。本来戦い向きとは言えないポップが、戦いの中で的確な行動を取れるのはこの判断力のおかげとも言える。

 ただし、ポップのこの判断力はこれまでのところ、単独ではあまり役に立たない。

 ポップの観察力と判断力は確かに優れているが、本人が基本的に『面倒なことはやりたくない』とか『戦いから逃げたい』などと考えているようでは、せっかくの能力も宝の持ち腐れとなるだけだ。

 だがポップの場合、気に入った相手に肩入れすると言う傾向がある。
 ダイと共に行動するポップは、ダイの目的意識に沿った行動を取ろうとしている。ザムザと戦わず、王やチウの避難を優先させたのも、ポップ自身の判断ではなくダイの意思を尊重した結果だ。

 つまり、本人が強い目的意識を持つか、でなければ強い目的意識を持つ相手に力を貸したいと思ってから初めて、発揮される能力なのである。
 今回のようにダイが独力で戦える間は気を配りつつも見守り、ここぞというタイミングで参戦できるのも、この判断力のおかげだ。

 この時のポップは、明らかに自分の感情よりもダイの考えや行動を重視している。

 マァムが捕まってしまったのに感情的にならず、ダイの助太刀に力を入れているのは、この戦いのすぐ前にマァムを説得した直後だからこそだろう。話し合いの時、ポップはダイの考えが正しいと判断し、ダイに賭けると宣言した。

 ポップは、この言葉を口先だけで終わらせるつもりはないのだろう。行動で示し、実行する意思がある。

 そして、ポップには無意識のうちに周囲の人と足並みを揃え、協力し合う姿勢を取ろうとする。これまでの戦いでもそうだったが、ポップはどういう状況であれ一緒に行動することになった相手とコミュニケーションを取る能力に優れている。

 レオナのように指導者的な立場から命令するのでもなく、ダイやヒュンケルのように単身、自ら戦いに身を投じるのでもない。

 ポップの意識の中では、戦いに巻き込まれた一般人は彼と同格なのだろう。自分と大差のない、対等な相手と見なしているからこそ、ポップはロモス王や兵士達に対しても仲間に対するのと変わりなく、敵についての解説を行っている。

 これは、レオナ達とは大きく違うポップだけの利点だ。
 例えばレオナは、勇者一行への態度と一般人に対して見せる態度は大きな違いがある。ダイ達には本音をぶつけもするが、一般人に対してはそうではない。

 ダイやヒュンケルも、同じだ。
 守るべき対象と見なした相手には、ダイやヒュンケルは詳しい説明をしようなどとは思いもしないだろう。

 言っては悪いが、ダイやレオナには自分達と一般人の間に線があることを意識している。

 しかし、元々庶民出身のポップには、その線引きがない。
 だからこそろくに戦う力を持たず、限りなく一般人に近い兵士達や王に対しても仲間感覚で情報を分け合おうとする。

 このポップの仲間意識の強さは、対象はほぼ無差別だ。
 一般の兵士達がダイ達を勇者と崇め、レオナを姫と尊敬して一歩へりくだるのに対し、ポップはダイやレオナに対しても仲間として対等に振る舞えるのが面白いところだ。

 ところで、ポップは情報の共有に重点を置くあまり、物凄く初心者的なミスをやらかしている。

 敵の分析をロモス王達に解説するのはいいとしても、ふらついたダイを見て、竜の騎士の力はそう長くは続かないと口走ってしまったが、その声が大きすぎてザムザにまで聞こえてしまっている。

 当然の話だが、ザムザにとってもこの情報は好都合だ。
 チャンスとばかりにダイを食べようとしたのも、ポップのこの言葉を聞いた直後だった。

 戦いの場に置いて、情報は常に鍵となる。
 もしザムザがダイの力に限界があることを知らなければ、もっと彼を警戒して食べようとしなかったかもしれない。

 また、兵士達やロモス王に対して、勇者の力に限界があることを教えてもたいしてメリットにもならない。むしろ、勇者への信頼を弱めてしまうことになりかねないし、伏せて置いてもいい情報だ。

 この口の軽さは明らかな欠点だが、失敗は多くても思考の切り替えが早いのがポップの長所だ。

 ダイが危ないと判断した途端、ポップは魔法を使ってザムザに牽制を仕掛けている。

 閃熱呪文を続けざまに放つポップの狙いは、正確だ。羽状の皮膜や、開いた口の蓋に当たる部分など、見るからに薄そうな場所を狙って確実にダメージを与えている。

 ザムザが驚き、振り返るという隙を見せたところを狙って、ポップは最大火炎系呪文を叩きつけている。敵が炎に巻かれている間にダイを助けようという作戦だが、この時は側にいる者達があまりにも頼りなかった。

 チウは震えきってとても戦える状態ではなかったし、兵士や王は戦力としてはあまりにも低すぎる。瞬時にそう判断したポップは、兵士達に王を頼むと言い残して自分一人でダイを助けるために飛び出している。

 この判断が無謀とまでは言うつもりはないが、彼の優先順位がよく分かる判断だ。

 本来、ポップは遠距離攻撃でこそ真価を発揮する魔法使いだ。
 ポップにしてみれば、自分が援護するから誰かにダイを安全な場所に連れ戻してくれるのがベストの作戦だったはずだ。

 素早さと力はそこそこあるチウや、兵士達を盾代わりに参戦させれば、ダイの救出率とポップの安全率は格段に上がる。

 だが、それは味方の犠牲率と引き替えにするものだ。
 チェスの勝負ならば、ポーンの駒を数個落としてでもナイトの駒を守るのも定石だが、ポップは誰も取りこぼしたくはないのだろう。

 ポップは、心情的には一般人でも仲間と考え、情報を共有したいと考える。だが、それでいてポップは仲間だからと言って無闇に頼らず、相手の戦力を判断する冷静さも併せ持っている。

 戦いに向かないと分かっている相手を、無理に戦いに巻き込む気はポップにはない。それどころか『王様を頼む』と、相手に役割を与えることで花を持たせてさえいる。

 自分は多少危険な目にあってもいいから、他人を守りたいと考えるのは勇者一行全員に共通した思考だが、ポップもこの思考に馴染みつつある。しかも、ごく自然にそれを行えるようになっている点には、特に注目したい。

 初期の、危険を恐れて一人で逃げ回っていたポップの成長を、しみじみと感じ取れるシーンである。

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