45 人間達の情勢 (5) |
さて、ロン・ベルクがちょうど剣を作り始めたのとほぼ同時刻、パプニカでは世界会議が行われていた。 会議が開かれた場所は、予定通り前回登場したパプニカ大礼拝堂であり、以前、レオナが三賢者やバダック達と打ち合わせをしていた部屋だ。その気になれば、大勢の人間が集まることのできる大広間である。 しかし、今回、世界会議に参加しているのはレオナ、ロモス王、テラン王、リンガイア将軍、ベンガーナ王の五人のみのようだ。レオナも含めてそれぞれの王達には腹心と見える者達が付き添っていたのだが、どうやら彼等には参加資格はないらしい。 リンガイア王国のバウスン将軍が参加するのならば、ベンガーナ王国将軍であるアキームにも参加資格はありそうなものだが、この場合はバウスンは飽くまでリンガイア代表という特別扱いなのだろうか。 まあ、下手に大人数で話し合えば話し合うほど会議は迷走しがちなので、世界の主導者に拘って少人数での会議を企画し、他国の承認を得たレオナの手腕には素直に称賛を述べたい。 しかし、主催者という立場のためか、最年少でしかも女性のレオナが議長席についているが、彼女はあまり積極的に会議を仕切ってはいない。 会議で活発に発言しているのは、どうやらベンガーナ王のようだ。彼は自国の軍隊に余程の自信があるようで、自軍による戦いを主張したい様子だ。 ここで、一つ、面白い心理学の実験データを上げてみたい。 男性だけ、女性だけと分けて結果を比べたところ、興味深いことに男女ではっきりと結果が逆転していた。 女性同士の場合は、狭い会議室で話し合った方が話題も弾み、和やかな結論になる場合が多い。だが、男性の場合はそれとは逆で、狭い場所で話し合った方が意見や態度が刺々しくなり、荒れやすくなるのだそうだ。 女性は広い場所よりも狭い場所の方が同性に対して親しみを感じやすくなるようだが、男性の場合は距離が近いほど、縄張り意識というかライバル心が強く刺激されてしまうのかもしれない。 この実験結果を踏まえてから、パプニカの世界会議の場を見てみると――荒れてしまうのも無理もないと思えてくる。 なにしろ、この世界会議はやけに小さなテーブルを前にして行われている。 五人の人間が悠々座れるサイズとは言え、部屋の大きさに比べればあまりにもこじんまりとしているように見える。 文字通り、顔をつきあわせて話し合うにはちょうどいい距離であり、忌憚なく話し合いたいと望むレオナの配慮が見て取れる近しい距離なのだが……何分、男性同士にとってはこの距離は必ずしも望ましいものではない。 また、会議では同性率が高ければ高いほど、荒れやすい。これは男性にしろ女性にしろあまり変わらないようだ。男女比が同数のグループの方が互いに異性の目を気にして自制心を働かせ、規律を保とうと振る舞うことが多い。 飲み会などでも、男性だけならどこまでもエスカレートしてとんでもない馬鹿騒ぎを起こしたとしても、女性が混じった合コンでは同じ結果にはならないように、男女比の偏りはないに越したことはない。 ところで、日本では上座と言うものが存在するが、実はこの概念は西洋にも存在するのである。 入り口から遠い席が良い席だという概念は日本と変わらないが、西洋ではそこに座るのは招待主だ。西洋では、テーブルに着く際には誰が誰を招いたかと言う点を重視する。 そして、招待主に近い席ほど良い席とされる。それも、招待主から向かって右側の席が、最上級の席だ。主賓はここに座ると決まっている。信頼の置ける人物を自分の右腕と称するように、西洋では右を重んじる。日本では左の方が位が上なので、ちょうど逆だ。 1 ロモス王58才 この順番を見て、年齢的に不自然を感じる人もいるかもしれないが、日本では儒教などの影響で年齢重視の傾向が強いが、西洋では身分最重視主義だった。たとえばとある親子を招いたとして、子の方が身分が高ければ親を差し置いて良い席に座るのも珍しくはない。 ついでに言うのであれば、西洋では王や貴族の間にも身分や勢力の差は存在する。大国の貴族であれば、小国の王に勝る扱いを受けてもおかしくはない。 つまり、この4人の中で言えばロモス王こそが最も発言力が強くて当然なのだ。 温和な印象と人の良いエピソードが目立つせいで、ロモス王が積極的に会議を仕切り他者を諫めるのを、連載当初は不思議に思ったものが、身分を考慮に入れると至極自然な流れである。 王ではないとは言え、次席を許されたリンガイア将軍がベンガーナ王に異を唱えたのも頷ける話だ。 商業的に発達し、他国を引き離す軍事力を有してはいても、ベンガーナ王国の社会的地位は決して高くはない。ベンガーナ王の言動を見る限り、彼が自国の国際評価を甘んじて受け止めるような殊勝な性格では明らかだ。 もっと高く評価されたい――その気持ちが、ベンガーナ王から隠しようもなく溢れている。 そんな彼にしてみれば、今回の世界会議の場はベンガーナの実力を認めさせ、地位向上を図る絶好のチャンスだ。これまで、ベンガーナ王国では多少は魔王軍が暴れることはあっても、国そのものを狙って大軍で攻められた経験はない。 そのため、ベンガーナ王の魔王軍への危機意識はかなり薄い。 パプニカに止められていたにも関わらず、ことさら軍隊を引き連れてきて軍事力を誇示し、会議の場でも周囲から窘められるほどに己の意見を主張しているのはそのせいだ。 実際に被害を受けたロモス王、リンガイア将軍がどんなに魔王軍に危機を唱えても、ベンガーナ王は懲りるどころかムキになって自軍の強さを主張している。 会議中、勝手に席を立って、他国に許可もなく随行させた軍隊を見せびらかすなど越権行為もいいところだが、ベンガーナ王にとってはそれこそが最重要だ。 この会議の時点では、もっとも魔王軍との戦いに積極的なベンガーナ王は、実は魔王軍と戦っているのではない。自国の優位を認めさせるために、他国に必死になってアピールしているに過ぎない。 ベンガーナ王が先走っているせいもあるが、ロモス王やリンガイア将軍も 魔王軍への強さや恐ろしさを良く知っているだけに、それを主張することに囚われすぎて、戦いのための具体案は何一つとして出してはいない。 たとえその指摘が正しかったとしても、他者の意見を否定しているだけでは会議は一向に進みはしない。テラン王に至っては、全く口を利かずに考え込んでいるだけだ。 知識人で知られた彼が何も考えていないとは思わないが、口にしない意見ほど会議で役に立たない物はない。 厳しい言い方だが、テラン王に至っては反対しか口にしないロモス王やリンガイア将軍はおろか、台風の目となっているベンガーナ王よりも会議に貢献していない。ダイやポップ達に語っていた立派な志とは裏腹の態度だ。最高齢の彼は知識は豊富でも、対話能力はさして高くないのかもしれない。 揉めるばかりで全く進展のない世界会議を見て、レオナが曇った表情を浮かべるのも無理もない。レオナがどんな展開の会議を望んでいたのかは明記されていないが、こんな風に人間同士の思惑で揉めるだけの会議など、彼女は決して望んではいなかったことだろう。
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