44 剣を探して(9) |
ダイ達がオリハルコンを持ってきた後、ロン・ベルクはようやく剣作りへと取りかかる。 やっと手に入れた伝説の金属になど見向きもせず、覇者の冠を炉に放りこんだ後はじっとダイの手を見続けている。それも、半日あまりもそうしていたというのだから、念がいっている。 普通、武器を作る際は使い手のことはさして考慮しないものだ。 職人にとって、武器作りとその使い手を探すことは同一ではないのである。 優れた刀ならば時代を超えても大切にされるし、最終的には強い武器を求める強者の手に渡る可能性も高い。つまり、使い手は探すまでもなく向こうから現れると言っていい。 最初から武器の使い手が決まっていて、その使い手に合わせて作ろう、と言うのはごく特殊な例になる。 だが、ロン・ベルクはとことんまでダイと言う使い手に拘り抜き、彼に合わせた剣を作ろうと真剣になっている。 普通の洋服ならば型紙に沿って作り、買う人が自分で自分の体型に近い服を選択する。だが、オートクチュールは注文主の体型にピタリと合わせて作り上げることを誇りとする。そのため、オートクチュールには驚く程きめ細やかな打ち合わせや採寸が欠かせないものだが、ロン・ベルクは話や採寸は一切せずにダイの手の観察に執心している。 この時、ロン・ベルクは自分の目的や真意をダイには全く打ち明けていない。ついでに言うのならば、彼はダイに質問や相談をする様子も皆無だ。 職人は大別して、自分自身の拘りを最優先するタイプと、逆に客の意見によく耳を傾けるタイプに二分されるものだが、ロン・ベルクは疑いようもなく前者だ。 どちらも一長一短だが、天才肌の人間ほど前者になりがちだ。下手に周囲の意向に迎合せず、自分の考えに徹底的に拘った画家が鬼気迫る傑作を作り上げるように、突き抜けた天才という者は独自の道を突き進むものなのかもしれない。 特に話もせず、ただただ、じーーっと手を見つめられ続けるのも相当に居心地が悪そうだと思うのだが、素直なダイは大人しく従っていたようだ。 なかなか剣を作らないロン・ベルクに対して、ダイは剣を作って貰うお礼をしたいが、自分達はお金をあまり持っていないとおずおずと話しかけている。 人にして貰ったことに礼をしなければいけないと考えている点や、そのお礼をレオナの資本力に頼るのではなく独力でなんとかしようと考えている辺りにダイの真面目さや律儀さが溢れているが、根本的に全く的外れな点がいかにもダイらしい。 それに対し、ロン・ベルクは『昔、剣と人は一つだった』と言う持論で返答している。 独善的な拘りに徹底的に拘るロン・ベルクは、ダイの希望を聞く気がない代わりに金銭的な代償を求めようとはしていない。 無償にも関わらず、熱心に剣作りに打ち込むロン・ベルクはそれだけならば『結構いい人』と言う評価で落ち着いたかもしれないが、問題はこの直後だ。 メルルの能力で、ダイ達はパプニカ王国に魔王軍が攻め入ったことを知る。ちょうど世界会議のために世界の王や要人を集めた所を攻撃されては、一溜まりもない。 彼の言い分では、この剣を作り上げる際には使い手の魂が必須だそうだ。剣自身にも魂があり、制作中も使い手が側にいなければただの武器に成り下がるとまで言い切っている。 マァムはロン・ベルクの真剣さを見て、きっと神がかり的な力が必要なのだろうと好意的に解釈している。 チウなどは後で取りに来てもいいのではないかと懐疑的だったが、この場で問題とされるのは事の真偽ではないだろう。世界の危機を目の当たりにしながら、個人的都合を優先するロン・ベルクの思考回路こそが大問題だ。 ダイ達にしてみれば、世界を救うために勇者の剣を欲している。なのに、剣を手に入れるために、世界の危機を見捨てるなんて本末転倒もいいところだろう。 自分の都合でダイ達を半日も何の説明もなく待たせておきながら、ダイ達の都合に合わせて多少の融通を利かせてやろうと言う思考が微塵もない。 まあ、ロン・ベルクのために弁護しておくと、刀作りに限らず原材料を熱して加工する品は、熱し始めてからは一気呵成に仕上げなければならない作業だとは言える。途中で中途半端に手を止めれば失敗作になるだけで、後でやり直すことができない例は多い。 この場合もそうだったのかも知れないが、いずれにせよロン・ベルクは世界の危機やダイ達に対して何の配慮をする気もなかったことだけは確かだ。仮定の話になるが、もし、この時にダイがこの場を離れれば、ロン・ベルクはやる気を失い、再び剣作りそのものをやめてしまったかもしれない。 剣の神髄を引き出すためにダイの存在が必要かどうかはさておき、ロン・ベルクの信頼とやる気を得るためにはダイの協力は不可欠だ。 ダイ達がロン・ベルクの要求を聞き入れ、ダイを残してパプニカに一足先に戻った後も、仲間を気にしてソワソワするダイに対して『心を乱すな』などと無茶な要求をしている。 だが、ロン・ベルクにしてみれば悪気はないのだろう。 面白いことに、焦るダイを宥めるロン・ベルクは自分を信じてくれと言う際に、ジャンクの息子達のことも信じろと告げている。 ロン・ベルクがジャンクの息子――つまり、ポップに会ったのはこれが初めてなので、その実力を知っているはずもない。だからこの発言は、ポップの実力を信頼しての言葉ではない。 ロン・ベルクが評価したのは、魔族に対して臆せず発言してきたポップの向こうっ気の強さや、世界の危機を前にして瞬時に考えをまとめた判断力、仲間達をまとめ上げた説得力の方だろう。 ポップはロン・ベルクの意向を全面的に聞き入れた上で、判断した――それは、自分を信頼してくれたと同義だ。 ロン・ベルクはジャンクに対して、深い信頼を置いている。剣を作る際、自らジャンクに手助けを頼んでいる。ほとんどのシーンでロン・ベルク一人で鎚を振るっているが、ジャンクが手に鎚の柄らしきものを手にしているシーンがある。 鍛冶では金属の形を成形する際、二人がかりで交互に鎚をふるって時間節約をするのは珍しくないが、言うまでもなく互いに息があっていないと難しい。さらに言うのなら技量が離れすぎていても難しくなるので、ジャンクもなかなかの鍛冶の腕前を持っていると思ってよさそうだ。 この時、ロン・ベルクは驚くべきスピードで剣を作り上げている。 長くても数時間、早ければ数十分の時間で剣を作り上げている。まさに魔法を使ったとしか思えない、素晴らしい技量の持ち主だ。伝説の名工の名に恥じない偉業である。 だが、それだけの腕前を持ちながら、ロン・ベルクには名声欲はない。 腕のある刀工ならば自分の名をつけたり、あるいは凝った名をつけたりしそうなものだが、ロン・ベルクにはその手の顕示欲は皆無だ。 出来上がったばかりの剣をダイに渡し、いつでもいいから成果を教えにこいとだけ要求するロン・ベルクは、ひどく満足そうだ。最強の剣に拘りに拘り抜いている彼の興味は、剣にのみ終始している。 少なくとも、この時点ではダイの戦いを目の当たりにしたいと興味を持つ様子はない。武器は作っても、戦いには関与する気はないのだろう。 この時、ロン・ベルクは満足のいく仕事ができたと達成感に浸っている。剣への情熱をなくしていた時とは大違いの、非常に満足そうな様子は印象的で不思議に心に残るシーンだ。 《おまけ・拘り職人の怖〜いお話》
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