29 ダイVSザムザ戦(16)

 ポップは魔法力を、ダイは体力、竜闘気共を使い果たし、マァムは最大の必殺技であり敵に唯一通じる技を封じられた状態――ゲームで言えば全員のHPが危険寸前なレベルにまで減少し始めてから、ようやく彼等は協力し始めている。

 今回のダイ達は、連携が今一歩取れていなかった。
 その場にいる中で最も戦闘力が高い者が一人で戦うというのが彼等の基本的なスタンスで戦っていたのだが、言うまでもなく1対1の戦い方は効率が悪い。

 正々堂々とした戦いと言えば聞こえがいいが、実戦では多数で戦う方が圧倒的に有利だ。

 しかし、今回の共闘がうまくいかなかった最大の理由は、それぞれの目的意識にバラツキがあったせいだろう。

 元々、今回の戦いはダイにとってもザムザにとっても偶発的に起こった戦いだった。最初からこうしよう、これだけは譲れないと強く考えて行動していたわけではないのである。

 だいたい、ダイとポップは覇者の剣を手に入れるために武術大会に来たはずなのに、あっさりとそれを諦めているぐらい執着心がない。マァムが大会に参加しているなら、彼女に任せようぐらいの考えしかない。

 マァムにしてみても、大会の優勝への意識はそれほど強くはなさそうだ。
 当初、彼女が言っていた通り、マァムは腕試しのつもりで大会に参戦している。ダイの話を聞いて剣を彼のために手に入れようと決心はしたものの、その決意は揺るぎのないものとは言えない。

 ザムザとの戦いが始まってからは、三人とも武器のことなどすっかりと忘れて目先に戦いに気を取られてしまった。
 特にダイは父親をザムザに貶されたことで、感情的になってしまいとても冷静な戦いをしていたとは言い難い状況だった。

 ザムザの非道さに正義感を掻き立てられたマァムもまた、同じ様なものだ。剣、人々の救助、仲間の救助、敵への怒りなど、その場の状況につられるような形で目的がブレ続けているのだから、三人共通の行動を取りにくくなっている。

 皮肉なことに、一行の中で一番目的意識がはっきりしていてブレがないのがチウだ。彼は徹頭徹尾、マァムの前でカッコいいところを見せたいと考え続けて行動しているが、いかんせんチウには経験も実力も足りなすぎる。

 そんな中で協力のきっかけを作ったのは、なんと言っても勇者ダイだ。
 彼は、今の自分がまともに戦えない状態だと理解しても、撤退は考えない。元々の性格と言ってしまえばそれまでだが、この判断は今回に限っては大正解だ。

 長期的な視点で考えるのならば、この状況下では絶対に撤退しない方がいい。

 戦術視点で言うならば、撤退は簡単であり、有効だ。
 ザムザは超魔生物化している間は魔法は使えないことが判明しているので、瞬間移動呪文で逃げた場合に即座に追ってはこられない。

 一旦変身を解除すればまた魔法を使えるようになるとは言うものの、一手遅れるのは間違いあるまい。勇者一行が脱出するのは、簡単だ。

 ザムザの本来の目的は、最初から実験動物の捕獲だった。その場に勇者一行がいたのは彼にとっては不測の事態であり、本来の目的ではない。相手が逃げ出せば、おそらく深追いはしないだろう。

 だが、それは武術会場にいる人間を見捨てるも同然の行為だ。
 元々、ザムザは勇者討伐の意思は薄かった。
 勇者達と言う邪魔者がいなくなったのなら、ザムザはためらうことなく武術大会決勝進出者達を攫い、ロモス王や自分に反する兵士達を殺して去ることだろう。

 その場合、ダイ達勇者一行は人間の信頼を決定的に失うことになる。
 そうなった場合、いくらレオナが人々を導いて勇者の後押しをしようとしても、人々は勇者に不信感を抱かずにはいられまい。人心の支持が得られない以上、レオナが構想していた計画が一気に崩壊していた恐れすらある。

 まあ、ダイに限ってそこまで考えて戦いを選んだとも思えないのだが。危機に追い詰められたことで、ダイはむしろ基本に立ち戻った考え――勝利を第一に考えるようになっている。

 自分の力に耐える剣を手に、最大の一撃を敵に与える……ダイの思考は、至ってシンプルだ。

 ダイが行動し始めたことで、ポップもマァムもそれを補助しようと考え出した。

 その傾向が特に顕著なのが、マァムだ。
 拳を封じられ、絶体絶命の状況下でありながらマァムはダイが覇者の剣の所へいるのに気がつき、ザムザの気を引くための攻撃に切り替えている。それまではマァムは自分でザムザを倒すつもりで戦っていたはずだが、ここに来てダイに戦いを託す気持ちになったようだ。

 ザムザの思想へ怒りを感じたとしても、マァムにとって大切なのは感情ではなく正義だ。自己の勝利に拘らないマァムは、自分自身の手で決着をつけなくてもいいと考えられる。
 だからこそ、同じ志を持つ仲間と力を合わせて戦うことに迷いはない。

 もし、ここにいたのがヒュンケルだとすれば、こうはいかなかっただろう。戦いに誇りを持つヒュンケルは、自分が倒したいと思った相手には徹底して拘るのだから。

 だが、マァムはこの時点で自力での勝利を捨て、ダイが攻撃態勢を整えるまでの時間稼ぎと割り切った攻撃に切り替えている。勇敢ではあるが、身の危険を顧みない戦法だ。

 そんな仲間二人を、ポップはハラハラしつつ見守っているだけだ。
 体力や魔法力が切れてしまったポップは、この状況ならいっそ避難した方がいいのだが、彼は自分の意思で戦場に留まっている。逃走癖が抜けたのは評価するが、この時のポップは自分にできることが見えていない。

 厳しい見方をすれば、この時のポップは足手まといもいいところだ。今の自分に何ができるか、何をすれば仲間の勝利に繋がるかを考えることができていない。

 そんな彼にアドバイスを与えたのが、ゴースト君だ。
 ずっと沈黙していたゴースト君は、絶妙のタイミングで話に割り込んできている。マァムが抵抗力を無くし、ザムザがダイが覇者の剣を引き抜いたのに気がついた時を狙い澄ましたかのようにポップの側にやってきた。

 事実、これは狙っていたとしか思えない。
 弟子達の苦戦を目の当たりにしながら、自分では戦いに手を出さずに傍観に徹していたとは、たいした精神力と言うほかない。

 しかも、彼はマァムを直接助けるのではなく、彼女の仲間であるポップに忠告するという形で、間接的に助力するにとどめている。
 その忠告さえ、ゴースト君は最小限で済ませようとしているのが面白い。

 彼は、初級火炎系魔法(メラ)を撃つようにとポップに伝えている。
 この忠告を聞いて、ポップは最初戸惑うばかりだった。それぐらいの魔法力なら辛うじて残っていても、それではザムザには効かないと分かっているからこそ、ポップは動かずにいる。

 そんなポップに対して、ゴースト君はマァムに向かって撃てと重ねてアドバイスする。

 はっきり言ってしまえば、このアドバイスは無茶すぎる。
 ゴースト君の正体は、マァムの師匠ブロキーナだが、この時点ではポップはそんなことは知らない。と言うよりも、ポップ視点ではゴーストは初対面の人に過ぎないし、格好から言えば完全なる不審者だ。

 しかも、特に味方をしてくれたわけでもなく、さらには味方への攻撃を促すという意味不明っぷりだ。
 ここでポップがゴーストを怪しむ方に思考が行ってしまえば、この戦いは詰んでいた。

 だが、ここでポップはゴーストの意図を素早く汲み取っている。
 この場合、ポップはゴーストを信用したから忠告に従ったのではなく、ゴーストの言葉をヒントに今の自分にもできる有効な戦法に気がついたのだろう。説得されたから従ったのではなく、自分の思考に従った行動を取っているのだ。

 メラをマァムに撃てば、彼女の手を覆った粘液を溶かせると気がつくや否や、ポップは迷わず行動に転じた。

 この思い切りの良さ、判断力の早さがポップの強みだ。
 戦いの場では、ポップは目的に一番適した思考に徹することが多いが、これもその一例だ。

 

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